第27話 魔力災害とゲート
モーリスが魔力災害の発生原因について、端的に教えてくれた。
過去の大魔術の行使による影響や、いわゆる龍脈などと呼ばれる場所で、ある閾値を超えた魔力が空間に満たされると、本来は流動し拡散する魔力がひとところに留まって、魔力溜まりができてしまう。
「特に龍脈は少しずつ溜まる魔力が増えていくからね、そのままになっていたなら、状況は悪化するばかりだろう」
「なるほど」
自分が転移先で見た古代都市はどちらが原因で魔力災害が起きているのか分からない。
どちらもあり得るな、と思った。
「エアはどっちだと思う?」
「両方」
「ふむ、となると、解決するのはかなり大変そうだね」
「具体的にはどんな方法が考えられますか?」
「原理原則として、魔力濃度を下げていくしか対策はない。それをどんな手段で行うかだが、たとえば魔力を吸収する素材を持ち込んで、別の場所で魔力を使う」
「ご主人様が分かりやすいのだと、魔石に吸収させて、魔道具に活用する方法でしょうか?」
石油やガスを採取してストーブを焚いたり、車を走らせたりするのと変わらないな、と渡は把握した。
渡の顔に納得の色を見たモーリスが、話を続ける。
「魔力を豊富に蓄える植物をそこで育てて、別の場所に持ち運ぶ。あとは魔力災害の外から干渉して、拡散や流動性を持たせるといった方法が考えられるね」
「どれも一朝一夕でできる対策じゃなさそうですね」
「うむ。それに魔力濃度が濃い所は、人体に悪影響を及ぼすだけでなく、大魔力を行使できる凶暴なモンスターが生息しやすい。とても危険な作業になるだろう。とても大規模にできるものではないよ」
「できるところから考えてみようと思います」
「ふふふ、この話を聞いてまだ諦めないというのも面白い話だ。何がそこまで君を駆り立てるのやら」
「ただやってみたいと思っただけですよ」
神の意思などという難しい話ではなく、せっかく特別な体験をさせてもらっているのだ。
渡の意思で、祠を大切にしたり、転移先に恩返ししたいと思った。
それに、古代遺跡の貴重な遺産を見つけるという欲もある。
「話もかなり長くなってしまったね」
「最後に、あと一つお聞きしたいことがあります」
「なんだろうか?」
「俺は今、複数のゲートの構造を見ていますが、これとまったく同じ文字を書けば、ゲートは再現できると思いますか?」
渡の質問に、モーリスがしばらく言葉に詰まった。
モーリスだけでなく、マリエルやエアといった自分の奴隷たちまで息を吞んでいる。
なにかおかしな質問をしてしまっただろうか。
「ゲートを造る? ふふふ、面白いことを考えるね。君は神に敬虔なのかと思えば、畏れ知らずなことを言い出したり、不思議なタイプだな」
「畏れ知らずですか?」
「そうだろう。神の御業を自分の手で再現しようというのだ」
「あっ……そんなに深く考えていませんでした。ただ自分の住む場所の近くに設置出来たら便利だなって、それだけで」
「普通の者は思ったとしても口にはしないものだが……まあそれは良い。私なりの考えを教えよう」
「お願いします」
モーリスがじつに面白そうに笑うので、渡は小さくなるしかなかった。
神々の実存を身近に感じる世界と、敬ってはいるが、信仰していない現代日本人の渡の感性の違いがハッキリと出てしまった。
この辺りの感性は、マリエルやエア、クローシェとは共有できない。
それぞれの
「結論から言うと、理論上は可能だろうが、現実的には無理だと思う」
「どうしてでしょうか? 書かれている文字を寸分違わず再現できれば、転移できませんか?」
「理由は二つある」
「二つ」
具体的な数字を出されたので、本当に無理なことが理解できた。
「まず素材を用意できないだろうということだ。文字を書いただけでは不十分で、力を発揮するには同じ素材を必要とする。アレは今の技術では再現不可能な、失われた技術でできた特殊合金なのだよ」
「なるほど……」
「アダマンタイト、ヒヒイロカネ、ミスリル、オリハルコンといった希少な金属から精製されているのではないか、と言われている。悠久の時を経ても摩耗していないのは、そのためだ」
「そう聞くと、たしかにほとんど不可能に思えますね」
しかし凄い名前の金属が出てきたな。
そうか、そんな金属がこの世界にはあるのか。
あ、しかしヒヒイロカネは日本で採れる金属ではなかっただろうか。
まったく同じ物があるのか、あるいは翻訳機能がそれっぽく神話や伝説上の金属を翻訳してくれているのか、渡には区別がつかなかった。
どちらにしろ希少な鉱石、金属をふんだんに用意しないといけないのは確かなことのようだ。
「一応、二つ目の理由も聞くかね?」
「はい、お願いします。諦めるにしても、ハッキリと理由が分かっていた方がすっぱり諦められますから」
「二つ目は、同じ素材、同じ文字を書いても、術者によって発揮できる効果は異なるからだ」
「どういうことでしょうか?」
「君は魔術について知識や素養はあるかね?」
「素養は分かりませんが、少なくとも知識はありません。もしかしたら俺の奴隷は使えるかもしれませんが」
渡が顔を横向けると、マリエルたちが答えていく。
「私は魔力はありますが、修めていませんでした」
「アタシは使えなくはないけど、身体強化しかほとんど使えないし、使う気もないかな」
「わたくし! わたくしは魔術を使えますわよ!」
「へえ、クローシェは魔術を使えるんだ」
「ニシシ、クローシェの使えるは、とりあえず出せるって感じだけどね」
「もうっ! それでも使えるのは違いありませんわ!」
「ふむ、才能豊かなことだ。そういえば私が魔術師だということも見抜いていたね」
見抜いたのはエアだ。
なるほど、素養としては全員があるのか。
あまり珍しくないのだろうか。
それとも三人の経歴が普通とは違うからか。
渡も使えるなら使ってみたいところだ。
「話を戻そう。魔術は使い手によって、その効果が変わる。時と空間の神が創った転移陣を真似したところで、同じ効果を得ることはまず不可能だ。極めて力の強い魔術師なら、転移魔術が使えてもおかしくないが、まあ君たちでは無理だろう」
当然のように言われて、渡も諦めるしかなかった。
その後、渡はモーリスに礼を言って、学園を後にした。
その表情はとても晴れやかで、歩く姿も元気に満ちている。
そんな渡の態度を感じて、奴隷の三人もまた明るくなった。
「なんだか嬉しそうですね」
「良かったね! 主が元気だとアタシも嬉しい」
「話の途中から、とても落ち着いていましたわね」
「ああ。肩の荷が下りたっていうか、気負いすぎてたことに気付けたんだ」
渡は自分が何を気にしていたのかすら、自覚できていなかった。
なんとなく心に刺さったままになっていた棘が抜けたのだ。
「こうして異世界にきて、とても幸福になればなるほど、俺は神様に返せない恩を受けている気になってたんだ。借りがどんどんと溜まって、いつか押し潰されてたかもしれないけど、モーリス教授に言われて気付いた。別に神託を受けて了承したわけじゃないんだから、俺のやりたいようにやってたら良いんだって」
やりたいようにやる。
生きたいように生きる。
お金持ちになって贅沢をしたり、他人ができない特別な体験をしたい。
有名になりたい。
そんな思いと同じぐらい、お互いの世界の良い商品を持ちこんで、誰かを幸せにしたい。
世の役に立ちたいという気持ちに溢れている。
「だからまあ、あらためてこれから振り回すと思うけど、お前たちには頼んだぞ」
「分かりました。精一杯サポートさせていただきます」
「アタシはアタシのできるところだけ、全力で頑張るね」
「わたくしがいれば百人力ですわー!! おーっほっほ!」
「クローシェ、声がうるさい」
「り、理不尽! 理不尽ですわお姉さま!!」
帰りの寄り合い馬車の駅前で、渡たちの明るい声が響き渡った。
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久々に3200字。
そうそう、今日カクヨムリワードが出たんですが、おかずに一品足せそうです。
読者さんにも運営さんにもマジでありがとうございます。感謝。
あとギフトくださった方にも改めてお礼申し上げます。
異世界王都旅行も長くなりましたが、あと数話で日本に戻る予定です。
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