第47話 仕立ての問題発生と新たな商売

 エアとクローシェが疲れていながらも、楽しそうな顔で帰ってくることが増えた。

 朝早くから家を出て、夕方の日の落ちるぐらいに帰ってくる。

 疲れてはいるものの怪我をした様子はなく、話を聞くと危うげなく戦えているようだった。


「アタシ冒険者ギルドってところに初めて行ったよ」

「あれだけ傭兵として生きてて、剣闘士として名を馳せているのに、ビックリしましたわ」

「俺も行ったことないけど、絡まれたりしないのか?」

「ぜんぜん大丈夫だよ。アタシの方が確実に強いし」


 えへん、とエアが胸を張る。

 豊満なおっぱいがバルン、と震えた。

 相変わらず暴力的なまでの巨乳っぷりだ。

 渡は目が吸い込まれながら、尋ねる。


「そうなのか?」

「特に凶暴なモンスターのいない町ですしね。冒険者も腕利きはもっと稼げる場所に移動するんでしょう。パッと見た感じ、わたくしより弱そうな相手ばかりでしたわ」

「そういうことか。クローシェは王都に来るときは冒険者として護衛仕事をしてたんだよな」

「そうですわ! ……そういえばお姉さまはどうやって生活してたんですの?」

「そういえばクローシェについては話を聞いてたけど、エアについては知らなかったな。剣闘士になる前はどうしてたんだ?」

「え? 物取りとか盗賊とかが狙ってきたから、返り討ちにしてお金巻き上げてたよ」


 何でもないような物言いに、渡たちは絶句した。

 お姉さまと慕っているクローシェでもさすがに擁護できないのか、口をパクパクと開くだけで、言葉が出ない様子だった。


「ま、まあ。治安が良くなって、いいことなんじゃないか?」

「他の方が犠牲になるよりよっぽど良かったんでしょうね」

「獲物を見る目がなさすぎますわ……」


 呆れたように呟くクローシェの言う通りだろう。

 一人で出歩く美少女に目がくらんだのだろうか。

 早晩、手を出してはいけない相手に手を出して破滅していたに間違いない。


 〇


 異世界で手に入れた布地を使って、地球でフルオーダーのスーツを仕立てる。

 この計画に大きな支障が出始めてしまった。

 その理由は、仕立て屋は、基本的に自分たちで使用する布地を持っている。

 自分たちで選別し、自信を持った布地で仕立てることで、使い慣れた経験から確かな仕事を提供するのだ。

 持ち込みにも対応している仕立て屋もあって相談してみたのだが、最終的にはそこでも断られてしまった。


「まさか布地が固すぎて鋏が負けるなんて思わなかった……」

「仕立て屋さんが愛用の鋏がダメになって泣いてましたね」

「うっ、悪かったと思ってるよ……」


 防弾チョッキなどに使われるケブラー糸、あるいはアラミド繊維と呼ばれるものは、裁断にも超硬質合金を使用する。

 普通の鋏では繊維が硬質すぎてすぐに鈍ってしまうのだ。


 渡が用意した布地は異世界性の物でも、とくに靭性の高い一品だったため、まともに裁断ができない、針が通らないと断られてしまった。

 特に切るのは鋏を犠牲にしたり、複数用意することで何とか対応できるかもしれないが、針がまともに通らないのは困る。

 ジーンズ用のミシンなら可能かもしれないと教えてもらった。


「イタリアの工房で防弾スーツの製作をされている工房があるようですよ。ただしお値段三百万円、生地の持ち込みが可能かは分かりません」

「た、高いな……」

「それでも各国の大富豪や暗殺が危惧される首脳陣が利用するようです」

「……言葉が通じるかも不安だし、それならバックさんに相談した方が良いか」

「そうですね。画像や実物を見せて、同じようなものを作ってもらうという手もあります」

「しかしマリエルたちの世界では、どうやって裁断してるんだ?」

「すみません、私は任せる立場だったので、あまり知らないんです……」


 マリエルが申し訳なさそうに頭を下げた。

 渡もちょっとした疑問だったので、そこまで追求したいわけでもない。

 話を流そうと思ったとき、意外なところから意見が出た。


「オリハルコンとかアダマンタイトを使っているのかもしれませんわ」

「アタシは付与だと思うけどなあ。『硬質化』『耐摩耗』とか使ってそうじゃない?」

「たしかに鋏や針にオリハルコンやアダマンタイトを使うかと言われると、疑問がありますわね」

「でしょう?」


 傭兵として武器を振るうエアとクローシェは、愛用の武器を長く使うために自然と知識を蓄える。

 エアがずっと腰に佩いている愛剣を取り出した。

 金虎族一番の戦士だけが扱うことを許される『大氷虎』は、その昔に神々から下賜された曰くつきの逸品。

 『不壊』『切れ味向上』をはじめ、有用な付与が数多行われていた神器だ。

 素材としてもオリハルコンやアダマンタイトなどの希少金属をこれでもかと使用されているらしい。


 ふと渡は思いついたことを口にした。


「もしかして、異世界の刃物を日本で売れるのか?」

「どうでしょう。付与や希少金属であるオリハルコンなどを用いた刃物は相当に高級です。普通の刃物なら日本の一般家庭で購入できるものの方が高品質ですし、一点ものとして売るには買い手がつかずに採算が取れないと思います」

「そうか……、そう上手くはいかないか。まあ俺も売り先がパッと思いつかないけどさ」


 数百万円の金属を売るのは、もはや個人ではなく企業が相手になるだろう。

 それならば付与技術を使える者を雇って、旋盤などの工場用の機材を強化する方が売るのに困らなさそうだ。


「それよりもご主人様、碧流町で手に入れた『温泉の素』の販売を考えたほうがよろしいのではないでしょうか?」

「ああ。そうだな……」


 異世界の神々すら利用したという温泉で採れた素。

 特殊な陶器に保存された濃縮液は、美容液のように扱うのだが、皴や弛み、シミが驚くほど消えるのは、本当のようだ。

 しっとりぴちぴち肌のマリエルとエアが鬼気迫る勢いで購入を促してきたから、効果は間違いない。

 必要ないのでは、と思ったが、渡は口に出さず大人しく大量購入を決めた。


 アスリートに売るのも違う気がして、今までは販売を控えていたのだ。

 マリエルから促され、渡は同意するように深く頷いた。


「実はもう目星はつけているんだ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――

次回、久々の日本での商談です。

明日更新できるか分かりませんが、可能な限り頑張ります。


あと、またギフトいただきました。ありがとうございます。

できるだけお返ししたいので、今週末に限定ノートを公開予定です。

エアにマタタビを上げると「お゛っ~❤」ってなる感じのストーリーです。

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