第3話 結婚詐欺の被害者たち

 光太こうたが翌朝早々に事務所の練習室でソロの曲の仕上げをしていた。


 すると、廊下の向こうから突然なにやら騒がしい声が聞こえてきた。


「ええ、でも、ちょっと待ってください。今日、海原かいばらはまだここに来ていませんから。社長が今参りますので、少しお待ちいただけますか?」

 社長秘書の大沢昌子おおさわまさこの声だ。なにやらえらくあわてふためいているようだ。



「待ってらんないわよ! 社長はまだなの? うちら本当に怒ってるんだからね! お金返してくれたら訴えないからさあ」


 来客にしては、ずいぶんと乱暴な言葉使いだった。



 また、あたふたとしている大沢の声が聞こえた。

「さ、さあこちらにどうぞ。社長室の方へ。社長の浅加が直接お話をお聞きするそうです」



 光太は部屋の外でのやり取りにしばらく演奏の手を止めて耳を傾けていたが、廊下の声が社長室の中に消えていったのを待って、外に出た。


 すると、社長室のドアの前で大沢が心配そうにウロウロしているのが見えた。光太を見つけると、慌てて駆け寄り、光太の腕を引っ張って秘書室へと連れて行った。


 光太が秘書室に入ると、大沢はすぐにドアを閉めて、真っ青な顔で光太へ向きなおした。


「さっきの、何かあったんですか?」

 光太が怪訝けげんそうにくと、大沢は少し困った顔で、とりあえず光太をソファに掛けさせた。


「実は、今ね、ラ・メールブルーのファンだっていう子たちが来たのよ。それも、とんでもないことを言って」


「とんでもないこと?」


詐欺さぎったっていうの」


「詐欺? チケット詐欺とかですか?」


「違うの。う~ん、たぶん何かの間違いだと思うんだけど……」


 するとそこへノックの音がして、リョウタと陸も入ってきた。


「大沢さん、事務所に来たら社長室から大きな声がしてて、社長が1人で対応してるみたいだけど、何かクレームでもあったの?」陸が心配そうに訊いた。


「あったもなにも。本当に全くの誤解だと思うんだけど……」


「あ、光太さん、先に来てたんだね? 社長に用事があったのに、今お客さんみたいだからさ、大沢さんに後で伝えてもらおうと思ってここに来たんだよ」陸が口をとがらせた。


「実は、さっきのお客さんたちって、裕星ゆうせいに対してクレームをしてたのよ」


「裕星さんに?」「裕星に?」

 三人は驚いて声がそろった。


「そうなの。それが……まだ裕星が来てないから言うけど。どうやら彼女たち、裕星にお金を貸したのに返してもらえないって言ってて……」


「NO WAY!(とんでもない!) 裕星がなんで彼女らに借金しゃっきんするの? そんな、バカなことあるわけないよ!」リョウタが大きな声を上げた。


「そうだよ、なんで裕星さんが彼女たちにお金を借りる必要があるのさ? お金に全然困ってないのに。それに、裕星さんがファンの子たちとプライベートで直接会ったりするわけないっしょ!」

 陸も腕組みをして眉をひそめた。



「それだけじゃないのよ。裕星が彼女たちと結婚の約束までしたって。それを理由に結婚資金を出させたり、普段ふだんクラブで遊んでいるときもお金を持ってこなかったって言ってるのよ」



「大沢さん、裕星が本当にそんなことをすると思いますか?」光太が半ばあきれたように言った。


「―—するわけ、ないわよね。でも、彼女たち、すごい剣幕けんまくなのよ。裕星にだまされたって」


「全員まとめて結婚してやるとでも言ったのか?」

 信じられないというようにリョウタが鼻で笑いながら両手を肩まで上げた。


「まさか。でも、どうやら一人一人それぞれに結婚をにおわせて、秘密にしてくれって言ったって言うの」


「――あきれた。そんなデマ、誰が考えたんだろ。それに裕星さんには美羽みうさんがいるしね」

 陸が笑いながら言うと、



「でも、もしかすると裕星だってストレスで人格が変わって、自分でも知らず知らずに夜な夜なクラブなんかで羽目はめを外してるのかもしれないよ」

 リョウタがわざと大げさなことを言ってワハハと笑った。



「それがね……証拠写真しょうこしゃしんがあって、それを週刊誌に売るってものすごい剣幕けんまくなのよ」



「大沢さん、俺が彼女たちと話してきましょうか? 裕星が直接会えばそっちの方が早いでしょうが、あいつはいつ来るかわからないし、手遅ておくれになる前に彼女たちに説明してきますよ。裕星はそんなことをするような奴じゃないことをね」

 そう言いながら、すでに秘書室のドアを開けて出ようとしている光太を大沢が引き止めた。



「光太、ちょっと待って。本当に裕星がしてない証拠がないと、ちゃんと説得できないでしょ? もちろん、そんなのデマだって分かってるけど、彼女たちを納得させて、どうしてそんなことを言ってるのかいてほしいの」



「わかった。まずは頭から否定しないでちゃんと彼女たちの事情を聴くよ。それから徐々じょじょに話をするようにする。裕星はクラブなんかに行って遊んでる暇なんてないこともね」


 そう言うと、光太は急いで社長室に向かった。




 コンコンと社長室のドアをノックして開けた途端、ものすごい怒号どごうの波動が光太に押し寄せてきた。


「だから、何度も言ってるじゃん! ひどいやつだって、裕星は! うちら一人一人に金をみつがせて、それで知らんぷりする気? それに、結婚するとかなんとか言われて、裕星と寝ちゃった子もいたんだよ! どう責任取ってくれるのよ!」


 光太は眩暈めまいしそうになるほど空気のどよめきを感じて、ドアの前で呆然ぼうぜんと立ちくしていた。


 すると、困り果てた顔で反論もできずあたふたしている浅加が、光太を見つけるやいなや、まるで救世主きゅうせいしゅでも見たかのようにパッと顔を明るくして、急いで手招てまねきをした。


「おい、光太、来てくれ! この子達、どうやら裕星のことで誤解してるらしいんだ。さっきから何度もそいつは裕星じゃないと言ってるんだが、聞いてくれないんだよ。お前からも言ってやってくれよ」



「あ、光太だぁ~! ねえねえ、聞いて! 裕星って、本当はひどい男なんだね! 光太は紳士的だし真面目だからそんなことしないよね。社長に言っても、とりあってくれないの。このままだと警察に詐欺さぎで訴えるよって言ったばかりよ。結婚詐欺けっこんさぎでもね」



「ちょ、ちょっと待ってくれ。ちゃんと話してくれないかな? 本当にそれが裕星だという証拠でも持ってるの?」


「証拠、証拠って、これだからタレントってしたたかよね。ほら、これ見て!」

 そう言って、ポケットをゴソゴソ探ると数枚の写真が出てきた。


 それはかなり遠目とおめで、更にハッキリしないほど暗い室内の様子を撮したものだった。



 光太が目をらしてよく見ると、確かに裕星らしい風体ふうていの背の高い細身の男が女性たちに囲まれ、ビールか何かのグラスをかかげてはしゃいでいるように見える。どうやら、クラブで行われたパーティーのようだ。 


「ね、これって本当に裕星でしょ?」

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