第05話 新しい商品と本屋

 王都は朝から賑わっていた。

 多くの職人や人夫が働きにでて、パン屋の前には列が並んでいる。

 夜間で締め出された商人たちが次々と城門を潜り、あるいは別の都市へと向かう隊商が護衛を引き連れてガタガタと車輪の音を響かせる。


 宿は頼めば朝食も用意してくれるようだったが、渡たちは外食することにした。

 折角なのだし、街の店を利用して、暮らしぶりを確認したい。

 宿の料理は美味しいだろうし安定しているだろうが、商売のタネを見つけるのも大切な目的の一つだ。


「さて、どこで食おうかな」

「そうですね、朝から食べる所となると限られますから」

「こっちの人たちって、あんまり朝は食べないよな」

「習慣と言ってしまえばそれまでですけど、食べる回数を減らして食費を浮かせたいってのもあるんだと思いますよ。私は貴族暮らしの時は三食しっかり食べていました」

「アタシたち戦士も食べてるよ」

「となると、二食ですませてる人ばっかりじゃないわけか」


 目についたパン屋で焼きたてのパンを買う。

 すぐ隣では屋台のスープが朝早くから売られていて、そこのベンチに座ってパンとスープを食べることにした。


「ぶっちゃけて言うとさ、この国のパンとかお菓子って微妙だよな……素朴っていうか」

「あはは、それはご主人様の住んでる場所が驚くほど進んでるだけですよ」

「そうか? まあ、砂糖があれだけ高級なんだしな、それもそうか」


 砂糖だけの問題ではなく、ベーキングパウダーやイースト菌といった概念がないのか、どれも食感がボソボソ、モソモソとしているものが多い。

 あるいはドッシリとでも言うべきか。

 これはこれで旅の時に傷みにくかったり、嵩を減らすメリットもあるが、街で普段食べるときには向いていない。

 パンもスープに浸したりして食べることが前提になっていた。


 たっぷりとバターやジャムを塗って食べることができるのは、それこそ裕福なものに限られてしまうだろう。

 だからこそ、改善の余地があるのだが。


「やっぱり狙い目は王都の大きめのパン屋か菓子屋、喫茶店かなあ」

「ご主人様は砂糖と絡んだ商売を広めたいんですよね。珈琲だったり、今回のパンやお菓子だったり」

「アタシも街に美味しい物が溢れるのは賛成!」

「別に特別な理由があるわけじゃない。まったく別分野を次々と商売につなげるのは、労力がかかるから。どうせなら隣接領域を狙って相乗効果があればいいなって考えてるだけだよ」


 渡自身に食に対して強烈な野望や目的があるわけではない。

 別に売れて稼げて、相手も喜ぶなら何でも良かった。

 だが、たまたま異世界に来て最初にウェルカム商会で砂糖が売れたのだ。

 これも何かの縁かもしれない、と思えるようになった。

 それだけの話だ。


 それに日本有数の大企業でも、畑違いの商売に手を出して大火傷を負うニュースなんかを見ていると、隣接領域を攻めた方が良いのでは、という考えがあった。

 世界的に有名なアパレルメーカー『ユニーク』が急に野菜を売り始めたなニュースが、渡の記憶によぎったのだった。


 〇


 朝食を食べた後は、街の散策を続ける。

 売りたい商品が決まって、渡たちが地球の商品の営業をかけるにしても、適した店を探す必要がある。

 投資できるだけの財力がある店でないと、まともに交渉できないからだ。

 菓子屋は高級素材を扱うため、かなり狙い目。

 混雑している喫茶店や高級レストランも営業をかけてみる価値がある候補の一つだった。


 街の大通りに面した店を眺めながら歩いていると、本屋があった。

 長い庇がかけられていて、日光から本が傷まない様に守られている。

 渡の目が好奇心に輝いた。


「おっ、本屋だぞ!」

「ご主人様は本好きですよね。自宅にも沢山の本がありましたし」

「まあなあ。これでも物書きの端くれだし、よく読む方だと思う。今は電子書籍も増えたんだけど。早速入ってみよう」

「ふふ、主楽しそう」

「ああ、すげえ気になる」

「アタシは店の前で待ってるね」


 異世界の本屋にはどんな本が並んでいるのか。

 おもわずワクワクしてしまう。


 店の中には本棚が並んでいて、利用者よりも本の方が大切といった感じだ。

 古くからやってる個人経営の古本屋のような感覚だろうか。

 客が行き来する通路はすれ違えないほどに狭い。


 日光を避けるためか、店内は少し薄暗かった。


 本棚にはハードカバー製本の本が並んでいた他に、四隅には木箱が置かれていて、製本されていない羊皮紙がクルクルと丸められ、紐で括って立てかけられている。

 

「並んでる本は辞典類が多いんだな。これは、太陽神の教え、か……」

「本は高価ですからね。本に纏めるに足る価値のある情報って考えると、辞典や為政者向けの技術書、宗教書が中心になってしまいます。読み物として面白味があるものは、こちらの丸められた羊皮紙のほうが、ご主人様向けかもしれません」


 他の人の邪魔にならない様に、マリエルが声を潜めて教えてくれる。

 紙が高くインクも高い、おまけに写本はすべて手書きとくれば、高くなるのも当然だ。

 そっと本を棚に戻すと、羊皮紙に手を伸ばす。

 タグが付いていて、タイトルが分かるようになっていた。 


「おっ、これは『時間と空間の神についての覚書』だって」

「丁度ゲートについて調べていた所ですし、タイミングが良いですね」

「買ってみるか」


 試し読みはとてもではないが、できそうにない。

 高級品を汚したり、ただで読まれては困るからだろう。


 カウンターに小人族の店主が、客を厳しい目で監視していた。

 顔つきは四十歳ぐらいだが、小学生低学年ほども身長がない。

 小さい体を補うためか、昔の銭湯の番台のように高い位置に椅子が置かれていて、梯子で昇り降りするようになっていた。


「毎度。銀貨三枚ですよ」

「はい、こちらでお願いします」

「初めて見る顔だけど、観光かい?」

「商談のために来ました。初めて見るものばかりで圧倒されてます」

「ウチは店は小さいけど本の数は多い方だ。欲しい本があれば、言っておいてくれたら置いとくからね」

「まだこれが知りたいってのが決まってないんですよ。その時はお願いします」


 羊皮紙を纏めている紐を解くと、少しでも紙面を無駄にしないためか、小さい文字がビッシリと埋まっていた。

 大きな羊皮紙一枚に、現代の文庫本だと十ページほどもの情報が書き記されていた。

 これは今すぐ読める量ではないということで、羊皮紙をもう一度仕舞う。

 店の外に出ると日差しが眩しかった。


 エアがあくびをしながら出迎えてくれる。


「終わった?」

「ああ。お待たせ。あれだけ背が低いと、本棚の高い位置に補充するのは大変そうだなあ」

「そうですね、どうやってるんでしょう?」

「ジャンプしたり、本棚に足をかけたりするのかな?」

「上にレールがあって、綱で体を吊るして移動するみたいだよ」

「へえ、物知りだな、エア」

「えへへ、前にね、小人族の戦士がいて、見せてもらったことがあるんだ」

「えっ、あの体で戦えるのか?」

「うん、小さいなりに足元に潜りこんできたりして、すごくやりにくくて良い戦士だったよ」


 エアは性格が良いのか、自分よりも弱い相手にもけなしたり酷評することは滅多にない。

 それよりも相手の強みを認めて、認めたうえで総てを上回ろうする。

 負けず嫌いが成長に繋がっているのだろう。


 しかしレールに吊られながら移動しつつ本の補充をする姿は、サーカス染みていて、見ているだけで面白そうだ。

 今度訪れたときにお目にできないだろうか。


 渡たちが大通りを歩いて、大きな広場に出たとき、不意に非常に大きな声が響き渡った。


「ああああああああああああ、エアお姉さま! み、見つけましたわッ!!」


 広場全体に響き渡るほどの大声。

 その声の先には、一人の美少女が立っていて、エアに向けて指を差していた。


――――――――――――――――――――――――――

【王都の本屋】

小人族が経営している王都の中心部の近くにある本屋。天井手前まで多量の本で埋まっているが、実は二階にも多量の本がある。店主から信頼される、あるいは紹介を受けると、一般客には売れない魔術書や、読むと文章を“体験”できる(感度3000倍と書いてたら実際に3000倍になる)官能書などがある二階に案内してもらえる。


㊗今回で100話になります!㊗

昨日は最終選考に残ったし、めでてえことが続きますね。

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