第8話 イケメン結婚詐欺師の正体

「はい。すぐにVIPルームに入っちゃったので、チラリとしか見られなくて、確かなことは分かりませんけど……。でも、右肩みぎかたが下がっているところがすごく似てて、もしかすると、彼が海原裕星に似せて整形でもしたのかと思って……」



「整形で裕くんの顔に?」


「はい。あ、でも、これはまだ私の憶測おくそくでしかないですけど……」



 その時、朝食をとるために、わいわいとはしゃぎながら食堂に入ってきた子供たちに気づいて話を中断した。



 子供たちは席に着くと、「いただきまーす!」と一番年上の子供の掛け声に続いて、年齢もまばらな他の子供たちが、嬉しそうに一斉に声をそろえた。


 美羽と岡田も一緒に手を合わせて朝食を食べ始めたが、岡田が一口味噌汁を口に入れたところで、美羽に話し始めた。


「美羽さん、私、また今日もあそこに行ってみようと思ってるの」


「でも……あそこは入ってからが高いですよ。お金は大丈夫?」


「はい。お金は食費を削って貯めた分があります。少ないですが、地元にいたときに働いていた工場で頂いたお給料を少しずつ貯めていました。

 ただ……その工場が倒産してしまって、働くところがなくなかったんです。

 それで、この機会に上京して仕事をしながら、彼を見つけようと思っていました」



「そうだったんですか。幼馴染の彼と仕事も同時に探さないといけなかったなんて……。でも、その彼が指名手配犯しめいてはいはんだなんて……。あ、ごめんなさい。でも、彼があなたよりも先に警察に捕まってしまったら、どうするの?」



「―—だから、その前に私が彼を見つけて自首をさせたいんです」



「それで、昨日の偽者がその彼だと?」


「はい……。確かじゃないんですけど、それを今日確かめに行きたくて……」


「あの、実は今日、本物の海原さんと一緒にあのクラブに行く予定なんです。彼も自分の偽者を捕まえようとしていて。

 警察に捕まえてもらった方が彼にとっては好都合なんでしょうが、どうしてこんなことをしてるのか、そして、被害にったファンの子たちのためにも直接会って謝罪しゃざいさせたいと思ってるらしいの」



「え? ちょっと待って! あのアーティストの海原さんと知り合いなの?」


「――ええ。実は彼が、その……、芸能人の知り合いなんです」




「美羽さんの周りの人たちは、本物の方ばかりですね! じゃあ、美羽さんたちもあの人を追っていたってことですか? 

 それじゃ、一緒に探していただいてもいいですか? 海原さんにもご迷惑おかけしてしまってたなんて、本当に申し訳ないです」

 岡田は幼馴染の詐欺師の代わりに謝った。



「いえいえ、まだその彼と決まった訳でも、真夢さんが謝ることでもないですし……。でも、早く彼を見つけて、ちゃんと自首させて、それから更生こうせいしてほしいですよね」



「はい。それには警察よりも早く彼を見つけたくて……そのためのお金なら惜しみません!」

 キッパリと言い切った岡田の顔はこれからの生き方の全てをけたようないさぎよさが見えた。






 **都内某ビジネスホテルの一室**


 中田は、部屋に荷物を広げて、ベッドの上にごろりと仰向あおむけに寝転ねころんだ。


 今日までの半年間、人目を避けて逃亡し続けてきた。自分のしたことが犯罪になることは重々じゅうじゅう分かっていたことだ。


 母子家庭で、小さいころから母親の苦労をの当たりにしてきたが、子供のころは、それでもまだ未来がこんなにも暗いものだと思ったことはなかった。


 同年代の男友達に交じって、近所に住む3つ年下の女の子が一人、いつも中田を兄のようにしたって遊びに来ていた。


 彼女の名は岡田真夢おかだまゆ。一度も女性として意識したことはなかった。男友達と一緒に近所の山を駆け巡ったり、拾った棒切れを剣に見立てて戦いごっこをしていると、自分も入れてくれと、けても避けても食らいついてきたお転婆てんばな女の子だった。

 思い出すのは、周りの世界が平和でしかなかった子供の頃のこと。


 中田が地元でホストの仕事をしたのは、勤めていた会社が不景気ふけいきで倒産したことからだった。病気がちだった母親の入院費をかせぐためだ。友人の勧めで安易に入ったホストの世界だったが、上下関係の厳しさに疲れすぐに辞めた。


 理不尽なことを言われて我慢がまんできるほど人間ができていなかったのだ。水商売に入ってもすぐに金がもらえるわけではない。諸経費しょけいひを引かれて残るのは微々びびたる額。しかし、数ヶ月後、病気の母親が呆気なく亡くなってしまった。


 二つ下の弟は、母親の死を機に地元の海辺の近くに移り住み、そこで漁師の仕事を始めたと聞いた。

 しっかり地に足をつけ、今では新しい家族も出来たらしい。


 しっかり者の弟に比べ、兄である中田は、また無職に戻り自堕落な生活を始めた。それでも、せっせと金を貸してくれる女性は何人もいた。中田は昔から端正たんせいな顔立ちをしていたせいか、常に女性が近づいてきてはまとわりつかれることが多く、大人になると、何人もの女性たちが無職の中田に寄ってきては金をみついだ。


 しかし、彼女たちは無償むしょうで金を出していたわけではなかった。中田の愛を獲得かくとくしたかったのだ。しかし、中田は簡単に寄ってくる女性たちに感謝どころか便利さしか感じていなかった。

 いつしか周りの女性たちも離れていき、また金が無くなる。そんな繰り返しだった。


 その内、中田は、寄ってくる女性たちを永遠に捕まえておく方法を身に着けてしまった。「結婚しよう」それが決まり文句になっていた。「結婚」というワードを出すだけで、彼女たちは今まで以上に金を貢いでくれた。

 返す当てもないのに、中田は、彼女たちの心を利用していくうちに、いつしか『結婚詐欺』として何人かに訴えられたのだった。


 東京に着の身着のままで逃げてきて半年。そろそろ逃げることに、精神的にも限界に近づいてきていた。

 指名手配された顔で仕事に就くこともままならず、整形も考えた。金なら女性たちが貢いだ金が相当あったからだ。


 ホテルの一室で、ベッドにあおむけになって見える窓の外は、星がひしめき合う田舎の夜空とは違い、ここは星一つ見えないネオンサインにまみれた明るい空だった。

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