第07話 黒狼族との決闘?

「アナタ! お姉さまの自由を賭けて、わたくしと勝負しなさい!」


 クローシェに指を突きつけられながら、渡は呆然としていた。

 衆人環視の中、宣戦布告をされることがあるとは、長い人生のなかで一度も考えたことがない。


 まさか俺が宣戦布告されるとはなあ。

 腹立たしいというよりも、呆れとか感嘆の気持ちが勝っていた。

 渡はうっすらと笑みを浮かべる。


「え、嫌ですけど?」

「な、なんでよ! 受けなさいよ!」

「いや、俺は戦いとは無縁の生活なんで。そもそも俺に一切メリットありませんし」

「はああっ!? お姉さまを解放しないつもり!?」


 信じられないことを聞いた、というような判断を見せるクローシェに、渡は頷く。

 たとえ大金を積まれてもエアを手放すという選択肢はない。

 それが一方的に決闘を申し入れられて、誰が受けるものか。


「……はい、そう言ってます」

「し、信じられないわ。それでも男なの、あなた!」

「リスクとリターンがまったく合ってないんですよ。俺が負けたらエアを失うわけでしょう? そもそも俺が怪我をしたらどうするんです。やっぱり考えられませんね」


 にべもない返事に、クローシェが愕然としているのが分かった。

 思い込みがそれだけ激しいのか、それともエアを助けるという思いがそれだけ強いのか。


 反応を見るかぎりでは、両方だろう。

 方法はともかくとして、その心根は優しく善性に偏っている。


「で、ではお姉さまと勝負をして、わたくしが勝ったら」

「それでも認められません。理由はいくつかありますが、勝負によってエアが怪我をするかもしれないし、負ければエアを失うことになる。勝っても得るものがない。クローシェさん」

「は、はい? なにかしら?」

「あなた、人に突然勝負を申し込むって、非常識では?」

「ひ、非常識!? わ、わたくしが、わたくしが非常ぉおお識……!! 冗談じゃないですわ!?」

「俺も本気で言ってますよ」

「むぎぎぎぎぎ、勝負を受けないなんて、卑怯ですわ!」

「自分の得意な分野でいきなり勝負を仕掛けてくるほうが卑怯では?」

「ムキー!」


 これでは犬ではなく猿である。

 クローシェは犬歯をむき出しにガルガルと唸り声をあげたが、しかし同時にけっして渡に襲いかかったり、強制的に勝負を開始しようともしない。

 話ができて、ルールに則れるだけ、まだマトモな相手だ。


 渡も突然のことに驚きながらも、なんとか平静を保てているのは、相手が会話できるからこそだった。

 世の中には言葉をかわしながらも会話にならない者が多いが、クローシェはそれには当てはまらない。


 お互いに譲らない話を続けている渡とクローシェだったが、エアが渡の横から顔を出して、申し訳無さそうに小さく声をかけてきた。


「クローシェがごめんなさい。アタシを慕ってくれてたから、優しさなんだと思う」

「それは分かるよ。お姉さまお姉さまって、すごく心配してるし」

「アタシが戦うよ」

「エアがわざと負けるような性格じゃないと知ってる上で言うけど、負けたほうがエアにとって得になるのに出せないだろう?」

「それは契約紋で不利になることを避けるようになってるから、大丈夫だと思う。多分」

「ああ、主人に危害を加えられないってやつか」

「うん」

「とは言えなあ、本当に戦う理由がないんだよな」


 主人に危害を加えられないことが、イコールで自分の有利になるように動かないのとはまた違うだろう。

 渡としては、エアやマリエルをいつか奴隷から解放することは考えている。

 だが、それは今ではないし、間違っても他者から強制されるものではなかった。


「ご主人さま、こういうのはどうでしょう?」

「ん?」


 悩む渡の背を押そうとしたのが、マリエルだった。

 渡を挟んでエアと反対側から体を出したマリエルは、その怜悧な美貌に鋭い視線を乗せて、クローシェに目を合わせる。


「はじめまして、クローシェさん、私はマリエルと申します」

「は、はい、はじめまして」

「おおっ、すごい。一気に落ち着かせた。さすがはマリエルだ」

「マリエルは犬使いの資質があるかも……」

「お姉さま! わたくしは誇り高き狼の血を引く者、犬ではありませんのよ!?」

「アタシは虎の強さと猫の可愛さを持つ女だからニャ!」

「くうっ、あざとカワイイですわ……!!」


 エアとクローシェが話し始めると、話が前に進まない。

 マリエルは強引に会話の主導権を握る。


「問題となっているのは、条件が釣り合っていないためです。勝って何かを得るなら、負ければ失うのが世の常です」

「つまり、わたくしが奴隷商から代わりの奴隷を」

「違います」

「ち、違いますの!? どうしてですか。エアお姉さまの代わりの奴隷を用意すれば」

「あなたは本気で、エアに匹敵する戦士をすぐに用意できるのですか?」

「そ、それは盲点ですわ!! たしかに、お姉さまほど優れた戦士を手に入れるのは難しいでしょうね。おまけにこの美しさと可愛らしさ! たとえ萬金ばんきんを重ねても手に入りませんわ!」


 ショックを受けたらしいクローシェに、マリエルは頷く。

 エアはなぜか自慢気に胸を反らした。


 今はそのおっぱいは強調しなくてよろしい。


 渡の声は言葉にはならないが、心の中だけでツッコんだ。


「そう、だからこそ、負ければクローシェさん自身が奴隷となっていただきます」

「わ、わたくし!? こ、このクローシェ・ド・ブラドが奴隷にですって?」

「そうです。金虎族のエアに匹敵する黒狼族の戦士なら、対価として釣り合うでしょう」

「それはそうですが、わたくしが」

「それができないなら、お引き取りください。私たちも一方的な押し売りは御免です」


 気づけばクローシェが奴隷になることを賭けの条件になることが当然という流れになっていた。


「お、おいおい。マリエル。勝手に勝負を引き受けようとしてるけど、大丈夫なのか?」

「ちょうど良い機会ではありませんか。ご主人様もエアがつきっきりでないと、なかなか外出できない、だからフリーにしてあげられないって悩んでいましたよね」

「それはそうだが、エアを手放すことになるかもしれないんだぞ」


 その言葉は強さを誇るエアとしては看過できないものだったのだろう。

 渡の腕をぐっと握ると、強い痛みが走った。


「大丈夫。アタシは、負けない」

「お、おお。自信があるんだな?」

「どうだろう。以前はアタシのほうが確実に強くて、よく稽古をつけてあげてたけど、黒狼族の一族の中じゃピカイチに才能はあった。今はどれぐらい強くなってるのか楽しみ」

「お、おいおい」

「主はアタシの強さが信用できない?」

「ぐっ……万が一でも負けたら許さないからな! その時はたっぷりお仕置きだからな、覚悟しておけよ!」


 渡の言葉に、エアが嬉しそうに頷いた。

 エアがやると言っていて、マリエルが計画を立てた。

 これでエアを手放すことになったら、とても後悔するだろう。


 それでも二人の判断を信じる渡は、できればこんな賭けはしたくなかったが、両方からの提案を断れない。

 いや、断りたくなかった。


「よし、じゃあ代理としてエアと戦ってもらう! エアが負ければ、奴隷の立場を解放する。しかし! 君が負ければ、奴隷になってもらう。その時はすべての権利を失うと覚悟してもらおう!」

「の、望むところですわ!! お姉さま、わたくしが全力でお姉さまを打ち負かし、自由の身にしてさしあげます!」

「まあ、アタシが勝つんだけどね」

「どうしてそんなことを言いますのぉおおおおっ!?」


 勝負の場は大広場から屋外訓練場へと移ることになった。



――――――――――

このキャラ書いてて楽しいな。


またまたコメント付きレビューをいただきました。

この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございます。


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