第31話 王都観光
その日、渡たちは王都の表通りを歩いていた。
王都での主な目的は達成された。
せっかく王都に来たということで、マリエルの薦める楽団のコンサートを聴くことにした。
この世界の観劇や楽器演奏は、文化が違えば演出もまた大きく異なるだろう。
貴族だけでなく平民も楽しめる格式らしく、王立学園の生徒たちもよく聴きに来るのだという。
てっきりクラシックかと思っていた渡だったが、ケルト音楽のような雰囲気で、どことなく寂寥感を覚える響きだった。
舞台には四十人ほどの楽団員が、各々の楽器を鳴らし、見事な演奏をしている。
以前から楽しんでいたというマリエルだけでなく、普段は騒がしいエアやクローシェも黙って音に耳を傾けて、演奏を楽しんでいた。
一時間ほどの音楽鑑賞を終えて、渡たちは店巡りをしていた。
王都に来て改めて驚いたのは物価の高さだ。
王都価格とでも言うべきか、なんでも南船町よりも三割ほど高い。
高級品ほどその傾向は強くなり、武器や防具などは非常に幅広く品揃えられているのに、今の渡でさえ躊躇する価格の商品も珍しくなかった。
これは表通りの一等地の店にばかり渡が入店したためという点も大きい。
やっていることは百貨店の高級品売り場に行って高い高いと感じているのに変わらない。
だが、エアとクローシェは護衛という観点から表通りの店が望ましい。
マリエルは貴族として店に通う経験の少なさから、この誤解が解かれることはなかった。
(ヤバい、王都怖い。それなりに稼いで俺も金持ちになったつもりだったが、上には上がいる)
「おっ、付与の店があるぞ。専門店か。外観もきれいだし、王都はやっぱり違うな」
「生産地である月見ヶ丘ではマトモに販売していませんでしたからね。見てみるのもいいのでは?」
「主、クローシェの分も『変身』の付与が手に入らないかな?」
「わたくしは別に必要ありませんのよ?」
「いや、エアの言う通りあった方が良いな」
「そうですの?」
渡の住んでいる場所を知らないために、クローシェは獣人であることを隠す必要性を理解できていない。
エアが周りを気にせず活動するのには、たしかに『変身』の付与はとても役に立った。
渡自身も交通事故の現場では顔を隠すのに使ったし、あればあるだけ助かる能力なのは間違いない。
「ただ、ああいうのって売ってるのか?」
「おそらくないとは思います。客に売って上から目をつけられるぐらいなら、国に販売した方が良いでしょうから」
「となるとダメ元か。まあ聞くだけ聞いてみるか」
最悪、エアかクローシェは帽子をして尻尾は上着を腰に巻いたりして隠さなくてはならないだろう。
行く場所や季節によっては、それすら厳しくなるかもしれない。
どちらかが家に留守番することも考えなくてはならなかった。
「…………これは」
(たっけえ……!)
力を強くするもの、足を軽くするもの、五感を鋭くするものなど、およそ身体能力向上として考えられる様々な付与の商品が揃っていた。
だからといって、金貨がぽんぽんと飛んでいく価格には渡も顔が引きつる思いだった。
これには装飾品に使われる貴金属の希少性や技術、そして工房のブランドなど、様々な価格が上乗せされている。
大領地の貴族が、あるいは富豪が値段を気にした様子もなく商品をポンポンと選んでいくのを見て、住む世界が違うのだな、と分かった。
これを仕入れて日本で売るのはまず不可能だ。
採算が取れない。
地球との貿易ではなく、個人として使うのならば、まだ許容できる。
ブレスレットやペンダント、ピアスに指輪の芸術性はとても高く、使われている宝石の粒も大きく、見事だった。
渡の場合は結婚指輪のような、一生モノの贈り物として買っても良いかもしれない。
それとは別に、もしかしたらと一縷の望みをかけて、渡は変身の付与の商品がないか、尋ねてみた。
「申し訳ありませんが、当店ではそのような物は取り扱っておりません」
「まあそうですよねえ……」
店員の表情が強張ったのを見て、渡はすぐに話題を引っ込めた。
もとより想定していたことだが、店を構えているところから、『変身』の付与がかかった物を手に入れるのは現実的ではなかった。
裏通りの怪しい店か、露店か、どちらにせよ政府の目の届きにくいところでないと、手に入れることは難しいだろう。
渡たちは足取りも重く店を後にした。
「こんなことならモイー男爵に相談すればよかったかな」
「それはそれで大きな借りを作ることになりますよ。モイー男爵は無体なことをする方ではありませんが、それでも借り相応の要求は断れなくなります」
「一般市民の俺からしたら、貴族の要求を飲まないといけない借りなんて作りたくないな」
前回の入手した経緯も偶然の産物であって、狙って得られないだろう。
今後も大市を定期的に覗く必要性を強く感じさせられる買い物だった。
だが、それすらも収穫なのだ。
何も知らずに過ごすよりは、豊富な品揃えがあり、美術性に優れていることが分かった。
いつか必要になって利用する日も来るかもしれない。
〇
後は王都観光を楽しんで、帰るばかりだ。
これまで目につきながらも楽しんでいなかったものには、広場の真ん中で催されている大道芸や、交差点の隅にある大きな劇場での鑑賞などがあった。
買い物も不発とはいえ済んで、やるべきことを優先したとはいえ、王都を楽しんだとはまだ言えない状況だった。
広場ではパフォーマーたちが、様々な見世物をしていた。
まったく動かない剥製のような獣人がいれば、その隣で金属質な肌をした青銅人がゴーレムのように動いている。
目で追えない速度でジャグリングをする者がいたり、細い棒の上で様々な宙返りをする者、棍を持って演武をする者など、見ていて楽しませてくれる。
参加型の見世物もあって、パントマイムの真似事に参加させられてビックリしている人や、突然ボールを投げ渡されて、それをリングに入れるよう求められる人もいる。
「おっ……?」
「主に来た」
パフォーマーの投げたボールがバウンドして、渡の前に飛んでくる。
無造作に受け止めたが、なるほどたしかに驚くな、これは。
渡は両手でボールを構えた。
言ってしまえばバスケのようなものだ。
けっこうズッシリとしていて、いったい何で作られているのか分からないが、滑りにくい材質でほどよく弾んだ。
渡は、しっかりと狙いをつけて籠にボールを放る。
運動神経が悪いわけでもないため、狙いはそれなりに正確にリングに向かう。
が、惜しくも縁に当たって弾かれそうになった。
ああ、と芸人を含めて溜息が周りから漏れた。
「アタシに任せて」
「エア? すごい、アリウープかよ」
横から飛び出したエアが一瞬にしてボールに向かってジャンプすると、そのままボールを掴む。
まるで空を飛んでいるかのような滞空時間。余裕を持って、そのままリングに叩きこんだ。
おおおおお、とどよめきが起きた。
モンスターや獣人もいるような世界でも、誰もが運動神経に優れて戦闘経験があるわけではない。
王都に暮らしている者にとって、エアの身体能力は驚きを与えるものだったようだ。
「えへん、どう、主!?」
「うん。上手だった。やっぱりエアの運動神経はすごいな」
「ムフー!」
注目を集めたが、これはこれで気持ちが良いものだ。
胸を張って自慢するエアを褒めて頭を撫でると、鼻息荒くエアが満足そうにしていた。
そんなエアの楽しそうな姿に我慢できなかったのが、ライバルにして妹分を自任しているクローシェだ。
「ちょっと、主様! わたくしだってこんなの余裕でできますわよ! ほら、マリエルさん、投げてみてください!」
「ええ……、私がですか? 仕方ありませんね。……えいっ!」
「あっ、……入っちゃった。ちょっと!? どうしてそんな残念そうな目で見つめるんですの!?」
マリエルが投げたボールは、フォームこそ頼りなかったが、ふわっと放物線を描いて、見事にリングに収まった。
シュートが決まればアリウープをするチャンスは生まれない。
顔を赤くしてムキーと怒る不満そうなクローシェの姿を見て、渡は思わず笑ってしまった。
まったく、新しい奴隷が急に増えてどうなるかと不安だったが、思った以上に楽しくなりそうだ。
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