第04話 ヒヤッとする朝

「う、ううん……朝か……ねむっ……」


 柔らかな日差しを受けて目が覚めた。

 エアコンのない世界だから、夜は窓を開けっぱなしで寝ることになる。

 薄手のカーテンが風に揺れていた。


 昨晩はとてもお楽しみだった。

 宿でちょっとだけ飲んだ料理には『元気に』させる効能があったらしく、思わず襲い掛かってしまったのだ。

 マリエルもエアもいつもよりも乗り気だった辺り、強壮作用は男女関係なく効果があるようだ。

 薬師ギルドの自信作である新作媚薬も飲んで、大変盛り上がった。


 渡が目覚めたときには、マリエルはすでに身支度を整えてしまっているようだが、エアはぐっすりと眠っていた。

 だいたいいつものパターンだ。

 エアは抱きつき癖があるのか、渡の顔はお腹や乳房に埋まって、ふしゅふしゅと鼻息が漏れることになる。

 柔らかでしっとりとした肌と肉の感触に包まれて、名残惜しい気持ちに襲われながら、体を引き離す。


 いつもこのまま寝続けられたらな、と思いながらも、結局は起きてしまうのだ。

 エアは眠りについたままだ。もう少し寝かせてあげよう。


「おはよう」

「おはようございます。ご主人様。お水を飲まれますか?」

「ああ、いただくよ。マリエルはいつも早起きだな」

「女には女の準備がございますので」

「その割にはエアは……」


 朝から冷たい水を飲んでのどを潤す。

 寝ている間に汗をかいたのか、とても美味しかった。

 顔を洗って歯を磨いて、と朝の支度をすませた後、いまだにエアがスヤスヤと寝ているのを、なんとなくマリエルと見ていた。


 エアは猫のように丸まりながら眠っている。

 起きている時は態度で子どもっぽさを感じることも多いが、こうして眠っていると、寝顔は年齢相応に美しく、大人びて見える。

 文化が違うとはいえ、傭兵一族の中では長の娘、時と場合が違えばお姫様のような立場でもあったらしいと聞いた。

 長い長い金の髪がベッドに広がる姿は、絵画のようだった。


「しかし気持ちよさそうに寝てるなあ」

「あまりにもぐっすりと眠っているものですから、起こすのが少し可哀そうに思えますね」

「まあ、今日は朝から忙しく動く予定だから、もうちょっとしたら起きてもらおう」

「ムニャムニャ……あるじー、……できちゃった……」

「は……?」

「あら……」


 マリエルが目を見開いて、渡を見つめた。

 いやいや、と手を横に振って否定する。


 待て待て待て。これは寝言だ。

 どうせ変な夢でも見てるんだろう。


 ちゃんと避妊ゴムはしているし、ポーションや媚薬のあるこちらの世界謹製の避妊薬だって二人は飲んでる。

 デキるはずがないのだ。


 とはいえ絶対はない。

 まさか、と予定外すぎてヒヤリとしたものを抱えながら、渡はエアの次の言葉を待つが、なかなか次の言葉が出てこない。


「これは、どういう意味でしょうね? できたのか、それともデキ・・たのか」

「怖いこと言うな。将来は欲しいと思ってるけど、まだ早すぎるぞ」

「望まれない子ども……家庭内暴力……育児放棄……」

「待て! 早まるな」


 何やら不穏な言葉をつぶやき始めたマリエルの発言を制止する。

 主人と奴隷との間の出産は権利関係で揉めることが多い。

 基本的には奴隷の子は奴隷だからだ。

 そのため、愛情が向けられていても、出産後にどうなるか分からないため、奴隷にとってはシビアな問題だった。


 嫌な未来を想像してしまった渡だったが、騒ぎに気付いたのか、エアがむくりと起き上がる。


「ニャ……? おはよー、あるじ、まりえる……」

「お、おお。おはよう。な、なあ。寝起きに悪いけど聞いていいか?」

「なあにい?」

「さっき寝言で、できたって言ってたけど、何がデキたんだ?」

「んー? それは」

「それは?」


 まだ頭が働いていないのだろう。

 夢を思い出すように、うつらうつらと考えているが、渡からすれば早く答えが欲しくて仕方がなかった。

 とはいえ、寝言を思い出せなどと言われても困るだろう。

 じりじりと焦りながらも、待つしかない。


「たぶん必殺技だとおもう。なんか修行してる夢見てたから」

「なるほどな。そうか……必殺技か」


 夢かぁ。そうかあ。紛らわしいこと言うなよな!


 渡はほっと息を吐いていると、ニコニコと楽しそうにマリエルが見ていた。

 まったく、主人の焦った姿を見て楽しむなんて、悪い奴隷だ。


 渡の慌てた様子を見ているのに、エアはまだ寝ぼけているのか、不審な態度に気づいた様子はない。

 目を腕でごしごしと擦り、ぐぐっと背伸びした。

 タンクトップシャツがぐぐぐっと持ち上がり、双球が大きさを主張した。

 腕を下ろすとボヨンボヨンと揺れる弾力に、目が釘付けになる。


雷光爪閃らいこうそうせんってどう思う?」

「い、良いんじゃないか。強そうだし、カッコいいと思うぞ」

「後で試してみよ……」


 足音もなく顔を洗いに行くエアの後姿を見て、渡はガクッと肩を落とした。

 まったく、マジで焦らせるなよな。


「良かったですね、ご主人様」

「ああ。言っておくが誤解するなよ。俺はお前たちの子が欲しくないわけじゃない。ただ、今はその時じゃないってことだ」

「ふふふ、私はいつでも構いませんから」


 意味深な発言をこぼされて、渡はそれもいいかな、などと一瞬だけ判断に迷うのだった。


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