第32話 久々の帰宅

 南船町から王都に辿り着くまで、船に乗り続けて三日間の旅だった。

 それが帰りはゲートを利用して、一瞬で移動することができる。

 一度その便利さに慣れてしまうと、もはや以前には戻れそうにない。


 とはいえ、ゲートの問題はあまりにも便利なために、道中での発見の可能性をすべて閉ざしてしまうところだ。

 旅の道中でしか感じられない空気、体験、あるいは出会いが失われてしまう。

 ゲートに縛られるのではなく使いこなすには、あえてゲートを使わない日も必要なのかもしれない。


 南船町から大阪へと再びゲートを潜った渡たちは、久々の九月の大阪の暑さに見舞われて顔を歪めながら、慌てて家へと歩く。

 大阪では十月頭ぐらいまでは残暑が厳しい。

 祠から出た渡は暑さに顔を歪めた。


「うへえ、久々だけどやっぱり日本は蒸し暑いんだなあ。帰ったら早速エアコンつけよう」

「な、なんですのこの町は!? どこもかしこも建物は高くて人は多くて騒がしいですわ!? こ、ここは一体どこなんですの!?」

「クローシェが田舎者まるだしで恥ずかしい……」

「あらあら、エアも同じようなことを言ってませんでしたか?」

「そんなことはないもん。アタシはいつも冷静沈着な女」


 道中、電波の入ったスマホが通知に何度も震えたが、確認するのが少し怖く、渡は帰宅してから見ることにした。

 予想通りというべきか、クローシェはキョロキョロと周りを見渡し、ギャーギャーと騒ぎ始めたが、ひとまず放置して、渡は急いでマンションへとたどり着いた。

 エレベーターに乗るのも一苦労だ。


「ゆ、床が浮き上がってますわ! こ、怖いですわ!!」

「落ち着いてくれ。俺たちは誰も怖がってないだろう。安全だ」

「すれ違う人がいなくて良かったですね」

「まったくだ。今日ほどワンフロア型のマンションで良かったと感じる日はないな」


 エレベーターを降りて、玄関を開けようとしたところ、エアが手を上げて制止した。

 早く中に入りたいんだが、一体何の用だろうか。

 エアは真剣な表情を浮かべて、鼻や耳を頼りに、玄関と室内に意識を向けていた。

 ピリッとした空気が漂って、クローシェも口をつぐんで警戒態勢に入った。


「主、ちょっと待って。家を空けてたから、泥棒が入ってないか確認する」

「そうか……。頼む」


 ポーションの存在についてどれだけ世の中に知られているか分からない。

 いきなりマンションに侵入するというのも考えがたいのだが、以前からエアはかなり防犯意識を高めていた。


「ん、大丈夫そう。誰も侵入した形跡はない」

「よし、よくやってくれたな」

「えへへ……。任せて」


 エアがこうして護衛としての仕事をいつもしっかりとやってくれるから、渡はいつだって安心して過ごせる。

 それは見知らぬ地でも、怪しげな場所でも同じだ。

 褒められたエアはくすぐったそうに目を細めて、笑った。


「じゃあ入るぞ。ただいま」

「「ただいまー」」

「た、ただいま帰りましてよ」


 鍵を開けて、玄関に入る。

 ようやく帰宅できたと、渡はホッと息を吐いた。

 ただ一人、クローシェだけはまだ戸惑いを残していた。



「ご主人様、アイスティです」

「帰ってきて疲れてるだろうにありがとう。うん、美味いよ」

「私もこちらのお茶が前よりも美味しく思えるなりました」


 マリエルの淹れてくれるお茶は以前よりも洗練されていて、茶葉の香りが引き立っている。

 一口含むと口中に紅茶の香りがふわりと開いて、冷たい感触がのどを通り抜ける。


 エアコンが効き始めて涼しくなってきた室内で、ソファに身を沈めていると身も心も落ち着いていくのを感じた。

 帰ってきたのだ。

 今日一日は何もするつもりはなかった。

 楽しいことばかりだったが、それでも心身ともに疲れが溜まっていた。

 一日ぐらいゆっくりとして、翌日から地球でも仕事を始めるつもりだった。


 渡とマリエルがソファに座ってゆっくりしていると、ベランダの防犯カメラや砂利を確認していたエアが戻ってきて、冷蔵庫を開ける。

 グラスにカラカラと氷を流し込み、コーラを淹れた。


「アタシはシュワシュワのもーっと。クローシェも飲む?」

「い、いただきます。な、なんですのこれ!? 口の中でパチパチ弾けて、甘くて、お、美味しいですわああああ!! こ、こんなのおかしくなってしまいますのぉおお!」


 生まれて初めて体験する炭酸と砂糖の暴力的な甘さにクローシェがノックダウンされていて、渡たちは笑った。


「エアもこっちで休みなよ。クローシェもおいで」

「はーい」

「分かりましたわ」


 素直に呼ばれてソファに座る二人。

 こうして三人が並んで座ると、美人と言ってもタイプの違い、それぞれに魅力がある。

 一つ屋根の下でこんな美女と暮らすことになった自分が不思議で、幸福に思えた。


「クローシェにはあらためて、俺について話しておこうと思う。マリエルとエアは、何か気付いたら補足してくれ」


 こうして日本での暮らしを見せた上で、渡はクローシェに、自分がどういう人間なのかをしっかりと話そうと思っていた。

 その日、渡は自分が世界を行き来できることと、それぞれの世界の違いについて、クローシェに打ち明けた。


――――――――――――――――――――――――――――

というわけでようやく日本に帰ってきました。

渡も疲れただろうけど作者もなかなか疲れる場面が多かったです。


次回は久々のポーション販売の予定です。


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