第4話 初恋の人を追いかけて

「え、いや……これじゃ、誰かすらも分からないよ。どうしてこれが裕星だって分かるの?」

 光太は丁寧ていねいに訊き返した。


「だって、直接本人に会ったからよ。テレビで観たりライブで会った裕星と同一人物だったと思うけど?」


「本当にそうかな? この写真はいつ撮られたものなの?」


「これは一昨日おととい、私が撮ったのよ。ほら、ここに日付も印字されてるでしょ。クラブで他の女とたわむれてる裕星をバッチリね」


一昨日おととい?」

 光太は写真から顔を上げると、ハハハと笑って写真を彼女に返した。


「それじゃ、これは裕星じゃないよ。裕星なら一昨日おとといは俺たちと一緒に夜中までライブのための練習をしていたからね。それに、この写真、ほら、ここのデジタル時計を見ると0時30分となってるでしょ? この時間、裕星はまだ俺たちと一緒だったよ」



「そんな……嘘よ! だって確かに本人だったよ。仕事が忙しいとかなんとかいって、たまにはこうして息抜いきぬきしてるって言ってた」



「俺のことも信じらない?」

 光太は二人の女性の顔を交互に見つめた。


「信じられなくは……ないけど。でも、本当に裕星だったんだって。他の子に訊いてもいいよ。もっと深い付き合いの子を教えようか?」

 女性たちは光太の言葉を聞いても、自分たちの方を信じて疑わないようだった。




 その後、光太が何度か説得して、ハッキリするまではまだ警察沙汰けいさつざたにはしないようにと、なんとか二人を帰したが、ただモヤモヤが残っただけだった。



「光太、どうしたもんかね。裕星に限ってこんな振る舞いはしないと断言できるが、彼女たちはあの通り一歩もゆずらんのだよ。どういうことで、あの写真の男を裕星だと勘違かんちがいしてるのかねぇ」

 浅加あさかがはぁー、とため息をつきながら一気にくたびれていた。



「困りましたね。裕星本人に会わせて弁解させた方がいいかもしれませんね。ファンだと言ってましたが、たとえファンでも、本物と偽物にせものの区別もつかないなんて、そんなことあるんですか?」



「ああ、残念ながら前にもあったな。もうこれで数度目かだ。裕星は男にも憧れの存在で、そのクールなファッションやヘアスタイルを真似まねる若者も多くてな、それはそれでタレントとしてはありがたいんだが。

 物まね男を裕星本人だと誤解する若い女の子たちもいると聞いて危機感ききかんを持ってたんだよ。


 どう比べて見ても本人とは違うのに、テレビで見るのと実物が多少違うのは当然だ、とか何とか勝手な先入観を持ってて、ただイメージが似てるだけで本人だと思ってSNSに出したり、それを利用した週刊誌がガセとわかっても記事にしたりな。そういうことは前からよくあったからなぁ。


 今の方がSNSという手段ですぐ出されて迷惑こそするが、伝達でんたつが早い分、本人が反応してすぐ誤解も解けることもある。昔はいきなり週刊誌が先で、誤解だと言ってもとうとう回収されないことが多かったからな」



「そうですか……。まあ、人気が出ると、こういうことも起きるんですね。ただし、仕方ないじゃ済まされない重大な誤解ですよ。

 俺はこの事案じあんを気にして動きを見ておきます。またこんなことが起きないように。裕星には特に知らせなくていいでしょう。気分を害するだけですよ」


 光太は社長室を出ると、廊下で心配そうに待っていた陸とリョウタに言った。


「大丈夫だ。あれは裕星じゃなかったよ」


 リョウタはやっぱり、といった風にやれやれと両肩をクイッと上げた。





 しかし、翌日、昨日の彼女たちからの密告みっこくなのか、それともいち早くこういったネタに鼻がく記者がいたのか、週刊誌とスポーツ紙には、デカデカ大きな見出しの記事が出ていた。




【海原裕星 如何わしいクラブで夜中の乱痴気騒らんちきさわぎとハーレムの裏で起きていた結婚詐欺けっこんさぎ事件、?】


 早朝の街角の新聞スタンドに、この派手派手しくて全くデタラメな見出しと、例のぼんやりとしか写っていなかった男の画像が、巧妙こうみょう画像処理がぞうしょりがされ、プライベートの時の裕星を盗撮とうさつした画像にり替えて、あたかも裕星本人に見えるように鮮明せんめいにした表紙の雑誌が山積やまづみされていた。


 しかも、それを見つけたのが、他でもない事務所に来る途中の裕星自身だった。






 *** 教会前 ***


 美羽は夕食の買い出しをするために教会の門を出た。街にはたくさんの買い物客があふれ、忙しそうに行き来している。


 スーパーマーケットで両手いっぱいに買い物袋を下げた美羽が歩道に出たとたん、突然背中にドンと衝撃しょうげきがして、驚いて振り返った。


「す、すみません! ぼんやりしてて」若い女性が大きなリュックを背負ってすまなそうに頭を下げている。


「あ、あの、あなたの方は大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。あの……実は、東京は初めてで、道に迷ってうろうろしていたら眩暈(めまい)がしてきて……」


「ええ? 大丈夫ですか? 今日上京されてきたばかりなの? お仕事ですか?」


 すると女性は美羽をじっと見ていたかと思うと、すがるような目で近づいて来た。


「あの……どこかこの近くに泊まれるところってありませんか? あ、ホテルとかはダメです、高いから。民宿とかどこか知っていたら……」


「民宿があるかどうか分からないですけど……どうされましたか?」


「私、宿泊費や食費を節約したくて、実は昨日から何も食べていなくて……」

 そう言った途端とたん、グ~と女性のお腹から音が聞こえてきた。



「昨日から何も? それは大変! もしよかったら私と一緒に来ませんか? 私、この近くの教会にいるんですけど、よかったら、お神父とうさまに伝えますので、うちで夕食を食べたらどうかしら」


「夕食をいただけるんですか? あ、ありがとうございます! お願いします!」

 女性はパッと顔を明るくして何度も何度も頭を下げた。




 孤児院『天使の家』で、美羽は子供たちと一緒に食事を作り、さっきの女性を自分の隣に座らせ、出来上がったばかりのカレーを出した。


「ありがとうございます。いただきます!」

 女性は急いでスプーンをとると、かきこむ様にして口に運んでいる。


あわてないでゆっくり食べてくださいね。本当にお腹が空いていたのね?」

 美羽が声をかけると、女性はゴホゴホとき込んで、慌てて水を飲んだ。


「はい、本当に助かりました! ありがとうございます」


「あの……まだお聞きしてなかったけど、お名前を聞いてもいいかしら?」


 美羽が女性に話しかけると、「あっ、ごめんなさい。先に言うべきでした。私は島根しまね田舎いなか町から出てきたんですけど、東京にはある人を追って来たんです。岡田真夢おかだまゆといいます。21歳です」



「誰かを追いかけて?」


「ええ、子供のころからずっと隣の家に住んでた幼馴染おさななじみのお兄ちゃんなんですが。子供の頃は一緒に遊んでくれて、優しくて頼りになるお兄ちゃんでした。

 私には兄弟がいないから、本当の兄妹きょうだいみたいに……ううん、本当は私の初恋の人なんですけど」


「ええ? 初恋の人を追いかけて上京してきたの? すごいわね! 彼のことが本当に好きなのね? でも、その方はここで何をされているんですか?」


 すると、岡田は目を伏せて言いづらそうに下を向いた。


「分からないの。たぶんアルバイトとかでバーやクラブで働いてるかも。私たち、家が貧乏だったから。でも、この間、テレビに顔が出てて。それで東京まで追いかけて来たんです」

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