第37話 ウニャーギの味
ニホンウニャーギ。
エアは間違いなくそう言った。
地球と異世界では、基本的に生物は違うにもかかわらず、なぜ同じ名前の生き物がいるのか。
魔力や獣人、魔物といった違いはあれど、地球と異世界では似ている要素が非常に多い。
そもそも空気の組成が違えば、渡は異世界に渡った途端に呼吸がまともにできず死んでいたかもしれない。
そう考えれば、地球と異世界との間にある程度の共通性があるのも当然だったのかもしれない。
「ニホンウナギか。こっちの世界でも鰻が食べられるんだな」
「ニホン
「ああ。なんでだ? 美味しいだろう」
「ええー?」
信じられないとばかりにエアが顔を歪めた。
おかしいだろうか。
渡は大阪生まれなので、うなぎの蒲焼は関東とはまた食感が違う。
一度蒸し焼きにする関東に比べ、関西は直焼きで食べる。
鰻の開き方も、腹から開くのか、背開きするのかといった細かな違いもあるとはいえ、美味しいのは同じだ。
昔の鰻は、ぶつ切りにして串に刺し、塩や味噌をつけて食べたという。
骨も多く食感もあまり今ほど良くはなかったという。
「美味しくないよぉ……」
「そうか? そんなことはないんだが。もしかしたら、調理方法がぜんぜん違うのかもな」
「それで、釣ったウニャーギどうするの? アタシは食べたくないけど……。それにこいつ、毒があるんでしょ?」
「いや、鰻の毒は火を通せば無毒化できるはずだけどな」
あまりにもエアが嫌そうに言うので、釣った鰻はリリースすることにしたのだ。
ただ、その後も度々ウナギが釣れて、他の魚が全然釣れなかったのだった。
もしかして地球で鰻が激減したのは、漁獲量が多いだけでなくて、海の何処かで異世界と繋がったりしたのだろうか……?
○
あまりにも意外なことだったため、渡は克明に思い出すことができた。
思えばもったいないことをした、という気もする。
丸々と肥えた食いでの有りそうな鰻だった。
だが、旅の途中で鰻を持ち運ぶわけにもいかない。
それにすぐに調理をするわけにもいかないし、そもそも調理器具もなければ、目釘の技術や開く技術もない渡には、できたとして包丁を借りてぶつ切りにして火に炙る程度だろう。
あの時はどうしようもなかった。
「鰻はマリエルやエアたちの世界では沢山いてるのか?」
「ええ。それどころか他の生き物を圧迫するぐらいに増えて、問題になっています」
「アイツらどこの川でも海でもいるよ」
「そんなにいるのか……。俺も釣り針たらしてすぐに釣れたしな」
日本でも外来種が在来種を駆逐する勢いで増加して、生態系に問題を起こしている。
あるいは異世界の生態系によっては、ニホンウナギは外来種と同じような存在なのかもしれない。
「こっちの世界じゃ鰻はもう食べられすぎて、絶滅危惧種になりかけててな」
「正直信じられませんわ。わたくしたち傭兵はどうしても食料が得られなかったら食べる、ぐらいの扱いですのに」
「そうそう。泥臭いし、生臭いし、骨は多くて口当たりは悪いし」
「それは調理が悪いだけだろう。よし、今日は本当に美味しい鰻を食べよう」
幸いなことに渡たちが住んでいる天王寺には昔から続く鰻の老舗の名店が存在する。
あべのの再開発で場所こそ移動になったが、コロナ禍も乗り越えて営業していた。
ふらっと寄って食べるには高い値段で、渡は祖父母と同居していた時に食べて以来、長らくまったく手が出なかったが、今の収入なら充分に支払える。
なによりも鰻の美味さを知らない三人にそのままにはしておけなかった。
「やれやれ、君たちは本当の鰻を食べたことがないみたいだな。今日の夕飯を楽しみにしていろ。俺が本当の鰻を食べさせてあげるよ」
○
大阪は天王寺の『三つ葉亭』。
昭和初期から長らく続く鰻屋だ。
今でも炭火で焼いているため、香ばしい匂いが店内だけでなく、店の前にも漂う。
鰻は表面はサクッとしていて、中はふっくらとした食感。
口の中に鰻の脂がふわりと広がり、ご飯の歯ごたえとタレの甘みが舌を刺激する。
うなぎのタレは甘め。
たっぷりと鰻とホクホクの白米にかかっていて、山椒がピリリと効いている。
鰻の肝を使ったお吸い物で口を休めつつ、また鰻丼をかきこむのだ。
「これがウニャーギ!? こんな美味しいのアタシ知らない!」
「どうだ、美味いだろう」
「美味しい……本当に美味しいですわ……!」
「ご主人様があれほど推す理由が分かりました。たしかにこれは絶品です」
渡たちというよりは、マリエルとエア、クローシュの
それに大きな声で美味しい美味しいと叫ぶものだから、店内によく響く。
だが、日本の料理を外国人が喜んで食べているのは嬉しいのだろう。
寄せられている視線は好意的で優しいものだった。
その店でたらふく食べたのだが、四人で食費が三万円。
エアとクローシェはまだ物足りなそうにしているので、おはぎやう巻きを追加で頼まなくてはならなかった。
満腹になったと食後にお茶を飲んでいたら、ポツリとマリエルが言った。
「こんなに美味しいなら、私今度釣った鰻を捌いてみます」
「そいつは良いな。魚屋とかスーパーの鮮魚コーナーでも捌いてくれるはずだから、まずは捌き終わったやつを見るのも良いんじゃないか」
「そうですね」
炭火とガスとの調理器具の違いもあるし、タレはその店の秘伝だ。
まったく同じ味ができるとは思えないが、楽しみが増えた。
「それでご主人様、夏バテのほうはどうですか?」
「ウーン……しんどいな。こりゃ今夜もたっぷりと癒やしてもらわなきゃならないかもしれない」
「……不潔ですわ。毎晩エンティみたいにお盛んだから疲れてるんですのよ……」
この数日、寝る前にマッサージをしてもらっているのだが、クローシェが不満げにポツリと呟いた。
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