第15話 祠で再会した人

 祠は王都にあるものも、南船町にあるものも大して変わらない。

 というよりも、雰囲気や大きさはとても酷似していた。

 神々がわざわざ王都だから立派な物を作るなどと考慮することはないのだろう。


 ゲートに誰かがいる、と分かって、渡はとても驚いた。

 これまでの話を聞く限り、扱えるものが限られているのだ。

 こうして他の人と出会う可能性は非常に低いはずだった。


「誰だ……?」

「主、前に出ないで。ちょっとおかしい。アタシが気づけなかった」

「そうですわよ。見知らぬ人相手に不用意すぎます」

「悪い」


 さらに警戒が深まるのは、エアの注意が今の今までなかったことだ。

 普通であれば、優れた嗅覚や聴覚によりエアは辺り一帯を認識している。

 その範囲は目が届かない場所にまで伸びていて、およそ死角がない。


 エアに匹敵する実力者であるクローシェも、獣人として優れた鼻を持ち、気配探知能力の一部に関してはより優れているだろう。


 その二人が気づかなかったというのは尋常なことではない。

 エアもクローシェも警戒を露わにしていた。


 ゲートの前に立っていた人物は渡たちに気づくと振り向いた。

 その顔にどこか見覚えがあって、渡はどこかで会った気がした。


「あら、お久しぶりですね。まさかここで再会するとは思いませんでしたわ、渡り人さん」

「あなたは……モイー男爵領の露店でいた店員さん!?」

「あら、覚えてくれていたんですね、嬉しい」

「そりゃ覚えてますよ。別れ方が印象的でしたからね」


 変身のネックレスを売ってくれた女性だ。

 あの時は突如として目の前から消えて、エアでも臭いや気配を見失ってしまった。

 それどころか店の痕跡すら消え失せていたのだ。

 まるで手品を見せられているような体験で、とても不思議な別れ方だったから、強く印象に残っている。


 美女は相変わらずミステリアスだった。

 今も嫣然と微笑んでいるが、掴みどころがない。


「主、アタシの前に立っちゃダメ」

「ああ……」

「あら悲しいわね。何もしないわよ?」

「彼女は俺の護衛でして、貴女個人を警戒しているというよりも、仕事としてやってることなんです。気分を害したら済みません」

「……まあいいわ」


 溜息をつかれると悪いことをしている気になる。

 実際に、これといった悪意は感じられない。

 それどころか以前は世話になった立場だった。


「私が売ってあげた『変身』のネックレスは役に立ったでしょう?」

「ええ。おかげさまでとても。あれのおかげで危難を乗り越えられました」

「それは良かったわ」


 本心だった。

 エアの活躍の場が増えたことも大きいし、何よりも事故の現場で顔を隠せたのは、あのネックレスあってのものだ。

 意味深な発言をしていたが、実際にとても役に立った。


「結局、あの店は何だったんですか?」

「別に特別なことはしてないわよ。普通に商品を売ってただけ」

「俺は渡と言います」

「私のことはパープルとでも呼んで」

「それ、本名ですか?」

「さあ、どう思う? やだ。怖い顔しないでよ。今はまだ秘密。もう少しお互いについて深く知り合ったら、あらためて教えてあげるわ」

「……いいです。こんな所でお会いできたので、少しお話がしたかったんですが、そういう雰囲気でもなさそうですね」

「そうね。私も色々と忙しくて。ごめんなさいね」


 女が申し訳無さそうに話すが、それもどこまで本心だろうか。

 目の間の女性が何者なのか。

 ただの行商人とは思えないし、そんな人がこの祠に入れないだろう。

 世話にはなったが、得体が知れなくて信用も難しい。

 かといって悪人とも思えない。


 せめてもう少しパーソナリティに触れることができれば、警戒を解けるのだが。


「このゲートはね、とても便利だけど、北には行かないことをお勧めするわ」

「どうしてですか?」

「内緒。別に私の忠告を聞かなくても良いけど、後悔しても知らないから」

「……参考にしておきます」

「それが良いと思うわ」


 ローブの下でニンマリと笑う表情は綺麗だが、同時にとても寒々しい。

 ただの忠告なのか、それとも実際にはいろいろと暗躍していて、邪魔されたくないのか、どちらだろうか。


「じゃあ、またお会いしましょう。渡。次はデートでもしましょうね」

「……楽しみにしています」

「あら嬉しい。それじゃあひと足お先に」


 ウインク一つをしてゲートに潜りこんだパープルは、すぐに姿が見えなくなる。

 それでもエアとクローシェはしばらく警戒を解かなかった。


「何者なんだ? エアとクローシェはなにか分かるか? 臭いとか、心音とかで」

「分かんない。道具の力か、魔術か、秘術使いなのか、まったく見当もつかない」

「はあ……わたくし緊張しましたわ」


 エアとクローシェがようやく力を抜いたときには、ぐったりとしていた。

 それだけ警戒を解けない相手だったということだろうか。


 ようやく祠を見つけることができたのに、新たに謎が深まるばかりだった。

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