第10話 異世界ふたたび

 お地蔵さんのもとに向かう。

 不思議な体験をしたことでまじまじと見つめるが、いたって変哲のない普通のお地蔵さんに見える。

 とてもではないが、異世界に繋がるなどと言っても誰も信じてはくれないだろう。


 相変わらず周りはあまり綺麗ではなく、埃や苔などで薄汚れていた。


 渡たちは再びゲートを潜った。

 ゲートを挟んで一瞬にして風景が変わる現象は、まだまだ慣れず新鮮な驚きがある。

 エアは二回目ということもあって警戒を解かず、耳を立てて尻尾を膨らませていた。


 小さな祠から出ても、周りの人は誰も渡たちに注意を払わない。

 やはり不思議な力が働いているようにしか思えなかった。


(これもいつか当たり前になるんだろうか?)

(だが、特別なことだ)

(誰もが体験できることではない)

(こればかりは、慣れるのは良くないことかもしれないな)


 渡は自分を戒めた。

 今度お地蔵さんや祠をまた清掃しよう、と心に決める。

 畏敬の念を忘れ、傲慢になった者が手痛いしっぺ返し・・・・・・・・を食らうのは世の常だ。


 辺りをきょろきょろと見渡して、前回と場所に違いがないことを確認すると、その場を離れる。

 なにはともあれ、歩かないと土地勘も生まれない。

 幸いなことに高層建築物の少ないために、視界は開けて遠くまで見渡すことができる。


 ウィリアムに裏通りは治安が今一だと教えられていたため、できるだけ大路おおじを歩く。

 人通りが盛んで、馬車や荷車も多く行き交っていた。

 道の左右には店が並ぶ。

 道は二車両ほどの広さがあって、中央には街路樹が植えられている。

 交差点では彫像が置かれていたりして、地元の人間には迷うことはないのだろう。


 道の先には大きな建物が見えて、それだけは材質も高さもとても見事だった。

 嫌でも重要な建物だと理解できる。


「あの高い建物はなんだろう?」

「あれは。太陽神ヘスポス様を祀っている教会ですね」

「なるほどね……」


 マリエルの返答に、渡は少し考え込んだ。

 これ以上軽く会話を続けて良いか迷ったためだ。


(宗教や宗派の話は迂闊にすると、信頼関係がぶっ壊れるリスクが高いんだよなあ)

(政治と宗教とファンのスポーツクラブの話はするなってのは鉄板だし)

(とはいえ、知らないでいるのも地雷原に突っ込むのと変わらないんだよなあ)


 とりあえず現状は保留として、今後時期を見て質問してみようと決めた。

 そんな渡の様子にマリエルは追求せず沈黙を保つ。


 エアは三歩ほど後ろからついており、周囲に油断なく目を配らせていた。

 渡はあまり気付いていないが、大路を歩く三人の姿はとても人目を引いた。

 変わった格好の男に、目を引く美女二人が観光といった様子でのんびりと歩いているのだ。

 良くも悪くも注目を集めるのも当然のことだっただろう。


 マリエルが道を一つ曲がると、先を指差した。

 先ほどの教会も大きかったが、比較にならないほどデカい。


「あれがこの地の領主様の施設ですね」

「デカくて立派だなあ」

「私はご主人様の街の建物の大きさに驚きましたけどね。天まで届くのではないかと思いました」

「まあ、あれは日本で一番高い建物らしいからなあ。でもこっちは周りが平屋建てばっかりだから、比較するとめちゃくちゃ大きいように俺には見えるよ」


 三階建ての非常に大きな建物は嫌でも目に入る。

 高さもそうだが、大きさも日本で言えば大型商業施設が入れるぐらいには面積がある。

 多数の利用者がいるにも関わらず、門衛が槍を構えて誰何しているところも、威圧感を感じた。


「そういえば俺、街の名前とか含めて全然知らないんだよね。来たばっかりだし」

「この地は南船町なんせんまちと呼ばれる所で、名前の通り首都から南に下った場所にあります。歩いて三日ほどの距離ですね。これといった主要な産業はありませんが、町の横に川が走っているので、河川交易でそれなりに賑わっています」

「なるほど。案外首都とは近いんだ」

「そうですね。あとは、このまま川を下って徒歩で更に三日ほど歩いたあたりで海に出るそうです」

「マリエルはそこまで行ったことはあるの?」

「いえ、私は生まれ故郷と王都だけですね。この町については奴隷になってから始めてきましたし……」

「ごめんね」


 奴隷になった経緯を思い出したのだろう。

 言いづらそうに顔を伏せるマリエルに、渡は軽く謝罪する。

 いつかは事情を知っておきたいと思うが、まだまだ付き合いの浅い今、詮索するつもりはない。

 しっかりと働いてくれるならそっちの方が重要だ。


「ここのトップってどういう人なの?」

「この街は王の直轄領だそうで、直接の領主様はおらず、代官のヘロドトス様が治めています」

「ありがとう。まあ俺と関わりにはならないんだろうけどさ」

「ご領主様はともかく、色々な許可を得たりするために、ここに訪れる人は多いですよ、役所ですから。こちらで今後商売を継続するなら、ご主人様も利用するかもしれませんね」

「それもそうか」


 よく見れば、誰何された民もみんな問題なく中に入っている。

 怖がり過ぎもそれはそれで問題を招くかもしれないな、と思った。


「主、ちょっと、いい?」

「どうした、エア」


 それまで黙って後をついて来ていたエアが、渡に声をかけた。

 その声は低く抑えられていて、周囲に聞かれたくない意図を感じさせる。

 尻尾が神経質そうにふり、ふりと左右に揺れて、耳がピンと立って時おり動いていた。

 さりげなく距離を縮め、小さな声でやりとりする。

 エアは目線を左右に走らせた。


「凄く注目されてて、あまり良くないやつらも見てる。気を付けて」

「そ、そうなのか? 全然気づけないな」

「あからさまな奴は表通りに出てこない。鞄はちゃんと閉めて、もっとキッチリ抱えた方がいい」

「わ、分かった」

「マリエルも距離を詰めて、スリとか引ったくりが手を出せないように守って」

「分かったわ、ありがとう」

「あと護衛するのに、素手だとちょっとキツい奴もいるかもしれない。武器をどこかで買って欲しい」

「了解。エアとマリエルはこの辺りの武器屋でどこが良いか知ってる?」


 適当な武器屋に入っても良いが、商品規格も定まってなさそうなこの街で、安定した品質が望めるとは限らない。

 そうなると店の評判が良いか、目利きができる必要があるが、渡にはそんな知識も経験もない。

 エアとマリエルも残念ながら知らなかったようだ。


「わからない。ごめんなさい」

「私も知りませんね」

「まあ仕方ない。適当な所に入ってみるか」


 それに何を買うのかも決めないといけない。

 こっちでは物々しい物を持っていても問題ないのかもしれないが、日本で刃物を所持していたら逮捕されてしまう。

 あるいはこちらに保管場所を用意するべきか。


 そんなことを考えながら、渡は鞄をしっかりと抱えて、マリエルとエアとはぐれないように距離を詰めて、通りの目に入った武器屋に入った。

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