第6話 恋人の本性は?

真夢まゆさん、実は私も、クラブというところには行ったことがないの。でも、以前、初めてライブハウスに通ったことがあるわ。ある人の歌がとっても心に響いて……ずっと聴いていたくて。そこで歌を歌っていた人が、今私の大切な人になってるの」



「美羽さん、それって、まさに運命の人ね! 素敵です! ああ、私も彼とお付き合いしていたら、こんなことには……」



「真夢さん、その彼とはお付き合いはしてなかったの?」


「ええ、ただの幼馴染で友達。向こうは私の事、妹くらいにしか思ってないのかも」


「でも、彼と逢えたらどうするの? お付き合いしてくださいって言うつもり?」


「ゆくゆくはそう言いたい。けど、彼には、その前にしないといけないことがあるから」


「しないといけないこと?」


「……懺悔ざんげよ。今まで彼を取り巻いていた女性たちに対する懺悔ざんげと、また子供のころのような純粋な気持ちを取り戻すこと」



「女性たちに何か悪いことでもしたの?」


「――ええ。それもお金が絡んでるから、一回や二回謝ったくらいじゃ済まないことなんです」


「お金?」

 二人は夜の街を歩きながら話を続けた。



「昔から私たち貧乏育ちだったから、どうしてもお金に対する執着心しゅうちゃくしんは大きかった。彼の家もお父さんがいなくて。あ、勝手に出てっちゃったんですけどね。


 母子家庭で育ってきて、高校を卒業してからは、お母さんと弟のために大学進学を諦めて、地元の小さな工場で働いていたんです。


 彼、女性に人気があって、ほら、テレビで観るアイドルみたいなルックスだったから、黙っていても女性が寄ってきてなんでも買ってくれたんです。


 それに味をめちゃったのかな。地元のホストに転向てんこうしたの。でもそのあとは問題を起こして、東京に逃げるように出て行った」



「問題って?」


「女性たちから借りた多額のお金を返さなかったみたい。正確には返せなかったんだけど」


「――でも、それからどうなったの?」


「東京に逃げたと分かったのは、ニュースで知ったからよ。まさか、犯罪者はんざいしゃになってたとは……」



「え? ちょ、ちょっと待って! 犯罪者って? お金を返せないだけで?」


「ううん、それだけじゃなくて、『結婚詐欺けっこんさぎ』になってたわ」



「真夢さん、それ本当なの? じゃあ、今、彼は警察から逃げてるってこと?」



「ええ。だから、私が彼に自首するように説得しようと思って田舎から上京したんです」



「でも、警察にも捕まっていないなら、私たちが探したところで見つからないかもしれないわよ」



 

「私にはわかるような気がするの、彼がいるところが」


「どうして?」


「なんとなく、ですけど……。彼の好きなものとか、彼の好きなこととか、全部知ってるから。それに、昔からずっと言っていたの、東京に出たら行きたい場所のこと」


「そこを探せば見つかるかもしれないというの?」


「ええ。でも一人で探そうと思っても、その場所がどこにあるのか分からなくて、それで美羽さんに協力してもらいたいなと……」





 新宿のど真ん中『パラディソ東京』の前で二人は足を留めた。


「わあっ、すごい、ここはまるで遊園地みたいに賑やかなところねぇ。こんなところに彼がいるの?」


「たぶん……。もしかすると、働いているのか、それとも、お客になって身を隠しているか」


「でも、警察に追われてるんでしょ? 指名手配しめいてはいされてるということだったら、お店がやとってくれないかもしれないわ」



「―—顔を変えているかもしれないわ。それくらいのお金は女性たちからもらっていたと思うから」


「顔を変えるって……整形してるってこと?」


「はい。可能性としてはそれもあるかもしれないと思ってるの」


「そこまでして逃げてるというの? 顔が違うなら、それこそあなたにも見つからないんじゃないかしら?」


「でも、私にはわかる気がするんです。彼の顔がどんなに変わっていても、私なら気づく自信があるんです」


 りんとした顔で言い切る岡田を見つめていたが、美羽は、この派手なクラブの中に入ることをためらって足がすくんでいた。



「美羽さんは、もうここまででお帰りになって大丈夫です。案内していただき、ありがとうございました。中に入ったらお金がかかりますから。そのために私、貯金をして節約してきたんです」



「でも……真夢さんを一人で行かせるのは心配だわ」

 美羽がクラブの入り口の前でもたもたしていると、真夢が、それじゃ、と入口で料金を払いスイと中に入って行ってしまった。


「あ、待って!」

 追いかけて入ろうとすると、入り口の警備スタッフに止められた。

「ここからは入場料を払ってもらいます。中に入りますか?」



「あ、い、いえ……」

 美羽が後ずさりしていると、美羽の後ろにいた、黒い革ジャンを着た背の高い派手なサングラスの男性に、すれ違いざま目が留まった。


「え……、裕くん?」


 男は美羽が後ろにいることに気づかないように、入口で金を払いさっさと中に入ったのだった。


「どうしますか? 入りますか? 止めますか?」

 スタッフがイライラして美羽に訊いた。


「入ります!」


 そう言うと、美羽は小さな財布から千円札を三枚出して入り口前にあるカウンターに置いたのだった。





 ――今の人、裕くんに似てた。まさか、本当に裕くんだったの?


 今日も仕事で遅くなると言っていた裕星がここにきている。この間は浴室で倒れるほど酒に酔っていた。尋常じんじょうじゃない様子の裕星の行動の真意を確かめたくて、美羽は入場料を払ってまで追いかけたのだった。



 中は、爆音の音楽が美羽の体の奥までドゥンドゥンと振動させ、あちこちで点滅してケバケバしく光っているカラフルな強いライトが目に痛くて、美羽は時折、右手で目をおおって歩いた。


 ――真夢さんはどこに行ったのかしら。さっきの人は本当に裕くんだったのかな。



 すると、さっきの背の高い派手な革ジャン男が、周りを女性に囲まれながら向こうの奥の階段へと登っていく姿が遠巻きに見えた。



 暗がりでハッキリとは見えなかったが、サングラスの男の顔は色白で鼻が高く、どことなく雰囲気が裕星に似ているようだった。


「裕くーん!」


 美羽は声をかけたが、爆音がとどろくホールの中では、向こうまで届くはずがなかった。


 美羽は人込みを押し分けながら、男を追いかけて行こうともがいていると、突然後ろからぐいと腕を掴まれ驚いて振り向いた。



「美羽! なんでここにいるんだ!」


 黒縁のダテ眼鏡メガネと黒マスクをした男が叫んでいる。


「──裕、くん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る