第30話 行方
「結果を教えていただけますでしょうか」
「わ、分かりました」
役人が全身をガチガチに緊張させながら、渡たちに調べた結果を報告し始める。
書類を持つ手がかすかに震えていた。
封建制の社会において、力を持つ貴族の機嫌を損ねるのは非常に拙い。
中央の官吏とはいえ、強い権力を持たない平役人なら、左遷されて一生日の目を見ないこともあり得た。
渡としては余計な告げ口をするつもりもなく、モイーにしたところで、必要のない手間を背負い込むことなどない。
だが、この役人にはそんな他人の思考が覗けるわけもないために、非情な緊張に襲われていた。
「ま、まずは時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした」
「何かあったんですか?」
「そうですね……。順を追って分かったことから説明いたします。まず、ハノーヴァー家の旧当主、およびその妻はこの年の始めに領地を返上しました」
「それは受理されたんですね」
「はい。それにともなって、領地の借金返済も債権を消失しました」
「それって借金はどうなるんですか? 取り立てられないとか?」
いわゆる徳政令で借金自体がなくなったのだとしたら、貸した側が大損することになる。
その疑問については、役人である男にとってはすぐに分かることだったのだろう。
淀みのない回答が返ってきた。
「国が返済を肩代わりした形になります。ただし利息は支払われず、元本のみになったんじゃないでしょうかね。貴族籍はそのまま、領地を持たないということで年金が支給されています。これが年に金貨十枚」
貴族というと必ず領地を持っているかと言えば、そうとも限らないケースも少ないながら存在する。
特に低位貴族の男爵や騎士は、領地を持たないケースがあった。
この世界ではエアやクローシェの一族も例外の一部で、遍歴騎士の位を持っている。
また、日本でも江戸時代、御家人は領地を持たない俸禄暮らしをしていた。
マリエルの両親も例外的なその地位に納まったのだろう。
金貨十枚というと、一般的な職人の年収の二倍。
多いようにも思えるが、貴族としての体面を保つために必要な暮らしをするなら、ギリギリだ。
服装一つ、住むところ、持つもの、それぞれに最低限の格式を求められるためだ。
それでも奴隷に堕ちたり、罪人となるよりははるかにマシな結末だろう。
とにもかくにも、今も貴族として暮らせていると知って、マリエルがホッとしていた。
渡の手を握る力も和らぐ。
良かったな、と目で訴えると、嬉しそうにマリエルが頷いた。
そんな渡たちの希望を打ち砕くような内容が続いた。
「ただ、この後の所属がよく分かっていません。居住地などをはじめとした連絡先も見つからない状態です。それを調べていて、時間がかかっていました」
「そんな……」
「どういうことです? なにか手抜かりがあったとか」
「手続きは正当な手順を踏んで受理されています。裁可の印もいただいておりますから、何らかの政治的配慮によるものとしか分かりませんね」
「お、お父様、お母様……」
「マリエル。大丈夫か。しっかりしろ」
政治的配慮など、捉え方によっては非常に嫌な響きだ。
マリエルが血の気の引いた顔で、めまいを起こしかけたのか、頭に手をやった。
今にも倒れこんでしまいそうな様子だ。
渡はマリエルを支えた。
役人が言いづらそうに緊張していた理由がよく分かった。
モイーへの心配だけでなく、報告にも伝えづらい内容を含んでいたのだ。
「これは政府としての正式な回答ではなく、私個人の推測になりますが、それで良ければ話しますよ」
「良いんですか?」
「ええ……。モイー男爵にも念押しをされましたしね。ただし、これはあくまでも私見であって、一つの参考意見としてお聞きください。よろしいですか?」
「それでも助かります。マリエル、良いな?」
「はい、どうかお聞かせください」
間近で美女に見つめられた役人が赤面する。
咳ばらいを一つこぼした。
「分かりました。おそらくご夫婦は国内の領地をめぐって、統治状況について調査についていると思います。いわゆる内部監査ですね」
「どうしてそんな仕事を?」
「確証はありませんけどね。監察院の所属だったら、所属が隠されていてもおかしくありません。それに貴族でありながら方々を行き来するのには都合が良いでしょう」
「接触を図るにはどうしたら良いんでしょうか?」
「それこそ我々総務局の仕事ですよ。書類をお預かりして、届くように手配しましょう」
一度は失われていた手掛かりが見えてきて、マリエルが平静を多少取り戻した。
渡たちは一月後、無理なら二月後に王都で会えないか、手紙を書き、役人に手渡す。
王都に帰還しさえすれば、手紙を見て調整してくれるなり、返信が届くだろう。
「お手数をおかけしました」
「モイー男爵に、私アウグストが役に立ったとお伝えくだされば幸いです」
「分かりました。名を覚えておきます」
役人――アウグストから名札を貰った渡は、それを鞄に入れると、頭を下げた。
「ところでワタルさんは、何の商品を取り扱っているんですか?」
「主な物は砂糖をはじめとした国外の食品です。後は珍しい交易品があれば、それも少し」
「砂糖? では最近王都で話題になっている白砂糖は、もしかして」
「少しだけ噛んでいる程度ですよ。あくまでもウェルカム商会が中心です」
「なるほど」
アウグストの表情に納得が生まれた。
モイー男爵と懇意にできる理由が分からなかったのだ。
渡はこれ以上ボロが出ない様に頭を下げると、総務局を後にした。
いよいよマリエルの両親と会える日が来る。
渡はその日が楽しみだった。
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ちょっと駆け足で分かりにくいかも。
また後日、加筆修正する予定です。
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