第12話 ウェルカム商会長ウィリアムの商談

 ウェルカム商会は、ウィリアムが立ち上げた商店だ。

 丁稚奉公から一代で始めた歴史のまだ浅い商会で、同業からは若造扱いされるウィリアムだが、その評判は悪くなかった。

 商会の名前は、客を選ばないことから付けた。


 ウィリアム自身が貧しい出であったことから、身形みなりや年齢で露骨に軽く扱われたり、客扱いされないことも多々あった。

 お金を貯めて払うと言っているのに、なぜ同じように買い物ができないのか。

 自尊心を傷つけられ、いつか自分はそういう嫌な思いを人にさせない商売をしよう。

 誰に対しても誠実に客として迎えいれよう。

 そう心に誓って、初心を忘れないように屋号にした。


 幸いなことに接客や計算に才があったウィリアムは親方にも気に入られ、若くして独り立ちできることになった。

 そこからはがむしゃらに働き続けて、少しずつ雇う人を増やし、奴隷を買い、扱う商品の幅を広げて、仕入れ先や売り込み先の伝手を増やしていった。

 商売をする中で貧しい者を遠ざけようとする理由も身に沁みて分かったが、それでも当初の気持ちを忘れず、身代を大きくする努力を欠かさなかった。


(これはチャンスだ……。今回の取引が上手く行けば、貴族と太いパイプを持つことができる)


 今、ウィリアムに大きなチャンスが転がってきた。

 純白といっていいほど質の良い砂糖が手に入ったのだ。

 どこの大店おおだなですら、こんな代物は取り扱っていない。


 ウェルカム商会も少ないながら砂糖を取り扱っているが、余りにも質が違う。

 海の向こうから交易によって運ばれてくる砂糖はもっと茶色の色味が悪く、味もよく言えば風味があり、大味だった。雑味が混じっているとも言える。


(一体どこから仕入れてきたのか気になりますが、大切なのは安定的に取引を成り立たせることです。欲のかきすぎは大怪我の元ですからね)


 そして、ウィリアムには細いながらこの地の領主――といっても代官だが――との伝手があった。

 この伝手を利用しない手はない。


 渡から商品を仕入れたその日には領主館に使いを出し、翌日に商談の約束を取り付けた。


「顔を上げよ」

「はい。お久しぶりでございます。この度は貴重なお時間を割いていただき、誠にありがとうございます」

「時間が惜しい。早速本題に入ろう。なんでも貴様は貴重な物を手に入れたそうだな」

「はい。およそ現時点で手に入る中で、最も上質な砂糖です」


 領主館の面会室にて、ウィリアムは領主代行のヘロドトスと相対していた。

 ヘロドトスは今年三十四歳の男で、背が高く神経質そうな顔立ちをしている。

 代官としての能力はそれなりで、良くも悪くもない。

 この地で妻帯し、今は二児の父だったか。

 愛妻家で妻は中央の下位貴族の次女。


 ウィリアムは記憶していた代官の情報を思い浮かべる。


(この地に赴いてそろそろ五年程が経つが、これといった実績を上げられず、焦りを感じているはずです。王都のパーティで振る舞うもよし、献上品として使うもよし。社交に使えるこの品は、どちらにせよ喉から手が出るほど欲しがるはず)


 面会室はそれほど広くはない。

 代官を挟むようにして護衛が二人立ち、正面にはテーブルと椅子が用意されている。

 大きなテーブルは回り込むにも乗り越えるにも難しく、倒せば矢避けにもなり、領主の安全を考えられた作りになっている。


 代官の後ろには、旗や楯、絵画など権威と富を象徴するもので飾られ、面会者を威圧するよう配置されていた。

 部屋の装いを見れば、それがたとえ見栄からくるものだとしても、大凡の財力や性格などが浮き彫りになる。

 ヘロドトスの内装がウィリアムを威圧することはなかった。


 ウィリアムが鞄の中から渡より購入した砂糖を取りだした。


「ほう……これが砂糖だと、なんと美しい! まるで真珠や貝殻のような白さだな……」

「この白さから分かるように、不純物を含んでいません」

「なるほど……これはわざわざ貴様が私に面会を求めるわけだ」


 ヘロドトスの目は鋭く砂糖を睨みつけている。

 購入前なので、当然商品には手を付けさせない。

 要望次第では振る舞うつもりではあった。


(予想通り良い食いつき方だ。砂糖は消耗品、中央の貴族の憶えをめでたくしておくには、何度も購入する必要がある)


 その度に大金が手元に入り込むことになる。

 中央でも流行れば、売れ行きはさらに良くなることだろう。


「むぅ……これほどの……しかし……」


 ヘロドトスが唸りながら、素早く頭を回転させているのが分かった。

 この砂糖の有効な使い道、リターンを得るまでにかかる大凡の見積もり。

 どれぐらいならば許容できる支出であるか。

 そういった諸々を素早く計算しているのだ。

 ウィリアムはヘロドトスの決断を促すために、判断材料を口にする。


「今回、私はこの街一番のカンターク商会に持ち込むという手段も考えましたが、やはり一番にヘロドトス様にお見せしなくてはと思いまして」

「いかんいかん。強欲なあやつの目に留まれば瞬く間に値を吊り上げよう。して、これはいくらだ?」

「はい。金貨百枚にてお売りいたします」

「……高いな」

「一般的な砂糖の相場は代官様ならご存知でしょう。高額ではあれど法外ではない、と認識しておりますが……」


 もとより砂糖は多大な金をかけて海外から輸入している交易品だ。

 普通の砂糖ですら、金貨が多量に飛んでいく。

 自分一人で楽しむのでさえ大金が要り、それを振る舞うとなればさらなる富を吐きだすことになる。

 それだけに、実際にそれを成し遂げた物は、その権勢を示すことにも繋がるのだ。

 そこまで分かっているだろうに、ヘロドトスは渋い表情を隠さない。


「分かっている。が、なんとかならんか?」

「こればかりは。私どもも商売ですので」

「だろうな」


 苛立たしげに答えるヘロドトスには、鷹揚さがない。

 この辺りが代官としてあと一歩が抜けだせない要因だろう、といっそ冷徹なまでにウィリアムは観察して思うのだが、口に出して言うほどの仲でもなく、義理も義務もない。

 商人らしい柔らかな笑みをたたえて、口を噤んだ。

 しばらく算段をつけていただろうヘロドトスだったが、やがて決断を下したのか、目線を合わせた。

 力強い頷きは、商談の成立を語っていた。


「よかろう。今金を持ってこさせる」

「ありがとうございます。追加のご入り用がありましたら、お声かけください」

「なんだ、定期的に手に入るルートがあるのか」

「確実ではありません。ただ、仕入れを行った者と定期的な購入が可能か、交渉を行っているところです」

「ふむ。まあ今日明日必要となるわけではない。これは一度中央にて披露するつもりだ。だが、その時の反応次第では、量を求めるかもしれん」

「……可能な限り善処いたします」


 まとまった量が必要になれば大金を得られるが、準備にもそれだけの資金が要る。

 量を揃えられなければ叱責されるだろう。

 かといって反応が鈍ければ先に仕入れを行ったウィリアムは大損をこくことになる。

 これだけの商品だから売り先には困らないとはいえ、どちらとも取れる曖昧な要求は商売として差し支える。

 かといって貴族を相手にこちらから指図することもできない。

 平気でそんな要求をするあたり、相手のことを見下している証拠だった。


(これだから貴族は嫌なんだ……)


 場合によっては資金集めに奔走しなければならない。

 だがチャンスも大きい。

 上手く立ち回れば、ウィリアムも大店の仲間入りだ。

 中央の貴族と太いパイプを築くことも夢ではない。


(そのためにも渡様との交渉は成功の要。けっして下手な扱いはできませんね)


 すでに奴隷の購入に便宜を図るなど、いくつかの手は打っている。

 深々と頭を下げながら、ウィリアムは渡とどのように交渉すれば良いか、思考を巡らせ始めた。

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