第20話 祠の先③

 エアは周囲を警戒しながら、祠から出た。

 『大虎氷』は太古の昔、金虎族の始祖がその武勇を神々に認められて下賜された武器だ。

 他の種族の手では見た目だけが豪奢な剣でしかないが、金虎族が持てば非常に強力な宝具になる。


 エアはすでに『大虎氷』の力を使って、身の回りに安全圏を作り出している。

 魔力の影響は無視できるほどまで軽減されていた。


「うげえ……ひでえ光景だにゃ……」


 思わずといった様子で、エアが顔を歪めて呻いた。

 目に映る光景があまりにも気持ち悪かったからだ。


 魔力は成長や回復を促進する。

 それと同時に濃すぎる魔力、強すぎる魔力は有害になって破壊へと導く。

 成長と破壊、回復と破壊を繰り返した植物は捻じれて奇妙な成長をしていて、見るだけでもおぞましかった。


 あるべき調和の壊れた姿を見ると精神的な苦痛を感じる。

 ガリガリと理性が削られるような光景が視界の続く限り、ずっと広がっていた。


 近くでは芋虫が瞬く間に成長して、羽化する前に腐り死ぬ。

 遠くを濃密な魔力に耐えられる超級の生物か、あるいは生物の範疇を逸脱した壊れたおかしな物が走り争っていた。


「……アタシより……強い?」


 遠く離れた場所にも関わらず、とてつもなく大きく見える。

 間近で見れば見上げるような巨体だろう。

 大きさだけが強さの総てではないが、ヤバそうな気配がプンプンと漂っていた。


 祠の周囲には浸食をうけながらも原形を保った階段や通路が残っており、建物も目にすることができた。

 非常に高度な文明を感じさせる建造物の数々が残っている。

 あるいは高度な遺物を収集することも可能かもしれない。

 神代や古代と呼ばれる時代は、現代技術では再現不可能なものも多くあるとされていた。


 ぼんやりと光り輝く入口の中には何が残っているのだろうか。

 古代の人々の生活の息吹が感じられるかもしれない。


 エアには転移先の場所に心当たりがあった。

 過去に大規模な魔力災害から、禁断の地に指定された場所。

 失われた古代の魔法都市、大陸にいくつか存在するうちの一つだ。


 同時にエアは祠のゲートがなかなか起動しない理由も察した。

 高濃度の魔力を通さないように外部からの浸食を防ぐために、動力の多くを割り振っているのだろう。


 こんな気持ちの悪いところにいたら、魔力の影響は受けなくとも、気がおかしくなる。

 探索や調査はすぐに切り上げて、祠に戻りたい。


 無性に渡の顔が見たくなった。


 〇


「ひでえ所だったにゃ……」

「ご苦労様。危険な場所に一人で行かせて悪かったな」

「まあアタシぐらいしかできないし」


 普段の陽気さが嘘のように、疲れた表情でエアが報告を始めた。

 祠の外が古代都市の遺跡と思われること。

 非常に強力なモンスターがいること。

 対策なしに出歩くのは不可能なこと。


 聞けば聞くほどここで何かをするのは難しいように思えた。


「とりあえず、そろそろゲートが使えるはずだ。詳しい話は向こうでしよう」

「そうですね。あっ、使えるみたいですよ」

「それでは皆様近づいて、いきますわよ」

「お前が指図すんな」

「痛いですわ!」

「ははっ、じゃあ行こうか」


 一秒も早く落ち着いた場所に戻りたい。

 渡たちはゲートに潜った。


 ほんの一時間前にいた王都の祠は、比べると圧倒的に保存状態が良いことに気づく。

 汚れているのは間違いないが、それでも古代都市の状態が悪すぎた。


 危険な場所にいるというのはかなり心労が溜まるものだ。

 すぐに祠から出て、お茶を飲める場所まで移動すると、体を投げ出すように座った。


「とんでもないアクシデントだったな。次は気をつけて選ばないと」

「使い方が分かっていませんでしたからね」

「個人的には古代遺跡はすごく気になるし、祠を綺麗にしておきたい気持ちもある」

「えー、危ないよー」


 渡の意見にエアが反対した。

 まあそれも当然か。

 一番危険を体験したのはエアなのだ。

 祠の安全な場所に待機していた渡たちとは、危機感が違う。


「出なけりゃ問題はないだろう。それに……これは個人的な感覚で悪いが、あんなボロボロの状態で残しておくのは、利用するだけ利用しておいて、なんだか申し訳ない」

「他の人は気にしてないと思うよ」

「そうだな。だからこれは俺の我侭だ。許してくれ」


 危険なことをしようとしているのは分かっている。

 一番迷惑がかかるのは、護衛をするエアだろう。

 愛剣を手に祠から飛び出て一戦交える可能性もある。

 だから渡は頭を下げた。


「もう……仕方ないなあ」

「……すまんな」

「いーよ。アタシが最初に主にわがまま言った時に、主は少しも面倒くさがらずに助けてくれたし」


 そう言ってエアが愛剣に手をやった。


「気になったことがあるんだが、魔力を遮るような素材ってあるのか?」

「ありますよ」


 渡の質問に答えてくれたのはマリエルだ。

 やはり知識面でマリエルはとても助かる。


「慢性回復ポーションの瓶などは、魔術師がかけた魔法の効果を保持できるようになっています。他にも抗魔術素材はいくつかあるでしょう」

「急がないが、そういった素材を集めて、祠の周りに設置してみたいな」

「魔力の影響を減らすわけですね。……できなくはないと思いますが、すごく高価になりますよ」

「だよなあ。だから急がないよ。ゆっくりできそうなところから始めよう」


 渡の決意の固さに、マリエルは不思議そうな顔を浮かべた。

 どうしてこれほどまでに祠にこだわるのか、理解できないのだろう。

 渡としても、はっきりと自覚した思いがあるわけではない。


 だが、始まりはお地蔵さんを綺麗にするところから始まった。

 マリエルやエアと出会い、異世界と地球を行き来して技術や富を得て、今の幸せにつながっている。

 祠の清掃は得を求めてというよりは、どちらかといえば恩返し、感謝の気持ちがあった。


 恩返しとして行う活動にリターンを求めるのは筋違いだ。

 南船町だけでなく、どうせなら王都も、この古代都市も綺麗にしておきたかった。

 時と空間の神様もきっと喜んでくれるに違いない。


 それに、いつか古代都市を探索してみたい。

 せっかくファンタジーな世界に来たのだから、危険すぎない範囲で冒険も楽しみたい。

 リスクを可能な限り減らしつつ、ワクワクする未知の世界に、渡は好奇心が抑えられなかった。

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