第28話 マリエルの両親の行方
渡が王都に来たのには、元々いくつかの目的があった。
ウェルカム商会以外に商品を卸す販路を見つけること。
祠、そしてゲートについての知識を得ること。
王都で優れた商品を目にして、地球で売れるものがないかを確認すること。
そして、マリエルの両親についての情報を得ることだ。
このうちの三つについては、すでに解決している。
小さいなりにベーキングパウダーの販売は決まったり、ゲートについての知識も得た。
王都ではなかったが、碧流町で美容効果に非常に優れた美容液も手に入った。
だが、最後の一つ、マリエルの両親の情報については、どう調べていけば良いのか、渡には良い案がなかなか得られなかった。
そもそもまったく縁もゆかりもない場所で、渡が知りもしない人物を探す、というのが無理難題だ。
「さて、マリエルの両親について調べるって約束だが……正直なところ、俺には探す伝手がない。友達だったっていうフィーナさんは、その辺りは知らなかったのか?」
「どうも領地を返納したことまでは知っていましたが、もともと違う派閥に所属していたので、詳しくまでは知らなかったみたいです」
「そうか。俺は貴族制度について詳しくないから、マリエルに智恵を借りるしかないが、誰に相談するのが良いと思う?」
「そうですね。せっかく王都に来ているので、総務局を頼るのが確実で良いでしょうか」
マリエルの回答は国の役所としての働きが頭に入っているのだろう。
国民ですらない渡に利用できるのかだけが不安だった。
表情に表れていたのか、マリエルは不安をほぐすように、笑みを浮かべた。
「一々身元の確認をするわけではありませんから、大丈夫ですよ」
「そうか? 事務所を構えたのが南船町だから、もし聞かれたら、そこを答えたら良いかな」
「はい、多分大丈夫だとは思いますが、心配ならそうしてください」
「分かった。こういうのは俺も苦手でな。他国のエアやクローシェにも相談できないし、困ってたんだ」
「アタシは護衛だもん。そんなことで頼られても、困る」
「わたくしもお姉さまも傭兵一家ですしねえ。流れ流れて生きるわたくしたちは、お役所仕事とは無縁ですわ!」
頼りにできるポイントが奴隷によってあまりにも違う。
この件に関しては、エアとクローシェに頼ることはないだろう。
とはいえ、傭兵一家と言うが、実際には組織を運営するために主計係りの者はきっといるのだろう。
エアやクローシェの認識を見ていると、苦労しているのだろうな、と渡は思った。
〇
渡たちは王都の中心地、王城に来ていた。
背の高い防壁に囲まれて、多数の門衛が護衛している。
鎧を着込んで槍を持つ兵士たちは、とても鍛えられて強そうに見えた。
王城の門は開かれていて、日中は入ることができる。
門衛から見られていることを意識しながら、渡たちは門を潜った。
「モイー男爵の城でも大きいと思ったが、王都はもっと大きいな」
「街の規模が違いますし、王と領主では使える人もお金も大違いですからね」
「うーん、一見攻めやすそうだけど、要所は魔術的な護りが強いなあ。クローシェならどこから攻める?」
「わたくしなら……あそこから、でしょうか」
「おい、お前ら物騒な話をして捕まえられないでくれよ」
「別に本気じゃないし。でもこういう頭で考えておくのは大事なの。攻城戦に駆り出されたことも多いし」
「護衛としても、急な襲撃を受けたときにどう避難するか考えるのに必要なのですわ」
「そ、そうか……。そうか?」
攻め手の気持ちになって、守りを考えるということだろうか。
二人に理由を言われて、とりあえず渡は納得することにした。
城と言っても、王族の居住区と役所としての行政区に明確に分かれている。
渡たちが利用するのは後者の行政区だ。
こちらは貴族だけでなく市民が行政上の手続きを行うために利用できるようになっていた。
今回はマリエルの案内もあって、最初から総務局に足を運んだのだが、とにかく広い。
城だから当然なのかもしれないが、平民が入ることのできる三の丸までの区画は数百メートル四方ある。
二の丸は貴族たちが住み、本丸が王族たちが住まう場所だ。
総務局はその仕事内容の幅広さからか、かなり大きめのスペースを持っていた。
動きまわったり、書類と格闘している役人の数が多い。
いわゆるお役所仕事、などの長閑な働きではなく、しっかりと勤務しているのが見て取れた。
渡たちは来客用のカウンターに向かうと、中年の男が応対した。
年のころは四十ほど、背が低く小太りで、頭髪が薄い。
金色の髪を長く伸ばして撫でつけていた。
男は愛想のない態度で、用件を聞く。
「今日はどのような用件ですか?」
「ハノーヴァー家について、その後を知りたいのですが」
「どういった理由でしょう?」
役人の目がわずかに厳しくなった。
貴族の没落は醜聞である。
そんな情報についてわざわざ調べるのは、面倒な用件を想像させるのだろう。
「こちらのマリエルが、ハノーヴァー家の娘だったのです。借金返済の一部として奴隷となりましたが、その後私が購入しました」
「ああ……、あそこのご令嬢ですか。大変な目に遭いましたね。しかし借金の督促は難しいかもしれませんよ。領地を手放すぐらいに困窮していたわけですから」
「あ、いえ。そのつもりはありません」
さも同情したように話す役人の目に、見下した色が見えた。
悔しさと悲しさの綯い交ぜになったマリエルが、目線を落とす。
「主人として、奴隷の両親と会う機会を設けてあげたくて」
「はぁ。奴隷にそんな手間を? 物好きなことですね。まあ理由は分かりました」
なんだこいつは、と腹立たしく思ったが、ここで問題を起こすわけにはいかない。
役人と喧嘩して良いことなど一つもない。
腹立たしさを押し殺して、渡は無理やり笑みを浮かべた。
「お手数ですが、何か情報が分かりましたら教えてください」
「仕方ありません。手続き記録を調べてみましょう」
面倒そうな役人が書類を調べにカウンターから離れたのを確認して、渡はマリエルの手を握った。
その手は氷のように冷たくなっていた。
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書いてて役人うぜーなー、と思いました。
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