第43話 逮捕の後と酒の味
夕方、太陽がほとんど沈みかけたころ、渡たちはマスケスの案内で飯屋兼居酒屋に来ていた。
少し広めのカウンターと、小さなテーブル席が三つある、こじんまりとした店だ。
渡たちは奥のテーブル席に座っていた。
一緒に温泉に浸かりに来て、なかなか出てこない渡を心配してくれたマスケスには、事情をしっかりと説明しなければならなかった。
興味深そうに話を聞いていたマスケスだったが、風で通用口が開いてもう少しで覗き魔と誤解されそうになった顛末では苦笑をしている。
「へえ、オレが風呂を上がった後、そんなことになってたのか。そいつぁご苦労だったな」
「二人には誤解されそうになるし、大変でしたよ」
「そんなこと言って、仕方ないじゃないですか。それに凝視してたのも知ってますからね?」
「まあ主がスケベなのは初めて会った時からずっとだし、アタシは気にしてないよ」
「ははは、言われてんなあ。まあ役得だったんじゃねえか? 知らねえけど」
「そりゃまあ二人はとびきりの美人ですし、眼福なのは確かですけど、俺だって時と場所は選びますよ」
「まあ今度は混浴なり家族風呂なり入るんだな」
マスケスに案内された浴場は男女別になっていたが、他の浴場では時間帯で分けていたり、混浴が可能だったり、小浴場で貸し切りにして入ることが可能だったりと、色々なパターンがあった。
翌朝に乗船して王都を目指さなければ、もう一泊ぐらいして、三人で利用するのもよかったのだが。
「帰りにでもまた温泉は利用させてもらいますよ」
「まあ、ここはオレが奢るからよ、楽しんでくれや」
「ご馳走になってスミマセン」
「なあに、良いってことよ」
サイコロでのマスケスの負け分は銀貨十枚ほど。
大いに飲み食いすれば、同じぐらいの料金が飛んでもおかしくない。
マスケスが店員に料理と飲み物を注文する。
この店のおすすめの料理があるのだという。
注文を終えたマスケスは、あらためて椅子にどかりと座りなおすと言った。
「しかし、良かったな。報奨金だけじゃなくて、覗き魔が持ってた付与術のかかった物まで手に入れたんだろう?」
「ええ。泥棒とか夜盗とかを捕まえたら、その人の持ち物まで貰えるんですね」
「なんだ、知らなかったのか」
「はい、知りませんでした。なんだか不思議な気持ちです」
「役所としてはできるだけ報奨金の額を減らしたいんだろうな」
「そういう理由ですか」
渡の手元には、覗き魔の男が使用していたブレスレッドが残った。
渡は手に持ってそれを見つめる。
細い鎖の中心に、小指の先ぐらいの小さなプレートに精密な彫刻が施されている。
『透明化』という犯罪にも使えそうな物だけに、使い方には慎重にならないといけないだろう。
装着せず、ズボンのポケットに入れた。
「しかし犯人は保釈金が払えるぐらい金持ちだったんだろう? よく分かんねえ感覚だよな」
「風俗店では満足できないって言ってましたね」
マスケスの言葉に、渡は頷いて答えた。
痴漢をする人と同じような感覚なのだろうか。
スリルや非日常感を求めるというか。
渡にはよく分からない感覚だった。
「どっちにしろ、恨みを買ってるかもしれないから、気を付けろよ」
「そうですね。エアには注意してもらうようにします」
渡がエアを見ると、エアが深く頷いた。
今も耳が時折動いて、小さな物音も聞き取っている。
それこそトイレに行くときや風呂で男女別々になる時以外で、エアの警戒を掻い潜れる場所が思いつかない。
ただ、それだけにエアが片時も離れられない問題が生じていて、それはそれで悩ましい問題だった。
できればもう一人、エアに匹敵しないまでも、頼りになる護衛が欲しいところだ。
話をしていると、店員が料理を手に再びやってきた。
「お待たせしました。鳥の蒸し焼きとモイー芋の蒸かしバター、それとシャンパニです」
「来た来た! 待ってたぜえ!」
「あと、これはあなたに、ピクルスの詰め合わせ」
「え、頼んでませんよ?」
「覗き魔をひっ捕らえたんでしょ? うちからのサービス。女の敵を捕まえてくれて、ありがとね」
「あ、ありがとうございます」
女の店員にお礼を言った。
湯気を立てている鳥の蒸し焼きは一羽丸ごと使っているのだろう、とてもボリューミーだ。
表面にはタレがかかっていて、艶々とした光沢があった。
何とも言えない馨しい薫りが立ち上り、食欲を刺激する。
お昼は船の中で軽く済ませていたからか、急に空腹を自覚したお腹がぐぅ、と鳴った。
「さて、ここで一緒に飯を食うやつには、必ず『
「お酒ですか」
「ああ。この町の教会が作ってる酒でな。この地の湧き水と多種多様な薬草を五〇種類もかけ合わせて使った秘蔵の薬草酒だ」
「すごく臭い……」
「こら、エア、失礼ですよ」
マリエルにたしなめられたエアだが、それでも渋面を作っているあたり、本当にキツイのだろう。
ガハハと豪快にマスケスは笑って気にした様子もない。
「いや、こいつぁ獣人にはきつ過ぎるみたいで、ヒト種でもないと滅多に飲まないみたいだから、仕方ねえよ」
「そうですか……。マリエルはどうする?」
「せっかくのお誘いですし、私は一口だけでしたらいただきます」
「アタシは主の護衛があるからやめとく、……きます」
陶器の入れ物を傾けると、渡の酒杯に注いで、上から水で割る。
アルコールに強くないと事前に伝えていたからか、しっかりと薄めてくれた。
「それじゃあご馳走になります。……ぅ……」
複雑な苦さや辛さ、独特な薬臭さがまず舌と鼻を通り抜ける。
そして飲みにくさを紛らわす甘さが口の中に広まった。
「なははは、凄い顔だな!」
「なんかとても複雑な味ですね……」
「これは……たしかに健康に効きそうですね」
「好みは分かれるが、これが癖になるんだよ」
味は違うが方向性が似ている気がする。
水でかなり薄めて割ってくれているのに、独特な臭気だけでなく、アルコール度数もかなり高いようだ。
かあっ、と胃のあたりに熱がこもった。
たしかにハマる人はハマるだろう。
マリエルは渡よりもお酒に強いからか、一口で済ませたからか、大した反応を見せていない。
「この町の特産品だ。まあ気に入ったら買うといいぞ。オレは船にいつも積んでるんだ」
マスケスが楽しそうに笑って、グビグビとシャンパニを飲んだ。
ぷはぁ、と漏らす声がとても美味しそうだった。
「この蒸し鶏、美味しい!」
「エアは肉が好きだからなあ……うめえ!? なんだこの味! ふわっと柔らかくて、パサパサ感がまったくなくて、深みのあるジューシーさ!」
「気に入ったか。温泉鳥はこういった温泉街だけで育つ変わった鳥なんだぞ」
「あら、本当に美味しい。温泉鳥、ですか?」
目を輝かせて鳥を切り分け、口に放り込むエアと渡を横に、マリエルは上品さを保ちながら、
優雅さを失わない上品さを保ちながらも、手の動きはシュバ、シュバババbababbbb……! と的確で速い。
元貴族の令嬢は早食いも美しかった。
すごい勢いで減っていく蒸し鶏に、マスケスも慌てて自分の取り皿に取り分けながら、マリエルの質問に答えた。
「普通の鳥は自分の体温で卵を温めるらしいが、こいつら温泉鳥は、適温の湯に卵を産んで育てるんだと」
「よく温泉卵になりませんね」
「たまにオレたち人間が入る温泉に産むやつもいるんだが、法律で卵に手を出さないように定められてるんだ。噂じゃめちゃくちゃうめえそうだが、生殺しだぜ」
「世の中には不思議な生き物がいますねえ」
マスケスの説明に渡は嘆息した。
この世界は本当に刺激的だ。
いろいろな地域に出かければ、もっと不思議な体験ができるだろう。
直近でも王都も色々なものを見れるはずだ。
到着が今から楽しみだった。
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