第40話 仕立て服について
十月頭、王侯貴族や大商人相手でも物おじしないような服を作ろう、と決まったが、では実際にどこから素材を用意するのか、そしてどこに仕立てを頼むのか、というのは厄介な問題だった。
地球での仕立て屋自体は調べれば分かる。
海外ならイギリスの有名なサヴィル・ロウを頼ったり、ナポリ仕立てを依頼する、あるいは日本でも有数の名テーラーに依頼するという手もある。
地球での珍しい生地、あるいは優れた生地もまったく手に入らないということはないだろう。
渡にとって勝手が分からないのは、異世界側の問題だ。
どこで生地を仕入れるべきか、どの職人を頼るべきか。
まずは信頼できるマリエルたちに話を持ちかけるのは当然の流れだった。
「マリエルたちの世界で服を仕立てるなら、やっぱり王都が一番なのか?」
「数、質ともに一番揃っているのは間違いないでしょう。ただ、噂が広まるのも早く、ご主人様が持ち込んだ生地がどこの物なのかとか、仕立ての癖で誰の手によるものなのか、などはすぐさま知れ渡ると考えられます」
「なるほどな。それは困る」
異世界の品を販売する以上、世にも珍しい素材の服を着ていることは、商談にも役に立つ。
ここぞという時に着て箔をつけたり話題のタネにしたいだけであって、余計な注目を集めるのは本意ではない。
というか、貴族や大商人と会わずに稼げるなら、それが一番なのだ。
自分から注目を浴びる方法は避けた方が良いだろう。
渡が同意を示すと、マリエルは笑顔で自分の案を教えてくれた。
「私としては、南船町や碧流町に有名な職人がいないか確認してみるのも手だと思います。あるいはゲートを利用して、まだ行ったことのない町を確認して、そこで仕立ててもらうのも良いかもしれませんね」
「なるほどな。ちなみにマリエルはどこで仕立てていたんだ?」
「私たちは自分たちの町の職人に依頼していましたよ。貴族向けの技術を絶やさないことや、お金を還元することも領主一家の仕事の一つですから」
「ふうん。腕が良ければそこに頼むのも手か?」
「どうでしょう……。腕が悪いとは言いませんが、王都の一流テーラーと比べると、やはり格は一枚二枚落ちると思います」
どうもおススメはしないようだ。
困ったように眉が下がった。
南船町で腕の良い職人がいるかどうか。
情報通であるウィリアムにまた頼ることになるだろうか。
「傭兵団のエアとかクローシェは、仕立服とか着るのか?」
「そういうのは長とか交渉役ぐらいで、他は着ないよ。それに仕立てを頼むほど、ひとところに長くとどまらないことが多いし」
「わたくしたち黒狼族は、仕立てがすんだ服を購入していましたわ」
「サイズとか合うのか? ほら、獣人とヒト種とは尻尾とか勝手が違うだろう?」
「もちろんその場でお直しを頼むのです。向こうも手なれた物で、数日で仕上げてくれますのよ! 主様、わたくしも替えの服がほしいですわ!」
「おお、そうだよな。今日は商会に行く予定があるから、少し待っててくれ。用件が終わったら、クローシェの服も買おう」
「良かったですね、クローシェ」
「ええ、楽しみですわ!」
身の回りの物をまったく持っていなかったマリエルとエアの二人と違い、クローシェは王都で滞在していたため、最低限のものは持っていた。
そのため歯ブラシなどの消耗品はともかく、雑貨や服を買いそろえていなかったが、今後も一緒に暮らす以上、そろそろ身の回りはしっかりと揃えたほうが良いだろう。
「あと、ご主人様、そろそろ奴隷が入っていないかどうかも確認した方が良いと思います」
「錬金術師を頼んだやつだな。倉庫の在庫はまだ大丈夫か?」
「おそらく余裕はあるはずですが、折角なのですし、持ち運べる分だけは持って行ってはいかがでしょう?」
「そうだな。ゲートを潜るわけだし。……エアとクローシェは、後で砂糖と珈琲を倉庫に運んでくれ」
「分かった!」
「分かりましたわ」
元気のよい返事を聞いて、渡は頷きを返した。
良い話を聞けると良いのだが。
〇
王都へ向かうとき以来のウェルカム商会は、どうも慌ただしかった。
従業員の出入りが激しく、中の雰囲気に落ち着きがない。
なにかあったのだろうか。
「……いつもと感じが違うね」
「エアは、なにか気づくか?」
「うーん。みんなどうも焦ってるみたいだよ」
「そうですわね。わたくしの鼻でも、みなさんの焦りを感じます」
エアとクローシェがいうのだから、間違いないだろう。
彼女たちの耳や鼻を欺けるものは少ない。
店に入って少し待っていると、ウィリアムが慌ただしくやってきた。
「これはこれは、ワタル様、当商会にウェルカム!」
「こんにちは、ウィリアムさん。どうかされましたか?」
「ええ。大ニュースですぞ!」
ここでは聞かせられないから、とウィリアムは渡たちを奥に誘った。
いったい何が起きたというのだろうか。
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久々に週間ランキングがグッと上がってて驚きました。
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