第11話 異世界武器の値段

 たまたま大路沿いに目に入った武器屋に入った渡たち三人は、しばらく店員に説明を受けながら商品の購入を検討していた。

 だが、時間と共に三人の顔色は悪くなっていき、武器屋から出た三人は、その理由は別ながらも揃って足をふらつかせ、体を引きずりながら肩を落としていた。


「たっけえ……」

「凄いお値段でした……。私たちより高い武器が一杯あった……」

「見栄えばかりで、良くなかった……」

「マリエルが言うとおりだよ。なんで二人よりも武器のほうが高いんだって……」


 渡は手の出ない値段設定に。

 マリエルは自分の売却価格よりも高い武器の価値に。

 そしてエアは気に入る武器が見つからなかったことに。


 理由は異なるものの、満足できなかったのは確かだ。

 見送りに出ている店員の視線から逃れるように、三人は大通りを急いで歩く。


 大量生産大量消費の社会で生きている渡にとって、物の価値は相当に低くなっている。

 個人が手作業で一つずつ生産していく社会にとって、人よりも物の価値が高くなることは珍しくない。

 それでも、早くも情が湧いているマリエルとエアよりも、武器の価値の方が高いというのは、認めがたい感覚だった。


(こんなにも可愛くて綺麗でスタイルの良い奴隷が、剣よりも安い……? ないな。少なくとも俺の感覚ではなし・・だ)


 実際には、二人の値段はウィリアムとの縁を深めたいマソーの勉強ということで、かなり譲歩されていた。

 だが、渡にそれを知る由もなかった。


「これはどうも金持ちとか貴族向けの店っぽいな」

「そうですね。外装からして豪華だったので、入った時に嫌な予感はしたのですが……」

「マリエルは元貴族だったんじゃないのか? そこらへん、入る前に分からなかったのか?」

「私は奴隷として売られるような身ですよ? 元々貴族といっても下級貴族ですし、生活にそんな余裕はありませんでしたから。それに貴族は自分の足で買わずに、店側が来るものでしたし……」

「そんなものなのか」


 いわゆる御用伺いというやつだろうか。

 日本も銀行員や百貨店の従業員がお金持ちの家先に伺ったというし、似たような仕組みはあるのだろう。


 げっそりと話し合う渡とマリエルに、エアが頬を膨らませて不満そうに言う。


「それよりも、見た目ばっかりなのが良くない」

「そんな良くなかったのか?」

「あんなんじゃ打ちあった時にすぐに折れる。問題外」

「じゃあ無理して買わなくて正解だな」

「うん。正解」


 よっぽど不満なのだろう。

 ドスドスと足音を立てて表情も険しく歩くせいで、行き交う人たちも少しばかり遠巻きになっている。


(尻尾が大きく膨らんでるな。表情も分かりやすいけど、エアの場合は尻尾を見た方が感情が分かりそうだ)


「たぶん本当に良い物は見せてもらえなかったんではないでしょうか?」

「そうなのか?」

「はい。店の顔になるような商品は、おそらくお得意様やお金持ちの人にだけ見せているんだと思います」

「つまり、俺は足元を見られていたってことか。ちょっと気分悪いな」


 渡の服装もこの街の人たちからすれば突飛に映り、上客として扱うべきか、不審人物として扱うかあぐねていた様子もある。

 なおさらに誠実に対応してくれたウェルカム商会がよく思えてくる。


「しかし、こうやって目に入った店に適当に入るのはやっぱり止めにしないか? 正直満足できる店に辿りつける自信がない」

「賛成です。町に詳しい人に聞いた方が良いでしょうね」

「あの店の人たち、ずっと話しかけてきて、アタシは苦手だった」


 護衛として渡を護りつつ、自分の武器を選ぶエアには負担が大きかっただろう。

 相場が分からない状況で高額品を買うのも、渡としては不安を覚える所だ。

 実際に店を訪れ商品を見た上で、渡は抱えていた疑問をエアに聞いてみた。


「そういえば、奴隷商のマソーさんは護衛としてエアを勧めてくれたけど、エアは何ができるんだ?」

「アタシは剣も槍も使えるし、弓も得意。っていうか、武器なら基本的に何でも扱える。剣が護衛に一番向いてるってことで、奴隷の売りにしろって言われた」

「すごいな……」

「エアは私でも知ってるほどの剣闘士ですよ。常勝不敗、どんな剣闘士やモンスターが相手でも傷一つ負わずに勝つってものすごく有名でした。多分国内でも一二を争うぐらい有名な選手じゃないでしょうかね」

「ああ、マソーさんもそんなことを言ってたっけ」


 マリエルの言葉にエアは自尊心がくすぐられたのか、エヘンと胸を張った。

 ぼよん、と大きすぎる膨らみが突きだされて、思わず渡は凝視してしまう。


(このあたり視線に無防備すぎるの止めてほしい。俺の奴隷だから見るけど。でもデリカシーのない男とは思われたくないから、難しいんだよな……)


 胸の内で色々と考える渡は、話を聞いてさらに湧き上がった疑問を口にした。


「そんなに強いのに、売られたんだよなあ。正直、その興行主は商売が下手だったのかねえ」

「……有名な剣闘士を呼んだり、強いモンスターを集めたりもした。でもアタシの相手としては弱かった」

「それでも相手にならなかったのか」


 渡の質問にエアがこくりと頷く。

 運動は苦手ではないが、アスリートと呼べるほど鍛えていない渡には、エアの強さは分からない。

 達人が戦う前に力量をはかれるなら、エアの強さに驚くのかもしれない。

 見た目はただただキレイで可愛い女の子なんだよな。


「手加減するように言われたけど、アタシは戦士だから、戦いでは手を抜かなかった。そしたら、興行で大損したって怒って、売られた……」

「可哀想に。辛かっただろうな」

「悔しかった……。どうして負けてないのに怒られるのか、理不尽だと思った」


 しょんぼりと肩を落とすエアの姿を見ていると不憫になる。

 とはいえ、剣闘士の興行は入場料はタダで、賭博として成り立っているようだった。

 胴元が開催費用を負担して、賭けの収益で潤う。

 都市の闘技場を借りて興行を行う以上、収入も大きいが失敗した時には損も大きくなる。


「だから、一番大きな賭けになるはずのエアが勝ちすぎると、賭けが成立しなくなって開催費用が全部損になってしまうんだと思います」

「なるほどな。エアが強すぎたがために、お互いにとって損な結果になったのか」


 やるせない話だ。

 あるいはエアに匹敵する剣闘士がもう一人いたならば、その興行主もエアの運命も大きく変わっていたのかもしれない。


(だが、そうするとエアとは巡り合えなかったんだから、俺には幸運だった)


 人の不幸を喜ぶのは良くないことだが、それでもエアと巡り合えたことは素直に嬉しい。

 少なくとも、この奴隷が自分に買われて良かったと思えるような主人であろう。

 渡はそう心に決める。


「俺の奴隷になって護衛として働くわけだけど、そこは大丈夫なのか?」

「大丈夫。護衛は全力で守ればいいから、むしろ気が楽。アタシが全力で主を護る」

「頼もしいな。じゃあなおさら良い武器を買ってやらないとな」

「お願いします」


 ペコ、と頭を下げたエアの気持ちを大切にするためにも、そして自分の身をしっかりと守ってもらうためにも、良い装備を整えてあげる必要があるだろう。

 先ほど訪れた店では鞘や柄に宝石が埋め込まれ、金銀や特殊なモンスターの皮で装飾されていた。


 そういった装飾性を排除したとしても、やはり安くないお金が必要になりそうだ。

 宝剣の中には、使用者に特殊な能力を授ける・・・・・・・・・・・・・物も少なくないそうだし、武器の性能を引き上げたり、耐久性を向上させるといった基礎性能を向上させる技術もあるのだという。

 先ほどの武器屋にも、あるいはあったのかもしれない。


 となれば、元手を手に入れるためにも、そして情報を手に入れるためにも、再びウェルカム商会を利用するのがてっとり早いだろうと思われた。

 昨日の今日で再訪問するのは、少しばかり気まずいが。

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