第2話 恋人の表裏二面性

 **翌朝 JPスター芸能事務所**



「グッモーニン、裕星ゆうせい、今朝は遅かったんだね。昨日は結構遅くまで曲作りでもしてたの?」

 リョウタ・スペンサーがドラムを叩く手を止めて、後から事務所の練習室に入ってきた裕星に声をかけた。



「―—ん? ああ、事務所で夜中ずっと仕事をしてた。途中で寝たのか、気づいたらもう朝だったよ」


「裕星、こんめるなよ。秋のライブツアーが決まって日がないからって、徹夜てつやは体に良くないぞ」

 光太がベースギターのげんを調整しながらちらりと裕星を見た。



「わかってる。俺の方は大丈夫だ。それより、お前らの方のソロはもう出来てるのか?」


「―—ああ、僕はまだだけど……これからすぐ取り掛かりますよ!」

 陸が苦笑いして肩をすくめた。


「俺は半分くらいはできたかな? あとはオケ(オーケストラ)の演奏部分を考えるだけだ」

 リョウタがスティックでトトンとドラムを軽く叩いた。



「――それじゃ、10月後半からのライブには間に合うな。俺ももう少しピッチを上げて完成させるよ」

 裕星が自分のギターをケースから取り出しながら言った。


 事務所の練習室では、こうして連日のように朝からラ・メールブルーのメンバー4人たちは、ライブ曲の音合わせをおこなっている。



 夕方になってようやく練習を終えた裕星は、美羽が待っているはずの自宅マンションへと帰って行った。




「ただいま」


 裕星が玄関で声をかけると、転がるように美羽が走って出迎えた。


「裕くん、おかえりなさい! お疲れ様! 今日は家に帰るっていうから、美味しいものを作ろうと思って……。ねえ、見て見て! 今日は新しいレシピ、マッシュポテトと鶏肉のソテーを作ってみたの。味は、まあ、たぶん大丈夫だと思うわ。食べてね!


 あ、それと、今日は『天使の家』の子供たちが本当にかわいくてね。ずっと私の後を付いてくるのよ。一緒に遊んでくたくただったけど、気持ちのいい疲れだわ」


 一気に話し始めた美羽を微笑みながら見ていた裕星が、「ねぇ美羽、先に手を洗ってきてもいいかな?」と苦笑いした。


「あ、ごめんなさい! じゃあ、お料理を出して待ってるわね」

 慌てて玄関先からパタパタとキッチンへと戻って行った。




 裕星は美羽のこういう明るいオーラに包まれていると、日々の疲れが一瞬で回復できるような気がするのだ。

 美羽がいるから自分自身も愛せるようになった。守るべき人のためなら、どんな辛い仕事も頑張れる気がした。



 裕星が食卓に着くと、美羽は待ち構えていたように一緒の食卓に着いた。


「裕くん、いつもご苦労様! さあ、食べましょ!」


「うん、ライブが近いから食事の時間もなかったけど、やっぱり出前でまえは味気ないからな。今日も美羽の手料理を食べられるなんて嬉しいよ。おっ、美味うまそうだな。いただきます」



 裕星が美味しそうに食べる姿を見て、美羽は満足げに微笑んだ。


「どう、美味しい? 裕くんのお陰で私結構お料理のレパートリーが増えたのよ」



「俺のお陰?」


「うん、裕くんはいつも美味しい美味しいって食べてくれるでしょ? だから、もっと美味しいって言わせたくて」


「へえ、美羽はいつも謙虚けんきょだなぁ。それなら、そんなのお安いご用だよ。俺と美羽は食の好みが似てるからな。肉好きなのもな」屈託くったくのない、くしゃりとした笑顔を見せた。




「裕くん、もうすぐライブツアーが始まるね。今度はファンの子たちのために何か考えてることでもあるの? 前はペンライトを全員にプレゼントしてたでしょ?」



「──うん、まぁね。今度のライブはテーマがハロウィンだから、俺たちがお化けの変装をして演奏するとかはどうかな?」

 裕星は冗談を言ったのだが、美羽は真に受けて目を丸くしている。


「それってナイスアイディアね!」


 ハハハと裕星は一笑して、「嘘だよ、そんな演出はしないよ。ラ・メールブルーらしくないようなことはな」

 ハハハとまだ笑っている。


「もうっ、裕くん、せっかくいいアイディアだと思ったのに。でも、ラ・メールブルーはアイドル的なバンドでもあるんだから、女性を喜ばせるテクニックもないと、これからたくさん出てくる若手バンドの中で生き残るのは厳しいかもしれないわよ」



「女性を喜ばせるテクニックって、俺にるか? 俺なら何もしなくても女性ファンが喜んでくれるだろ?」



「裕くんったら随分買いかぶってるわね! でも、そうかも……。裕くんは飾らない性格だし、女性に対して歯の浮くようなことが言えないものね。そこが裕くんらしさなのよね。


 女性って、男の人に変に迎合げいごうされたりお世辞せじを言われると、嘘っぽいなって敏感びんかんさっするから、むしろ印象が悪いかもしれないものね」



「美羽は、的確てきかくなことを言うね。そうだよ。俺は光太こうたのように、スマートに女性をエスコートしたりお姫様扱いできないからな。そこが俺の欠点でもあるけど、俺らしさで言えば、自然体でファンに接する方が合ってるからね。一番大事なのは、俺たちの音楽をまず好きになってもらうことだからな」


「そうそう。アーティストはビジュアルよりも音が大事よね?」


「なんだよ、俺はビジュアルだって大丈夫だろ?」


「ええ? もちろん、大丈夫だけど、でも、ビジュアルだけで勝負するバンドにはなってほしくないなって思うから」うふふと美羽が笑った。



「あ、そうだ。今度の俺たちのアルバムなんだけど、また4人のソロを入れてライブ前にリリースするつもりなんだ。

 俺のソロはどんな曲にしようかまだ迷ってて、今のところ少なくても2曲作って最終的にどれにするか決めようと思ってる。美羽には一番に聴いてもらいたいと思ってるよ」



「わあ、楽しみにしてるね、裕くんのソロ。バンドの曲は全て光太さん作詞で裕くん作曲だけど、ソロのときは裕くん自身で作詞もするんでしょ? どんな歌詞を書くのか、一番期待しちゃうな。やっぱりラブソングにするの?」



「まあ、一応ね。ラブソングが一番女性ファンの心に響くからな」


「でも……、いつか私の存在が知られたら、ファンの子たちが怒らないかな」


「美羽に怒る? 俺のファンはそんな心の狭い人たちじゃないよ。むしろその時は俺たちを応援して後押ししてくれると思う」


 いいことを言ったとばかりに、美羽の浮かない顔を尻目に裕星は笑顔で鼻の下をこすった。

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