第19話 祠の先②

 ゲートが開いたかと思うと、すぐさまエアとクローシェが姿を現した。

 ゲートから飛び出してきたエアは辺りを急いで見回し、渡を見つけると、満面に気色を漂わせた。

 そのまま飛び掛かるような勢いで抱き着いてくる。

 渡の視界と感覚が豊満なおっぱいで包まれた。


 甘やかな匂いに包まれながら、エアの声を聞く。


「もう、心配したんだから! 主はアタシから離れちゃダメなんだからね!」

「悪かった。俺もエアが隣にいなくて心細かったよ」

「わ、分かったなら良いけど」

「無事に会えて嬉しいよ。エアとクローシェの二人なら、きっと来てくれるって信じてた」

「うん……。どこまでだって駆けつけるよ。主はアタシが守るから。だから離れちゃダメ……」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて声を出しにくいが、心地よかったしとても安心したので、渡はされたままになっていた。

 見えないながらもエアを抱きしめ返して、背中を優しく撫でた。

 よっぽど慌てたのだろうし、心配してくれていたのだろう。

 体が冷たくなっていた。


 少しして落ち着いたのか、エアが抱擁を解いたので、渡はクローシェにも礼を言った。

 クローシェは少し離れた位置で、渡とエアを見て立っている。


「クローシェもいきなり心配をかけたな、ありがとう」

「本当に驚きましたわ。お姉さまは見たことないくらい殺気立ってましたし。わたくし寿命が縮むかと思いました」

「へえ、エアがねえ」

「よ、余計なこと言わないの」

「いたい! 痛いですわ!! わたくしの立派な尻尾をそんなに強く握らないでください!」

「ふん」


 他愛ないやりとりだが、だからこそ安心できる状況が戻ってきた。

 自然と渡の表情に笑みが浮かんで、ほっと緊張感が緩んだ。

 見ればマリエルも笑みを浮かべている。


「マリエルと二人の時間もいいけど、やっぱり揃ってる賑やかさには勝てないな」

「私もそう思います。……でも、たまにはもっと二人きりの時間を作ってくださっても良いんですよ?」

「分かったよ」


 クローシェという新しい奴隷も、早くも空気に溶け込んで自然となっている。

 もとより知り合いということもあったが、ギクシャクしない人物で良かったな、と渡は思った。


 〇


 合流を果たしたので、まずは情報のすり合わせをした。

 といっても、あまり言えることは少ない。

 祠で他の利用者と重なることはなかったし、お互いが他の場所に出歩くこともなかった。

 いつゲートが再利用できるのか、それに備えていた形だ。


「エアとクローシェが来るまで、周りの様子を見るのは止めておこうと思ってたんだ。万が一敵対的な人とかモンスターと遭遇しても怖いしな」

「良い判断。アタシが先に様子を見るよ」

「それが良さそうだな。わざわざ忠告までしてくれたんだ」


 渡はあの正体不明の人物の忠告に害意や敵意を感じなかった。

 エアとクローシェが潜り抜けたゲートはすでに閉じられている。

 もし同じだけ時間が必要だとすれば、三〇分は使えない。

 そもそも、こちらから帰れるのかという心配もあったが、おそらくは大丈夫だろうと思われた。

 もし一方通行なら、あの女性が躊躇なく使っているのに違和感がある。


 次にゲートが再利用できるようになるまでは、周りの状況を確認しようとなるのが自然な流れだ。

 念のためにエアが先頭に立ち、渡とマリエルが次、殿がクローシェになった。


 エアが耳と目を左右に走らせながら祠から出た途端、異変が起きた。


「―――――ッ!? うげっ!」

「エア!? どうした!」


 ガクッとエアの体がくずおれると、膝をついた。

 口元に手をやり、びちゃびちゃと水音がする。

 見ればエアが嘔吐していた。


 一体何が起きたんだ。攻撃されたのか。

 慌てて駆け寄ろうとした渡だったが、エアが手を突き出して制止した。


「ぎぢゃだめっ!! ――氷虎、力を貸せ!」


 エアが愛剣に手をやり鼻声で叫んだかと思うと、身の回りに白い氷の膜ができた。

 キラキラと光を反射して、靄を生み出している。


 初めて見る魔法的な光景に度肝を抜かれたが、それよりもエアの身が案じられた。


 エアがよたよたと祠へと戻ってくる。

 そして安全を確認したのか、氷は瞬く間に消えてなくなった。


「あ゛ー、はにゃが痛い……」

「大丈夫か」

「ん……」


 見れば顔色は真っ青。

 目が真っ赤に充血していて、鼻も赤くなっている。

 クローシェが慌てて水筒を取り出して手渡すと、エアは口をゆすいだ。


「お姉さま、何が起きたのですか?」

「ひでえ魔力災害だと思う。アタシは『大氷虎』を使えば大丈夫だけど、主は絶対出ちゃダメ」

「魔力災害?」


 初めて聞く言葉に、渡は困惑を隠せない。

 ただ、災害と名付けられていることから、かなり不穏な気配を感じていた。


「ご主人様の世界では物語で馴染みがあるかもしれませんが、魔術師が利用する魔力、それが溢れすぎて、人や物に悪い影響を与えてしまう状態です」

「魔力ってそんな悪い効果もあるのか」

「多すぎなければ悪いものではありませんわ。なんとなく体の調子が良くなったり、力が出やすかったりと、量さえ間違えなければ良い効果もありますの」


 この世界に魔力があること、そして魔術師がいることは渡も知っていた。

 慢性治療のポーションも、薬師だけでなく魔術師が製作に関わっている。

 だが、魔力についてはほとんど知らない。


「エアは付与のかかった剣を持ってるから大丈夫ってことか?」

「うん、そう。『大氷虎』は結界を張れるから、内側は安全」

「その中で俺が動くのはどうなんだろう」

「できなくはないけど、おススメはしない。主の耐性がどれぐらいか分からないし」

「わたくしはどうでしょう?」

「クローシェも生身だと危ないと思う。アタシだけが単独で動いて、すぐに戻った方が良いかな」


 まさか出ることすら難しい転移先だったとは思わなかった。

 渡はエアの意見を取り入れて、再び待機することになる。


 エアは氷の結界を張り巡らせて、慎重に祠から出て行った。

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