第08話 クローシェの覚悟

 王都には城壁内にも公園や訓練場のような開けた場所があった。

 城郭都市とはいっても、非常に大きな都市だ。

 市民が憩いの場として利用したり、冒険者や兵士、あるいはそれ等になろうとする者が鍛える場所は必要だからだ。


 大広場で注目を集めた渡たちだったが、さすがにぞろぞろと後をついてくるものは、ほとんどいなかった。

 ごく少数が物見遊山のつもりで同行している。

 騒動好きというのはどこにでもいるものだ。


 訓練場は固く踏み固められた土が広がっていて、それなりに賑わっていた。

 素振りや型稽古をするものがいれば、実戦形式で戦っているものもいる。

 それぞれの訓練の仕方によって、場所が異なるようになっていた。


 実践用の区画にエアとクローシェが入っていくと、軽く準備運動を始めた。


 渡とマリエルは、少し距離をおいた場所で待機する。

 あまり近いと戦いの余波だけで怪我をしそうだった。


 二人が戦いを始める前から、渡は緊張し始めているのを自覚した。

 手が冷たくなって、喉が渇く。

 エアがもし負ければ、手放さないといけなくなるのだ。


 奴隷という立場を開放されて、エアが渡とともに生きてくれるだろうか。

 信頼関係は結べているはずだ、という思いがある中で、でもそれは奴隷だったからでは、という弱きの声が聞こえてくる。


 勝てばクローシェが手に入るメリットもあったが、それよりも負けたときのデメリットが目について仕方がなかった。


「なあ、マリエルは黒狼族について知ってるんだろう? 教えてくれ」

「分かりました。黒狼族は西方諸国で主に活動している、かなり有名な傭兵団ですね」

「それは一度だけ聞いたな。他には?」

「一口に傭兵と言っても、その強さや特徴は色々とあるようです。エアのいる金虎族は一騎当千。少数で契約して、相手の指揮官を直接狙う、いわゆる“首狩り戦術”を得意とする傭兵です」

「まあ、エアの暴れっぷりを見てたら納得できるな。本気で戦ったら誰が止められるんだって感じだし」


 マリエルの説明は分かりやすかった。

 貴族というのは傭兵についても詳しいのか、それとも彼らがそれだけ有名で、一般人でもある程度知っている情報なのか。

 少なくともエアの存在については、負けなしの剣闘士として非常に有名だったな、と渡は思い出した。


「対して黒狼傭兵団は部隊としてしか契約を結びません。一致団結して、まるで一つの個のように戦場を縦横無尽に走り回り、鍛え上げられた遊撃手として活躍するそうです」

「つまり、団体行動こそが本分で、個としてはそこまで強くないってことか?」

「そうとも言い切れません。弱い兵がどれだけ集まっても、所詮は烏合の衆です。個人としても優れた戦闘力を持っているからこそ、他国にまで名を知らしめているんです。黒狼族は無限ともいわれるスタミナ、非常に俊敏な動きと優れた嗅覚や五感からくる鋭い直感と、兵士としても優秀です」

「やっぱり早まったんじゃないか……?」


 やっぱり聞くんじゃなかった、と思った。

 黒狼族について知れば知るほど、嫌な予感が強くなってくる。


「エアはきっとやってくれますよ。私はあの子が手を抜くとも思いません。主人であるご主人様がエアを信用してあげなくてどうするんですか」

「ここまできたらエアを信じるだけか……。エア、頑張れ! 勝て!」


 〇


 クローシェ・ド・ブラド。

 西方諸国で傭兵団として長く活躍するブラド家の長女である。


 ド、とついていることから分かるように、クローシェは平民階級ではない。

 かつての大戦で大きな活躍を見せたことで、仰ぐ主君を持たないながらも、騎士としての名誉称号を得た一族だ。

 クローシェはその長の娘として生まれた。

 幼少より才覚に優れ、その才は世代に一人と称賛され、将来を嘱望されていた。

 自然と鼻が高くなってしまったのも致し方ないことだろう。


 そんなクローシェの鼻を叩き負ったのが、同世代のエアだった。

 金虎族と黒狼族は戦場で敵となれば全力で命を奪い合うが、平時では深い交流を交わしていた。

 金満国家が雇用主の時には、どちらかが誘って同陣営で戦うことも少なくない。


 エアの方が一つ上ということもあっただろうが、増長したクローシェを悠々と叩きのめした。

 最初こそ悔しく敵意に満ちていた、クローシェだったが、自分と同じレベルで戦える好敵手を得たことで、喜びに変わる。

 惜しみなく技術を教えられ、鍛錬相手となったことで、エアもクローシェもどんどんと実力を高めた。

 ともに戦場に立って背中を守り合ったこともある。


 だからこそ、ある日突然エアが旅に出ると聞いて悲しんだし、その後の活躍を流れ聞いて、不敗神話に誰よりも喜んだ。


(それがまさか奴隷の身分に堕とされるなんて、話がおかしすぎますわ!)


 普通に考えて、ただ雇用されていたエアが奴隷に堕ちるはずがないのだ。

 あくまでも経営が破綻した責任は興行主にあるはずだ。


(勝って勝って勝ち続けて、そんな勇者が奴隷になるはずがありません)


 それがどういうわけか、エアにも責任の一端を負わされ、奴隷の身に堕ちている。

 何らかの策謀があったに違いない、とクローシェは確信していた。


(総てはあの男が元凶に違いありません……! わたくしには真実が嗅ぎわけられるのです!)


 そして、策謀の主として一番怪しいのは、今の奴隷主である渡だ。

 エアの外見に見惚れたのか、あるいは力を求めたのか。

 無理やりにでもエアを手に入れようとして、卑劣な罠に嵌めたのだ。


(あのお姉さまの見事な肢体を好きなように貪るなんて、なんてうらやま……もとい不届きなことでしょう!)

(お姉さまはわたくしが必ず救い出してみせますわ!)


「勝敗の審判は私、マリエルが務めます。どちらかが負けを認めた場合、また戦闘の継続が難しくなった時点で審判を下します」

「審判が相手の奴隷というのはいかがなものかしら?」

「クローシェさん、これでも私は元貴族です。今は没落したとはいえ、誇りにかけて公正な審判を行います」

「そう、あなたも……」


(この方も没落した? となると、手口は同じなのかしら……。二人ともとても美しいから、見た目で気に入ったら謀略を仕掛けている……? やっぱり許せませんわ……!)


 クローシェは開始線の手前に立って、軽く重心を落とした。

 そして相手を睨みつける。


「お姉さま、久しぶりになりますが、覚悟はよろしくって? わたくしは全力で行きますわ」

「アタシはいつでも良いよ」

「あら、ずいぶんと落ち着いてますのね。わたくしとの勝率をお忘れですか? これまで三対七で負け越していますけど、今回は本気で取りに行きますわよ」

「そういうのは五分にしてから言って」

「わたくしが今日勝って、その自信をへし折ってさしあげます」


 ヘラヘラと笑っているエアだが、一度スイッチが入ってしまえば、どこまでも冷静沈着、むしろ冷酷なまでに動く恐るべき戦士に豹変する。


 なんとしても負けられない。

 全身全霊を尽くしてエアを倒し、その身を救うのだ。


 クローシェはぐっと覚悟を固めた。


「それでは――始め!!」


――――――――――――――――――――

思い込みが激しいけど性根は悪い子じゃありません。

次回激突!

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