第36話 異世界の魚?

 若井満にポーションを提供して数日後。

 渡のもとに、満から電話がかかってきた。


 挨拶を交わした後、満が綺麗な声でお礼を述べた後、その後の経過について報告をくれた。


「この前は本当にありがとう。あれから調子も良く続いてるよ。以前よりも喉の調子がいいぐらいだ」

「そうですか、それは良かったです。復帰はいつ頃される予定なんですか?」

「なにぶん事前の予定が全くなかったからね、今はボイトレをしつつレコード会社に連絡して、予定を押さえてもらってる。本格復帰は二か月後ぐらいになるんじゃないかなあ」

「少し先ですね。待ち遠しいなあ」

「先方が驚いてね、まあ急いで動いてもらってるよ」


 まったく復帰の目途が立っていなかったのだ。

 今からレコード会社も大慌てで復帰に向けたスケジュール調整を行うのだろう。

 一日も早く、最前線で活躍してほしい。


 カラオケボックスの設備でさえ、満の歌声はとても美しく、至福の時間を過ごせた。

 素晴らしい録音設備やライブでは、より優れたパフォーマンスを発揮できることだろう。

 ライブの日が楽しみで仕方なかった。

 すでに良いチケットを置いていてもらうように、お願いしているのだ。


「君さえ良ければ知り合いの歌手を紹介したい。声とか耳の調子が悪くなってる仲間がいっぱいいるんだ」

「凄くありがたい申し出なんですけど、今は受け入れられるだけの余裕がないんですよ。すでに予約がいっぱいに入ってるのと、こちらが提供できる数がまだ限られてて」


 断ることは心苦しかったが、すでに予約はパンパンに詰まっている。

 渡の方針は完全予約制と呼ばれる、横入りを許さないやりかただ。

 誰もが人生のかかった状況だからこそ、優先順位を操作されたくないはずだ。


 だから、条件さえ満たしていれば、相手が大金持ちでも権力者でも考慮せず、事前に入った予約を一番に優先する。

 どれだけ早く知れたのか、紹介を受けられる位置にいたのか、運や実力も大いに関係してくるだろう。


「そんな貴重な物を提供してもらったんだね。いや、あの効果を考えれば妥当か。分かりました。ただ、いつでも紹介できることは覚えておいて欲しいですね」

「はい。生産に余裕ができれば、必ずお声掛けさせてもらいます」


 満の復活自身が一番の宣伝材料になる。

 なんとしても復帰したい音楽家は、それこそ数多いることだろう。


 ますますポーションの生産体制を整えること、販売の仕組みを立ち上げることの重要性を感じさせられた。


 〇


 それはそれとして、渡にはいま問題があった。

 深刻な夏バテだ。

 体がだるくてだるくてたまらず、動くのがとても億劫だ。


 食欲も湧かず、冷たいそうめんを流し込むのがやっと。

 真夏の暑さの中で街中を動き回り、異世界では暑さはマシとはいえ、食べ慣れない食事を続け、旅を続けた。

 その疲労が少しずつ蓄積し、残暑厳しい今になって、表面に出てきた形だ。


 今は昼食後だったが、エアコンの効いた涼しい部屋で、パジャマ姿のままゴロゴロしていた。

 本当は仕事もしたくない。

 朝早くから鍛錬をしていたエアとクローシェは疲労の素振りもなく、基礎体力の違いを見せつけられている。


「暑い……だるい。もう何もしたくない……」

「お疲れ様です、ご主人様」

「主、調子悪そうだね。アタシのアイス食べる?」

「今は良い。ありがとな」

「夏バテなんて体力がない証拠ですわ。今度からわたくしとお姉さまと一緒に運動しましょう」

「嫌だ。お前たちと運動したら殺されてしまう。やるとしても俺は別々でやる」

「ご主人様は私と一緒に護身術をするのが良いかもしれませんね」


 クローシェの提案はもっともだが、今は運動する気はまったく起きない。

 冷たいものばかりを食べていても、胃腸が冷えてますます調子を崩してしまうだろう。


「夏バテ対策は精のつくものを食べるのが一番だと思います。ご主人様、何か希望はありますか? 買ってきますよ」

「精のつくものか……。そうだな。鰻が食べたい……」

「鰻、ですか?」

「ああ。だけどスーパーの鰻は骨が多いし、タレはベタベタだし美味しくないから嫌だ……」


 心配そうにしていたマリエルが、えっという顔を浮かべたのを見て、渡は少し前のことを思い出した。

 それは南船町から王都へと向かう船の上でのことだ。


 三日間丸一日船の上で過ごすというのはかなり飽きる。

 ボードゲームや読書、カードもやりつくした渡は、一言断って船釣りを始めた。

 川辺の景色を見て、ぼうっと釣り糸を垂らしているだけでも、狭い客室に籠っているよりもマシに思えたのだ。


 パン屑を釣り針につけて、ぼうっと釣りをすることたった数分。

 釣り竿に大きな反応があった。


「来たっ! もしかして俺釣りの才能があるのか!?」


 かなり強い引きにドキドキしながら、釣り竿を引っ張った。

 見事釣りあげたのは、非常に大きな細長いくねくねした生き物。


 間違いなく鰻だった。しかも渡が知る姿よりもかなり太く大きい。

 同じく退屈だからと甲板に出ていたエアが、嫌そうに顔を歪めた。


「うげ、最悪。ニホンウニャーギ・・・・・・・・だニャ……」

「なんだって? エア、今なんて言った……?」


発言内容があまりにも衝撃的すぎて、ハッキリと覚えている。


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お知らせ:今月の近況ノートを更新しました。

エアの猫科の習性を刺激してイチャイチャするSSです。

良かったらサポートして読んでくださいね。


また先月の限定公開を全体公開にしました。

こちらは微エッチ(怒られないくらい)になってます。


月末に時間が取れればもう一本、エアにマタタビを嗅がせるSSも限定公開で出したいところです。

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