第06話 黒狼族の美少女

 大きな声を上げた女性は、マリエルやエアにも劣らぬ美人だった。

 墨を塗ったような黒い髪をポニーテールに纏め、スラリとした長身。

 少しキツイ目をした細面のとても整った美貌の持ち主だ。


 犬耳と長い尻尾から、イヌ科の獣人であることが分かった。

 エアが以前言っていた、黒狼族の一人だろう。


 タイツのような伸縮性のある素材の服を着ていて、肢体の凹凸が丸わかりだったが、とても起伏にとんだ体つきをしている。

 上半身はその上にいくつもベルトを巻きつけていて、そこに何らかの武器や装飾品を納めているようだったが、同時に大きな乳房や細い腰をこれでもかと強調していた。


(脚がなげえ……。お尻から太ももムッチリしすぎだろ)


 口には出さないが、唖然とするほどスタイルが良い。

 格好も含めると一歩間違えれば痴女である。


 女は人通りをかき分けて、ズンズンと渡たち、正確にはエアの下へと向かってきた。

 整った怜悧な美貌に満面の笑みを浮かべている。


「お姉さま、ああ、エアお姉さま! お会いしたかったですわ! 消息が掴めなくなって、いつか再会できる日をわたくしがどれほど待ち望んでいたか! ようやく、ようやくお会いできましたのね」

「誰? 知り合い?」

「さあ、知らない人じゃないかな?」

「あら、そうなの? じゃあ勘違いかしら?」


 あ、これは冗談だな、と渡にはピンときた。

 エアの尻尾が楽しそうにピコピコと左右に揺れている。

 顔は平静を保とうとしているようだが、口の端がわずかに持ち上がっていた。


 即座にマリエルもその冗談に乗ったせいか、黒狼族の少女はハッキリと分かるほど狼狽した。

 キツメの顔立ちとは裏腹に、表情の変化が豊富で感情が分かりやすい。


「お、お姉さま!? 一体何を仰いますの!? あなたのクローシェ、クローシェ・ド・ブラドをお忘れですか!?」

「知らない……誰? 腕自慢の押し売りは間に合ってるから結構です」

「お、お姉さま!? どうしてそんな悲しいことを仰いますの!? ま、まさか本当にわたくしを忘れてしまいましたの!? お、おぉおおお……おいおいおい……!」

「すごい泣き方だな……」


 おいおいおいって泣く人初めて見たよ。

 仰々しい話し方といい、お嬢様というよりも役者のように感じるが、ショックを受けた表情は、演技とは思えないものだった。

 というか本気で泣きかけてる。


 めちゃくちゃ反応が素直な子だ。

 渡にもからかいたくなるエアの気持ちが少し理解できた。

 目に大粒の涙をたたえたクローシェに、エアはいたずらが成功したと悪童のような笑みを浮かべた。


「ニシシ、覚えてるよ。クローシェ。ちょっと見ないうちに大きくなったね」

「お、お姉さま、わたくしをからかいましたの!?」

「うん。そうだよ」

「お姉さまの心は読めないんですから、お止めください!」

「まだまだ修行が足りないね」

「いつもいつも、そうやってわたくしをからかうんですから! ……でも無事で良かったです、本当に安心しましたわ!」


 エアが心音や汗、体臭などで相手の心を読むのと同じように、黒狼族はその種族特性としての優れた嗅覚を活かして、相手の心情を把握する。

 優れた獣人戦士は、相手が読んでくることも見越して、対策を取っていた。


 ともあれ、からかわれていただけだと気付いたクローシェは、ホッとしたのもつかの間、再会できたことにことに欣喜雀躍して、エアに抱き着いた。

 バッサバッサと太めの尻尾が左右に激しく振られる。


 おお、美女同士の感動の再会、そして抱擁だ。

 絵になるなあ、と渡が感嘆の息を吐いて見守る。

 少し引いて見てみれば、人通りの非常に多い広場ということもあって、とても注目を集めていた。


「お姉さま、お姉さま! お会いしたかったですわ! 不敗の剣闘士として活躍されていると聞いて誇らしく思っておりましたのに、興行主が破産したとか、行方が分からないとか嫌な噂ばかりが聞こえてきて。一体どうされていたのですか? 王都でお待ちしていればいつかお会いできると信じて、わたくしもう半年もここで待ち続けておりましたのよ!」

「すごい肺活量……。どれだけ一気にまくし立てるんだ」

「黒狼族はみなさんこんな感じなんでしょうか?」

「雇い主が破産したのは本当。アタシは損害賠償を請求されて、奴隷に堕とされたの」

「なんて嘆かわしいことでしょう。お姉さまほどの戦士を上手く扱えないなんて、その興行主が商売下手に過ぎるというものです! では、お姉さまは晴れて自由の身になれたのですか?」

「ううん。今は主に仕えてる。こっちが主の渡様」

「はじめまして、渡です。クローシェさん? よろしくお願いしますね」


 エアの仲の良かった知り合いということなら、渡としても親密にしておきたい。

 そう考えて、できるだけ礼儀正しく挨拶をした。

 努めて笑顔を浮かべて、慣れない握手ができるように手を差し出す。


 だが、クローシェはなかなか手を取ろうとしない。

 一人だけが握手の姿勢で待ちぼうける、マヌケな構図ができた。

 やがて、クローシェが目を見開いて、渡を凝視していることに気づいた。


「ああああ、アナタがお姉さまを奴隷として扱き使っているのね!」

「いや、扱き使ってる……かなあ?」

「ご主人様の奴隷の扱いは破格だと思いますよ。とても自由にさせていただいていますし、待遇も奴隷というよりも愛人といっても過言ではありませんし」

「あ、愛人っ!? ま、まさか主人であることを笠に着て、お姉さまにあんなことやこんなことを……!? ゆ、許せませんわ! そんな汚らわうらやましい!」


 なにやら聞き間違えたような気がするが、不穏な気配を感じた。


 クローシェはパチン! と手を叩き落し、怒りに震えた指先を渡の眼前に突きつけてきた。

 かくして異世界の商人渡は、王都の大広場にて、黒狼族の戦士クローシェ・ド・ブラドに宣戦布告されるのであった。


「アナタ! お姉さまの自由を賭けて、わたくしと勝負しなさい!」



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クローシェのイメージイラストを近況ノートに公開しています。

良ければご覧ください。


https://kakuyomu.jp/users/hizen_humitoshi/news/16818093074109959028

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