第41話 大ニュース

「重要そうな話ですが、まずはこちらをどうぞ。これはもう挽いてしまっているので、ウィリアムさんが飲んでください」


 ウィリアムに個室へと案内された渡たちは、まずは手土産に新しいコーヒー豆をプレゼントした。


 挽きたての新しい豆を見て、ウィリアムは分かりやすく表情をほころばせた。

 非常にうれしそうだ。

 この心優しい商人が、貴族相手に珈琲の販路を広げるにあたって、自分も何杯も珈琲を飲み、立派なカフェイン中毒になっているのを渡は知っていた。


「おお、ありがとうございます! 最近では目覚めの一杯にいただくのが習慣になってしまいました」

「眠気覚ましの効果がありますからね。普段はあまり夜遅くには飲まないようにしてください。どうしても徹夜でことにあたらないといけない時は、あえて飲むのも構いませんが」

「そう何杯も飲めるものではありませんよ」


 販売先には金貨を要求している商品だ。

 ワンコインで珈琲が飲める渡とは条件が違う。


「いま、栽培を増やせないか考え中です」

「ほほう。生産が増えれば助かりますな」

「とはいえ、生育条件がけっこう厳しい植物のようで、適性な場所を選定中です。また進捗があれば報告しますよ」


 異世界で栽培したコーヒーノキがどのような変化を遂げるのか。

 こちらの風土に適応して、新しい風味を獲得してくれれば言うことがない。

 とはいえ、この計画はまだ一切の進展がなかった。

 マリエルの両親と会い、旧領の地に訪れてみる。

 これらの目標をどちらも果たせていない現状、気長に構えるしかないだろう。


 ウィリアムの部下が珈琲を淹れてくれたのを待って、当初の話題に入った。


「それで重大ニュースとはなんですか?」

「はい。じつはこの地を治める方が変わったのです。これまでは王領として代官が治めていましたが、モイー男爵に下賜されたようですね」

「モイー男爵が? あの?」

「ああ、ワタル様は面識がありましたね。どうも男爵の所有している変幻絵図という非常に貴重なコレクションに王が興味を持たれたようで、次卿に大抜擢の上、この南船町を加増されたそうですよ」


 意外な事態に渡は困惑を隠せなかった。

 思わずひくりと頬が歪むが、その一瞬の反応をウィリアムが見逃すはずもなかった。

 鋭く質問が飛ぶ。


「何かご存じなのですか?」

「いえ、つい先月に王都でお会いしたばかりですので、まさかそんなことになっていたとは知りませんでした。もしかしたらお祝いの言葉を送ったほうが良かったのかと心配になりまして」

「それは大丈夫でしょう。先月末の話ですからね。こちらにも話が入ってきたばかりですよ」


 変幻絵図という言葉と、万華鏡がどうしても関係しているようにしか思えない。

 エアの一族に伝わる宝剣を手に入れるために行ったことだが、人生を一変させたのかと思うと、影響の大きさに慄きそうになってしまう。


 安心させるように微笑を浮かべるウィリアムに頷いて、ひとまず珈琲を口に、平静を保った。


「為政者が変わるわけですから、私としては顔繫ぎや便宜を図っていただくために頭を悩ませているわけです」

「そういうことでしたか」

「ええ。モイー男爵といえば蒐集家として有名ですからね。お眼鏡にかなう贈呈品をどうしようか悩ましい所です」


 そういえば将軍を擁立して京に入った織田信長に、堺の商人が松島の茶壷や紹鷗じょうおう茄子を献上したのだったか。

 いつの世も、どこの世界も人の考えることには大きな差はないらしい。

 珈琲を飲み終えて、こちらの世界のお茶をウィリアムが頼んでいる間に、小さく声を潜めて、マリエルたちと話した。


(どう思う?)

(名前の響きからして、まずご主人様がお渡しした万華鏡で間違いないかと。思った以上の騒ぎになっていますね)

(主……アタシのためにごめんなさい)

(いや、エアが謝る必要はまったくない。むしろこれで男爵と伝手ができて良かった)

(そうですね。これから次卿として権限が大幅に増えるのですし、困ったときに頼れる先が増えるのは良いことです)


 これらの会話についてはクローシェは輪に入れないため、だまって聞いている。

 用を伝えたウィリアムが戻ると、本題へと戻った。


「まあそもそも対面が叶うかどうか、難しいところですが……。モイー様が南船町に視察に来るときがチャンスですね」

「俺の時は奴隷商のマソーさんに紹介状を書いてもらいましたが、同じ手は使えないんですか? それか、俺が紹介状を書くのも、お世話になっているので構わないんですけど」

「そうですね。ワタル様にお願いするのも良いかもしれませんが、はたして面通りが叶うのでしょうか?」

「あ、言ってませんでしたっけ。俺、御用商人に認められたんですよ」

「はああああああああああああっ!? ご、ごようしょうにん!? な、なんですとぉ!? 一体どういうことですか!? 聞いておりませんよ! どうしてそんな大切なことを教えてくださらなかったのです!」


 目を見開き掴みかかってきそうな勢いでウィリアムが驚き叫んだ。

 こんなにも平静を失う姿を見るのは初めてだ。


 たしかにどうして伝えていなかったんだろうか。

 エアの件で親身になってくれていたウィリアムには、ことの顛末を報告していて良さそうだ。

 疑問に感じていると、マリエルがそっとフォローしてくれた。


「たぶん、報告の時に砂糖の在庫が払底しかけているということで、そちらに話題が移ったように思います。隠す意図はありませんでした」

「さ、左様でしたか……。それは失礼しました。しかしワタル様が御用商人なら話は早いです。ぜひ紹介していただきたい」

「分かりました。モイー男爵が南船町に来ている時に俺がいたら直接、そうでなくとも紹介状は書いておきます。マリエル、俺の代わりに書いてくれるか」

「分かりました」

「誠にありがとうございます。この恩はこれからの働きで返させていただきます」

「よろしくお願いします。ウィリアムさんが頑張ってくれるほど、俺も儲かりますからね」


 これで、これまでに受けていた恩をわずかでも返せただろうか。

 何も知らない、頼る伝手もない自分を信頼してくれたウィリアムには、少しでも役に立ちたかった。


「ご主人様、私たちの目的についても、ご相談しておいた方が良いのではないですか?」

「ああ、忘れてた」

「失礼しました。そういえば本日の来店のご用件を伺っておりませんでした」

「こっちのクローシェの身の回りの品を買いそろえたいのと、もう一つ、貴族の方にお会いしても恥ずかしくない服を仕立てたいと考えています。腕の良い職人や希少な生地は知りませんか?」

「なるほど、そのような用件でしたら、お力になれるでしょう」


 ウィリアムが自信ありげに頷いた。

 おお、これは頼りになりそうだ。

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