第42話 生地選び

 生地や仕立ての話になった途端、ウィリアムは自信がありそうな顔になった。

 落ち着いた雰囲気からも、相当に商品については充実しているようだ。


「もとより当商会は貴族の方も顧客に入っておりました」

「あれ、でも庶民向けが中心って言ってませんでしたか?」

「むぐ……。当商会がご貴族の方との取引を望んで商品を揃えていても、向こうが応えてくれるとは限らないのですよ。ですが、その日に備えて満足いただける商品はこれまでに備えていました」


 なるほど。

 たしかに商談ができる機会になってから慌てて商品を仕入れていては間に合わない。

 いつか来る好機、その時に備えて、希少な品を保管していたと言われれば、納得できた。


「モイー男爵に紹介していただけるというのなら、私としても貴重な商品を販売するのに、なんら躊躇するところはありません」

「ありがとうございます。助かります」


 希少な商品はお金を積めば手に入るというものではない。

 それこそ伝手や信頼といった無形の財産を必要とする。

 そう考えると、ウィリアムとの出会い、そしてお互いが提供し合えた商品や伝手は、奇跡のように噛みあっていた。

 異世界にきて最初にウェルカム商会を訪れていなければ、渡は早々にチャンスを不意にしていたかもしれなかった。


「ご希望の色合いなどはございますか?」

「そうですね。黒から明るいグレーまでの単色の布地が助かります」

「なんと、そんな色合いでよろしいのでしょうか?」

「ええ。俺が生地を仕立てたいのは、この国ではありません。具体的な国名は避けますが、そちらでは落ち着いた色合いの方が好まれるのです」

「なるほど。となると、思っていたよりも数はありそうですな」


 ウィリアムが肩透かしを食らったような表情を浮かべた。

 不審に感じるのも仕方がない。

 もっと華やかな色合いの生地を求めていると想定していたのだろう。

 希少で派手派手しい生地を出そうとしていたのかもしれないが、まさか真っ赤なスーツを着て商談するわけにもいかない。

 どこぞのお笑い芸人になってしまう。


 こちらの世界では格が落ちるとされる単色の黒やグレーは、むしろ地球では定番の色合いで、普段使いから冠婚葬祭まで様々な行事で使える。

 文化の違いと言われればそれまでだが、ある意味では手に入りやすくて良かったかもしれない。


 ウィリアムが従業員に命じると、すぐさま部屋を出ていった。

 機敏な動きは、ウェルカム商会の教育がしっかりとしていることが一目で分かる。


 さほど待つこともなく、丸められた生地が運ばれてきた。


「こちらですね。おそらく冬物と春物をご希望でしょうから、この辺りの生地がお勧めです。蜘蛛族の乙女が吐き出した糸を紡いだもの、ドライアド、アルラウネの魔物を用いたもの、バロメッツと呼ばれる羊のモンスターから編んだもの辺りが貴族にも好まれますね」

「どれも手触りが微妙に違いますね」

「ご主人様にはこれはいかがでしょうか? バロメッツです。しっかりとした生地で手触りは滑らか。とても丈夫ですし、仕立てたときに気品がでると思います」

「アタシは春物に蜘蛛族のが良いと思う。薄手でもものすごく強いし、軽くてしわになりにくいし、よく動く主にピッタリだよ」

「お姉様、ドライアドの方が良いのではなくて?」


 同じ素材でも平織や綾織りといった織り方によって、生地は表情を変える。

 ウィリアムが生地をテーブルに並べてくれると、途端にマリエルやエア、クローシェたちが表情を紅潮させ、どれが似合うかと意見を交換しはじめた。

 こうなると事前知識のない渡には口をはさむ余地はない。

 もちろん本人の希望があれば譲らないのだが、出された生地は一見どれも魅力的だ。


 生地選びについては渡は最終判断をすることにして、ウィリアムと目を合わせると、仕立て屋について聞くことにした。


「仕立屋については、私どもが利用している店を紹介いたしましょう。腕の良い工房です。きっと満足していただけるでしょう」

「この町の職人ですか?」

「ええ。職人区画にいます。少し場所が入り組んでいて分かりづらいかもしれません。これから向かわれるなら、手習いを案内に任せますよ」

「ありがとうございます。じゃあ早速お願いします」

「とはいえ、生地を選ぶのにはもうすこし時間がかかりそうですね」


 ウィリアムがちらりと視線を横に移したのを見て、渡は苦笑しながら頷いた。

 意見は熱を帯び、まだどれが決まるか分からない。


「私はこれが――!!」

「主にはぜったいにこっちが――!!」

「いいえ、いいえ! わたくしが選んだ――!!」


 しばし落ち着くのを待つ必要があるだろう。

 渡はモイー男爵と面会するとき、何を贈ろうかと考えながら時を過ごした。


――――――――――――――――――――

作中でウィリアムがおそらく冬か春、と言ったのは、仕立てるなら最短でも三ヶ月、半年かかるのも普通だから、という意味が籠っています。

(刺繍や飾りが多いこちらの工房だと、手間が何倍もかかる)

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