第5話 有名人の彼氏を探して

「テレビに? へえ、有名人の方なの? それじゃ、なかなか会うのも大変かもしれないわね。あ、そうだ。実は、私の知り合いの方が芸能界にいるの。もしよかったら、その彼のこと訊いてあげましょうか? 名前はなんて言う人かしら」



「……あ、でも、いいです。芸能人じゃないし、多分知らないと思いますから。自分で探します。働いていそうなところも大体わかってるから」


「――そうですか? 早く見つかるといいですね」


 美羽はそれ以上はおせっかいのような気がして、詳しく聞き出すことをやめた。


 その晩、美羽は岡田を孤児院の来客用の部屋に案内してあげた。院長先生のはからいで、しばらく宿が決まる間、食事と寝床の世話をしてあげてもいいということになったのだ。


 布団を敷いてあげて、お休みなさいと部屋を出ようとする美羽を、岡田が呼び止めた。


「美羽さん、話を聞いてくれてありがとうございました。本当に助かりました。ご迷惑をおかけしないように、なるべく早く出て行こうと思っています」と布団の上に座って頭を下げた。


「いいのよ。気にしないでくださいね。住むところが見つからなければ、ずっとここにいてくれていいみたい。もしよかったら、朝ごはんの支度や子供たちのお世話のお手伝いをしてくれたら、それでいいって院長先生が仰っていたわ」とニコリとした。



「はい。なんでもやりますから、言ってください! 本当に助かります!」






 その夜、美羽は孤児院の院長に岡田のことをお願いして裕星のマンションへと向かった。


 もう裕星は帰っているのか、玄関を開けると、リビングの電気が点いていた。


「裕くん? 帰ってる? ごめんね、今日は遅くなったわ」

 リビングにまっすぐ向かうと、そこに裕星はいなかった。


「あれ? 帰ってたんじゃないのかしら?」

 美羽はベッドルームのドアを開けた。しかし、そこにも裕星はいない。



「どうしたのかしら。電気をつけっぱなしで出かけちゃったのかしら」



 部屋の中をうろうろしていると、浴室からシャワーが流れる音が聞こえていた。すると、突然、バタン、ガタガタガタン……と浴室の中で何か大きなものが倒れるような音がした。


「裕くん!」


 美羽は急いで浴室に駆けつけた。しかし中からはシャワーの音だけで裕星の声はない。


「裕くん、いるの? 大丈夫?」

 ドア越しに声をかけても全く応答がなかった。


「裕くん、開けるね!」

 心配になった美羽が急いで浴室のドアを開けると、足元で裕星がシャワーに打たれながらうつ伏せに倒れているのが見えた。


「裕くん、しっかりして! 大丈夫? 裕くんっ!」


 美羽は真っ青になってオロオロしていた。

「こんなときは、どうしたら、どうしたらいいの?」

 パニックになりぶつぶつと唱えながらも、まずシャワーを止め、近くにあったバスタオルで裕星の体をおおった。裕星の頭をそっと膝の上に抱いて、裕星の頬を軽く叩きながら名前を呼んだ。


「裕くん、ねえ、裕くん!」


 すると、少し意識が戻ってきたのか、裕星が、うーん、と小さく唸り声を漏らした。


「どこか痛い? 救急車呼ぼうか?」

 そう言って、裕星をそっとその場に寝かせ、急いで電話を取りにいこうとした。


 すると、立ち上がろうとしている美羽の腕を裕星がぐいと掴んで止め、うっすらと目を開けた。

「大丈夫だ。救急車は呼ばなくていい。しばらくこのままここにいて」

 裕星に腕を掴まれたまま、美羽は身動きができずに、裕星の顔を心配そうに見ていた。


 15分ほどもすると、裕星がゆっくりと体を起こし始めた。

 美羽は、裕星の背中を支えながらもう一度訊いた。

「裕くん、本当に大丈夫なの? もし何かの病気か頭の怪我だったりしたら大変よ」


 裕星は少し口角を緩ませ、微かに笑った。

「ちょっと酔っただけだ。どこにも頭をぶつけてないから大丈夫だよ」


 裕星は美羽の肩に寄りかかりながらゆっくり立ち上がり、寝室まで歩いた。美羽の持ってきたミネラルウォーターを何口か飲むと、落ち着いたのか、やっと話し始めた。


「美羽、ごめんな、服が濡れちゃっただろ? 早く着替えないとな。俺も着替えてもう寝るよ。心配かけてごめん。今日はちょっと調べてることがあって。明日になったらちゃんと話すから」


 そう言うと、美羽にかまわず腰に巻いていたタオルをストンと床に落としてパジャマに着替えようとするので、美羽は慌てて寝室から逃げるように出てきたのだった。



 時間をおいて、美羽が寝室に入ると、裕星はもうパジャマに着替えて、ベッドの中でスヤスヤと寝息を立てていた。


「裕くん、また何かに巻き込まれているのかしら……今度は何があったの?」


 美羽は裕星の周りで起きるハプニングの多さに慣れてはいたが、それでも裕星が大きな事件に巻き込まれてはいないかと心配だった。



 無邪気な顔で眠る裕星の頬にそっと触れて、しばらくの間、寝顔を見つめていたのだった。






 ***孤児院『天使の家』***


 岡田は、天使の家で美羽と朝食の用意を手伝っていた。孤児院には18人の年齢もまばらな子供たちが一緒に暮らしている。皆、久しぶりにやってきた新しいお姉さんに嬉しさを隠せずにいた。


 岡田が朝食のトレイを運ぶ後ろをくっついて歩いたり、積極的に手伝いをしてくれるようになった。岡田も子供が好きと見えて、いつもニコニコしながら、嫌がる素振そぶりもせず、腕白わんぱくな子供たちの相手をしている。

 美羽も、子供たちはずっとこのまま岡田にいてほしいのだろうと微笑ほほえましく見ていたのだった。



真夢まゆさん、探してる人の手掛かりはあったの? もし、良かったら、ここでお仕事をしてみない?」

 美羽が皿を洗いながら、隣で皿を拭いている岡田に訊いた。


「ここでですか? でも、それじゃご迷惑では……」


「ううん、子供たちも嬉しそうにしてるわ。私は大学があるので、ここには夕方からしか来れないの。真夢まゆさんがいてくれたら、子供たちも嬉しいと思うんだけど」


「でも……私の幼馴染がまだどこにいるかも分からなくて、いつまで美羽さんにお世話になるかのかと思うと、申し訳ないんですけど……。それで、申し訳ないついでと言っては何ですが、彼を探す手伝いをお願いしたいんです」



「私に?」


「はい。ここのお仕事が終わってから、一緒にクラブを回ってもらえませんか? 私、東京のことはよくわからなくて、どこへ行ったらいいか……」



「いいですよ。でも、何か手掛かりとかはないの? 彼がいそうな場所とか」


「東京はあまり詳しくなくて……。でも、最初はクラブから探していこうと思います。彼はクラブが好きだったから。高校生の時に東京に遊びに行ったときに、すごく楽しかったって言ってました。

 昔から女の子にモテていたし、地元で働いていた時も、結構彼のところに女の子たちが集まっていたの」



「そんなにモテる方なのね? でも、真夢まゆさん、もし、その彼が他の女性と一緒だったら……どうするの? せっかく彼を追いかけて来たのに」



「いいの。ただ、どうしても言いたいことがあって。そして、また地元に帰ってきてほしいから」



「そう? わかったわ! 私ならいつでもお手伝いするわね。遠慮なく仰ってね」


 美羽は岡田が熱心に探す幼馴染に興味が湧いていた。これほど思われている彼はどれほどの幸せ者なのだろうかと。




 その晩、約束通り、美羽は岡田と待ち合わせして都内でも大きな高級クラブに向かっていた。

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