第7話 偽者のアイドル

「裕くん? じゃあ、やっぱりさっきの人は裕くんだったの?」

 美羽が裕星をキッと睨んだ。


「さっきの人? それより、どうしたんだ? ちょっとこっちに来て。音が大きくて何も聞こえないよ」


 そう言うと、美羽の腕を掴んでダンスホールから離れた出口付近に連れて行った。


 この場所には到底とうてい不似合いな地味な服装の美羽を、頭から足までぐるりと見ながら裕星が訊いた。


「一体どうしたんだ。こんなとこに一人で来るなんて」


「裕くんこそ、どうしてこんなところにいるの? 今日は仕事だって言ってたのに!」

 美羽はにらむように裕星を見た。


「仕事は早めに終わったんだ。あ……誤解だからな! 俺はここに遊びに来たわけじゃないぞ。探してるやつがいるんだよ」



「誤解もなにも、見たこと以上のことってある? この前だって、すごく酔っ払って倒れたでしょ! あの時の言い訳もまだきいてなかったよね?」

 美羽はまだプンプンと怒っている。


「いや、美羽に言わなかったのは悪かったけど、俺を信じてくれ。話せば長くなるけど、ここで捕まえたいやつがいるんだよ」



「誰を捕まえるって言うの?」


「俺の偽者にせものだよ!」


偽者にせもの?」


「昨日俺のファンの子たちが、俺に騙されたと言って事務所に抗議こうぎに来たらしい。社長が言うには、どうやらその男が俺に似ていたとかで、俺自身が疑われてるらしい! それだけじゃなくて、そいつは結婚詐欺師で、相当額の金を女性たちからだまし取ってたそうだ。


 美羽のことだから、まだ世間の情報にうといかもしれないけど、昨日街のスタンドで、スポーツ紙や週刊誌に俺の名前が一面に出てたのを見た時は、狐につままれたみたいで、訳が分からずクラクラしたよ。


 それも、どっかのクラブでの乱痴気らんちきな写真まで付けて、まるきり俺が犯罪者はんざいしゃみたいな扱いをされてたんだからな。


 被害に遭った彼女たちがまだ警察に被害届を出してないから犯罪は成立してないけど、このままだと俺がそいつのぎぬを着せられることになりそうだ。


 それで、光太たちには黙って昨日は一人で情報を集めていた。SNSを調べていたら、俺の名前でそいつがしょっちゅうここに来てると分かって、捕まえに来たんだよ」



「そんな……、また結婚詐欺なの?」


「また、とはなんだよ。他にもそんな奴がいるのか?」


「ねえ、裕くん、ここを出ましょ! ここじゃ話もできないもの」




 二人は爆音で耳が可笑しくなりそうなクラブを出ると、外は、都会の喧騒けんそうにもかかわらず、一気に静かな世界に来たかと思えるほどだった。




「ふう~、裕くん、本当に初めから話して! もう何がなんだか……この間、夜中に酔っぱらってた理由も聞かせてよ」


 急いで入った近くのカフェの個室で、美羽が裕星を問い詰めた。


「ごめん。あの時、その結婚詐欺師の男の話を社長から聞いて、事務所に来た被害者の女性たちに連絡を取ってもらったんだ。どこで被害に遭ったか場所を聞いてもらって、あそこだと判明したんだ。


 まあ、あそこだけでなく、近くの有名なクラブを遊び回っているらしいけどな。とりあえず、そこの支配人に連絡して、そいつがどんなやつか調べてもらおうとしたんだが、最初は個人情報だとかなんとかで、なかなか教えてくれなくて……。だから昨日は直接出向いて行ったんだ。


 俺を見たとたん、支配人が驚いていたよ。しかし、そこは流石さすが一流クラブを任されてる支配人だよな。俺が週刊誌が報じた男とは別人だとすぐに分かってくれたよ。


 まあ、その時は、ただで情報をもらうわけにいかなくて、勧められた酒を飲むしかなかったんだ。美羽も知ってると思うけど、俺は酒にかなり弱いから、あの晩はまあまあひどい目に遭ったけどな」



「──そういうことだったんだね。ごめんなさい……。てっきり裕くんが仕事だって嘘をついて遊びに行っていたのかと疑っちゃったよ」


「馬鹿かっ! 俺がそんなことする暇も興味もないことくらい分かるだろ? それに俺はあんなに人が集まってバカ騒ぎするようなところには絶対に行かないよ」



「――それで? その人のことで何か分かったの?」


「ああ、そいつはしょっちゅうあそこのVIPルームを利用してるらしい。それも、結構見た目が俺に似ていたというから、ファンでさえ間違えるのも無理はないと言ってたな。


 何者なのか訊いたら、支配人もそこまでは分からないらしい。ただ、相当派手にパーティーまがいのことをやって女性を口説いているようだと。まあ、その女性の中の何人かはそいつに金をみついでたみたいだけど。


 さっき美羽が見たのは、たぶん俺の偽者野郎にせものやろうの方だと思う。今行けばまだいるはずだが、もう夜中の2時だ。これ以上あんなとこにいたら、気がおかしくなりそうだからな。


 ひとまず、あそこが奴の縄張なわばりだということを掴んだし、支配人に、また奴が来たら連絡をくれと言っておいたから、出直すことにするよ」




「裕くん、でも、今はライブの準備で忙しいんでしょ?」


「当たり前だよ! こっちは毎晩遅くまで仕事してクタクタなのに、奴は俺の名を使って毎晩遊びやがって、いい気なもんだよ。それも、犯罪めいたことをやってるなんてな。それを俺がさもやったことみたいに報じる三流雑誌も同罪だ!」



「本当にひどいよね。このままだと何の疑いもなく裕くんが犯人として言われ続けることになるの?」


「むしろ、女性たちには被害届を出してほしいもんだよ。そうしたら警察が動いて、俺がそいつとは別人だということが明らかになるんだけどな」




「本当ね。それまではずっと裕くんが派手な遊び人のイメージを植え付けられてしまうなんて、濡れ衣もいいとこよ」

 美羽は珍しく怒り心頭しんとうの様子だった。




「さあ、もう帰ろうか。とりあえず、出直して作戦を考えよう」





 ***翌朝 孤児院『天使の家』***


「おはようございます!」


「あ、おはようございます、真夢さん」


 美羽が味噌汁をかき混ぜる手を休めて振り返った。

「昨日はあそこで何か進展がありましたか?」


「いいえ、彼の事は何もわかりませんでした。でも、一つ思い出したことがあったんです。以前、彼はあのクラブで働いていると手紙に書いてきたことがあって……。

 でも、昨日はあのクラブの支配人さんと会って話を聞いたんですが、そんな指名手配されてるような人は雇っていないはずだと。

 だから、手紙の話は嘘なのか、それとも、もう今はそこにはいないのかも」



「そうだったの……」



「ただ、ちょっと気になったことがあって……あそこにアイドルの海原裕星かいばらゆうせいがいたんです」


「え?」


 美羽は皿に盛りつけている目玉焼きをうっかり落としそうになりながら、岡田を見た。



「あ、あの、それはね、ソックリさんで偽者の方だと思うわ」美羽が急いで否定した。


「ええ、それは分かっています。ご本人とはだいぶイメージが違ってチャラチャラしてて、たくさんの女性に囲まれていましたから。でも、その人の後ろ姿がすごく彼に似てたんです」


「え? そのそっくりさんがあなたの彼に?」

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