第25話 親孝行
食事を終えて、風呂に入って、気づけば就寝まであっという間だった。
うとうとと宵寝をしていたからか、渡は今すぐに眠りにつくという感じではなく、少し考え事をしていた。
(やっぱりポーションを今の形で売り続けるのは、リスクが高いんだよな)
グレート山崎のような、直接的な暴力にはエアという信頼できる仲間がいる。
だが、これが法律の問題を指摘されたり、あるいはもっと間接的な攻撃に晒されたとき、渡たちに自衛する手段に乏しい。
可能ならばこれを合法的に提供できるように、自分たちの営業方法を変えていく必要があった。
ノートパソコンでしばらく色々と調べて考えていた渡だが、現在思いついた対策は二通りある。
喫茶店の経営か、整体院の経営だ。
喫茶店ではポーションではなくドリンクを販売する、という体で売り出す。
その結果、飲んだ人がたまたま健康になっただけで、効果効能を
金額は途方もなく違うが、健康に良さそうな生野菜ジュースの販売などとやっていることは同じだ。
飲食店を経営するには調理師免許など複数の方法がある。
その中で渡が目を付けたのが『食品衛生責任者となる方法』で、これが講習を一日、約六時間受ければ取得できるらしい。
というところまで調べることができた。
おまけに大阪の場合はe―ラーニングでの受講が可能ということもあって、わざわざ受講しに行く手間まで省ける始末だ。
受講料も一万円強で可能だ。
整体院のほうはもっと簡単に開業できる。
整骨院・整体院、あるいは鍼灸院などは、柔道整復師や鍼灸師、按摩指圧マッサージ師の国家資格が必要で、学校にも三年ほど通い続ける必要がある。
だが、整体は今日宣言すれば、今日にでもなれてしまうようだった。
いわば無免許、無資格施術だ。
大阪市内に溢れているリラクゼーションサロンなどの大半は無資格で営業されているのだ。
本来は規制されるべき業態だが、過去の判例でお咎めがなかったために、なあなあになっているのが現状だった。
一週間養成コース、三カ月コースなどを謳う民間整体学校もあるが、整体師として身を立てるつもりがない渡には必要ない。
こちらでは渡は整体師として振る舞い、実際はポーションを飲んでもらう。
リラクゼーションサロンなどでは施術後にハーブティーを提供することもあるので、ごまかしやすい利点があった。
どちらの方法も、その場しのぎではあるが、一応の言い訳は成り立つ。
一番まっとうな手段に医薬品開発の会社を設立するという手もあるが、これは条件が多く、資金面でも先の話になりそうだった。
ポーションの安定供給でき、研究できる地盤を整えなければならない。
最低でもゲートの安定保障ができるか、地球でポーションの生産が可能か分からなければ手のつけようもなかった。
会社を建て、設備を整えてなんの成果も得られませんでしたでは大損だ。
ノートパソコンに考えと手段を打ち込んでいると、扉をノックする音が聞こえた。
顔を上げて入室を許可すると、入ってきたのはマリエルとエアだった。
二人ともとても薄着で、マリエルはキャミソール、エアに至ってはへそ出しタンクトップにショートパンツ姿で、どちらも肌を大きく露出させている。
二人して枕を抱えていることから、何を考えているのかはすぐに分かった。
「おい、お前たちも
「にひひ、いーじゃん主。アタシ一緒に寝るの好きだし」
「お邪魔じゃなければ、ご一緒しませんか?」
「まったく。明日の朝が思いやられるな……何を言われることやら」
「仲が良いってあのお二人なら喜んでいただけそうですが。それに、今日は家族を思い出して、ちょっと人肌恋しいんです」
「あー、悪い。そうだよな」
マリエルは過去を話してくれたばかりだったことを渡は思い出した。
これまでは心の奥底に沈めていたであろう家族について話したことで、不安や悲しみに襲われるのは自然なことだ。
そんな配慮もできず、一人で寝させようとしていたのだから、自分には思いやりが足りない。
「じゃあ一緒に寝るか」
「はい!」
「えへへ、やったね、マリエル」
「ええ。ありがとう、エア」
渡は頭をポリポリとかくと、率先してベッドに入り、二人を手招きした。
ハイタッチした二人がそそくさとベッドの横に並ぶ。
渡はノートパソコンの電源を落とすと、仰向けに寝転がった。
「じゃあ寝るか。今日はエッチはせずにさっさと寝るぞ」
「そうですね。私も音を聞かれたりしたら恥ずかしいですし」
「ねーねー、ギュって抱き着いていい?」
「いいぞ。……マリエルも寂しかったら抱き着いてくれていいからな」
「私は隣で寝ているだけで、ご主人様を感じられれば十分です」
「ほら、遠慮するな」
「あ……、あったかい。ありがとうございます」
グイグイと入ってくるエアはともかく、遠慮がちなマリエルを抱き寄せる。
マリエルは嬉しそうに表情をほころばせると、おずおずと体に触れてきた。
三人も並ぶとベッドは窮屈極まりなく寝返りも打てそうになかったが、ガマンするしかないだろう。
「マリエルは遠慮しすぎなんだ。もう少し素直になってくれても良いんだぞ」
「あるじー、アタシシャツ脱ぎたいんだけど良い?」
「ダメだって。寝るとき裸になる癖やめろって、こら」
「えへへへ❤」
何よりも左右から感じる柔らかさやあたたかさ、そして良い匂いは男として興奮するのもあったが、同時にとても落ち着く。
先ほど軽く寝たばかりなのに、じきに眠りについた。
翌朝、祖父母二人から渡だけ思いきりからかわれた。
自室から三人でぞろぞろと出た瞬間を美恵子に見られたときの気まずさは筆舌に尽くしがたかった。
布団の片づけをする以上バレるのは仕方がないにしろ、現場を押さえられるのとはまた気まずさが違う。
なんでタイミングよく出くわすんだ。
早速、徹に報告が飛び、二人して楽しそうに笑うこと。
その表情がまたいやらしいのだ。
ニヤニヤ笑いが癇に障る。
「いやあ、若いってのは良いなあ。ええ? 昨晩はお楽しみでしたね、ってか?」
「渡ちゃん、婆ちゃんがウンと精のつく料理を作ってあげましょうか?」
「おお、それがいい。栄養ドリンクも要るか?」
「ええい、大人しく寝ただけだし、料理も余計なお世話だ!」
「おうおう、ちょっといらっただけやのに、孫が怒って怖いなあ、婆さん」
「そうですねえ。身の危険を感じてしまいます」
渡が必死に腹立たしさを表明しても、少しも堪えた様子がない。
このまま調子づかせると何を言われるか分からないと思った渡は、今回の帰省の最後の目的を達成するべく、話を変えることにした。
急いで自室に置いていた荷物を漁り、持ち出す。
そこには慢性治療ポーションの瓶が二つあった。
「なんやこれ?」
「昨日栽培を頼んだ植物でできた薬」
「あなた、開けてもらえません? 最近はこういった瓶の留め具は外すのが難しくて」
「俺がやるよ。ほら、婆ちゃんも飲んで」
瓶のコルクを抜いて手渡すと、徹と美恵子は顔を見合わせた。
「ワシ、これから朝食食べようと思ってたんやけど。婆さんどうや」
「あなたこそ先に飲んでくださいよ」
「まあ、飲んでみるか。……毒ちゃうやろな?」
「さっきの復讐かしら……。なんだか不思議な臭いがするわ……」
「薬や言うてるやろ。はよ飲めや!」
怒りとともについつい関西弁が口から飛び出てしまい、渡は苦々しい気持ちになった。
普段はできるだけ標準語を話すようにしているのに、ふいにこうして飛び出てしまう。
おずおずと飲んだ二人の体が光に包まれる。
はっ、と自分たちの体を見つめた徹と美恵子の表情が驚きに満ちた。
「なんやこれ。婆さんいま光っとったで!」
「あなたこそ!」
「体の調子はどう? 爺ちゃんは肩と腰が痛いって言ってたよね。婆ちゃんは膝でしょ?」
「んん? ……おお、言われてみれば全然痛ないわ! なんやこれは!?」
「私も! あらあら、これはどういうことかしら。あら、すっと屈める」
慢性治療ポーションは年寄りでも効果を発揮するようだった。
特に椎間板や膝の半月板といった軟部組織の摩滅が治ったのか、見る間に身長が五センチほど伸びたのには渡にしても驚愕させられた。
姿勢も伸びて、パッと見た印象が十歳ほど若返ったように見える。
体の色々な所に不調が出ているだろうから、効果もそれこそ全身に及んでいておかしくなかった。
ポーションの効果に喜んでくれたのはもちろん、仕事について理解を示してくれたのが、渡には嬉しかった。
「すごい薬を創ろうとしてるんだな。お前の頼みは任せろ。しっかりと育ててみせる」
「そんなことより長生きしてよ、爺ちゃん、婆ちゃん。こうして帰ってくるからさ」
「ふふふ……お前、泣かすんじゃないよ。年寄りは涙腺がもろいんだ」
「あの小さくて頼りなかった渡ちゃんが、こんなに、立派に……なって……うぅう……」
「おう、良い子に、育ってくれたなあ。二人で育てるって決めたときは、不安だったが、ぐすっ、よかったなあ!」
「ええ、ええ。本当に……」
徹も美恵子も涙で顔をクシャクシャにして喜んでくれた。
徹が美恵子の背中を撫でさするが、美恵子は顔を俯かせて嗚咽を漏らし続ける。
しばらく二人は感動にむせび泣いていた。
この二人がいつまでも元気でいてくれるように、また顔を出そうと渡は思った。
当然その時には、マリエルとエアもつれてくるつもりだ。
きっと歓迎してくれることだろう。
〇
某日、某私立病院にて。
「なんなんだこれは……。どうして靭帯や軟骨が完全に修復してるんだ。データの撮り間違えか? いや、この患者も、これもそうだ。一体何が起きている……?」
一人の医師が、変化に気づき始めていた。
――――――――――――――――
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