第26話 宮崎医師が感じた違和感
福岡市のとある私立病院にて、一人の整形外科医が異変に気付き始めていた。
宮崎
これまでに担当した患者は数知れず、その繊細な指先と病変部位を見逃さない目で多くの患者にベストな治療を提供してきた。
本来三十過ぎなどまだまだ若手医師といわれてもおかしくない年齢だが、抜群の才覚は経験を越えた。
特に得意なのは肩だが、肘や膝の治療経験も豊富だ。
だが、近頃は想定外の事態が度々起きていた。
「なんなんだこれは……。どうして靭帯や軟骨が完全に修復してるんだ。データの取り間違えか? いや、この患者も、これもそうだ。一体何が起きている……?」
「宮崎先生はカルテや画像所見の確認ですか? 精が出ますなあ」
「ははは、こうしてカルテを確認することでしか、僕たち医師はその後の経過が分かりませんからね。まあ一部の選手は報道で知れますが」
「自分たちの手術の採点が目に見えるというのは、ありがたくもあり、怖くもありますなあ」
「そうですね。その後の成績が不振だと、心が痛みます」
宮崎は忙しい診療の合間、わずかな休憩時間にパソコンモニターにかぶりついていた。
同僚の年配の医師から感心されたが、今はそれどころではなかった。
担当していた数人のプロ野球選手の画像データを見ている。
レントゲン撮影にMRI、CT。
だが、いくら眺めても意味が分からない。
本来なら治らない組織が、完全に修復されているのだ。
人体には治りやすいところと、治りにくいところがある。
たとえば心臓の筋肉は肥大しても基本的には治らない。
靭帯や半月板は場所によっては血流に乏しく、修復しても別の組織に置き換わり、元の細胞のままでは戻らなかったりする。
一度ケガをすると手術で繋いだとしても、何度も繰り返してしまう理由である。
またプロのアスリートのように、何度も何度も同じ動作を繰り返すことで、関節軟骨も摩耗し、骨が変形を起こすケースもある。
野球選手の野球肘、プロゴルファーの母指CM関節症といった症状が代表的だ。
関節内部を掃除して、表面を整えることはできても、軟骨が綺麗に増えるというのは、現代医療ではまだ難しい。
――はずだった。
もしや先端医療をどこかで受けたのか。
それで
宮崎の腕を頼って、福岡に本拠地を置くある球団の選手が多く来院している。
問題の選手たちは完治したということで、通院を終了していた。
どうしてこんなことが起きるのかと訊ねてみても、よく分からないとか、腕のいい整体に通ったからかも、と要領を得ない。
「くそ……知りたい」
湧き上がる好奇心に宮崎は呻いた。
これが偶然とは思えない。
奇跡というにはあまりにも症例が短期間に集まり始めている。
腕のいい整体に巡り当たって、痛みなく使えることはあるかもしれない。
だが、組織が完全に修復するのはありえない。
何者かが活躍しているのは確かだ。
より良い医療のため? 巨万の富のため?
それもある。
だが、何よりも宮崎を突き動かすのは、歴史に名を遺す名誉のため。
この治療法が確立できれば、ノーベル医学生理学賞は絶対だ。
永遠に名を残すことができる。
宮崎は何としても情報を手に入れたかった。
それを手に入れるのは、自分でなければならない。
手段を
宮崎は今の自分の地位も大切に感じている。
犯罪行為に走るような短絡的思考はしていない。
だが、一刻も早く辿り着き、自分がその契約に絡む必要があるのも確かなのだ。
ひっそりと、宮崎は手掛かりを探しはじめた。
〇
また一人、何の手掛かりもなく、一人の患者が治療を終了した。
一人の大柄な野球選手が嬉しそうに頭を下げる。
「宮崎先生、長らくお世話になりました!」
「はい、お大事になさってください」
これまで通っていた患者が健康になって退院する。
これ自体は宮崎にとっても喜ばしいことだ。
だが、ほとんど打つ手がなかった患者が見事な復活を続ける姿を見るのは、まるで自分の技術が足りないと告げられているようだった。
一体だれが、どうやって治しているというのか。
人好きのする笑みを顔に浮かべて退室する選手を見送りながらも、宮崎の内心は複雑だ。
悩ましいのは、この一月ほど的確な手掛かりを得られなかったことだ。
同僚だけでなく別の専門医にもそれとなく探りを入れてみたが、誰も何も知らない。
それどころか宮崎の手柄だと勘違いしている者もいた。
勉強会にも参加したが、症例報告はまったくないときた。
だがニュースをチェックしてみれば、近頃はスランプや故障から復活する選手の話題が増えていることに気づいた。
自分が診ていた野球選手の球団だけではない。
種目は格闘技やゴルフ、体操、陸上など多岐に渡る。
偶然と片付けるには多い、多すぎるのだ。
だが、これだけ多くの選手を改善したと思われるのに、その裏の人物がまったく出てこない。
インタビュー記事を漁っても、記者たちに直接聞いても誰も知らない。
この情報統制の厳しさはどうしたことだろう。
診療を続けながら、宮崎は調べ続ければいつかチャンスは来るはずだと、情報収集を欠かさなかった。
悩んで来院した選手と親密に話し、大きな大会に帯同することもした。
興信所に調査を頼もうかと本気で悩んだこともある。
すべては名誉のために。
そして、その努力は後に実を結ぶことになる。
アスリートたちの間でまことしやかに流れる噂話を耳にしたのだ。
それは魔法の飲み物なのだという。
飲めばたちどころに傷が治り、長年の故障が
宮崎はその噂話を教えてくれた人物に、噂の出どころを話すように頼み込んだ。
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ありがたいことに本日3例目のコメント付き★レビューをいただきました!
めちゃくちゃやる気に繋がります!
最高のバレンタインギフトをありがとう!
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