浄火

 虚実をとりまぜて語るだけの理由は見当たらない。恐らく全て、紛れもない事実なのだろう。だがしかし、真っ当な背広にいくら身を包んでも、成金上等の悪趣味な金の腕時計が日差し浴びて目一杯光る様から、男の言葉に背中を預けるほどの信用を享受出来ずにいた。


「具体的に貴方は何をしている人なんですから? 精神科医でもないんでしょう?」


 彼女がわざわざ頼った男の素性が、「祓い屋」という名前の胡散臭さからして、懐疑的な視線を向けなければ嘘になる。


「名前の通りさ」


 この男、真っ当な職業とは一線を画す看板を掲げておきながら、自分がどのような座持ちなのか全く理解していない。


「陰鬱とした悔恨が肥大し化膿すれば、身体に悪さをするもんさ。それを炙って切除。医療に通ずるものがあるだろ? 治療と呼んで差し支えないが、私はあえてこう呼ぶ。浄火と」


 男は、出所不明のハーモニカを突然、ズボンのポケットから取り出した。そして、銀のライターに火を付けてハーモニカを炙り始める。やっていることは奇行といって差し支えない。資するべき説明を省いて、目の前のハーモニカとライターに没我する男の所作に俺は黙っていられなかった。


「なにをやって」


 そう言いかけた時、炙られて黒く変色したハーモニカから、黒い液体がさらさらと滴った。そしてその黒い液体は、アスファルトの地面で丸くまとまり、本来働くはずのない張力を見た。


「これはこのハーモニカに潜んでいた彼女の悔恨。広義に言えば念。ただ、少ないな」


 男はライターをしまい、ハーモニカに耳目を集める。


「一体、何なんですか。貴方は」


「心の積み荷を下ろす祓い屋ですよ」


 男が見栄を切って早々、前歯の一本がポップコーンのように弾けて落ちた。


「仮歯、仮歯」


 地面に落ちた歯を拾い上げると、躊躇いなく差し込んで、時折砂を吐き出しながら喋る。


「あるはずなんだ、彼女を苦しめているものが。それを幼馴染である君に訊きたいんだ」


 答えない、答えられない。戸崎三咲と十数年掛けて積み上げてきたはずの時間が、記憶として形を貸せば、砂のようにサラサラと指の隙間から抜け落ちていく。だから、俺はこう言うしかなかった。


「タイムカプセルとかどうです?」


 もはや定番とも言える残穢を持ち上げた。だが、男はそれを無下にはしなかった。


「いいね! どこに埋めたかは覚えているかい?」


「ええ、小学校の今は使わなくなった花壇です」


 仮に、東の門を子供らの銭刈り場として土着する駄菓子屋へ続く経済ゲートと名付けたならば、西の門を小魚の影を追いに川縁へ向かう狩猟ゲートと名付けよう。南の門は排気ガスがなだれ込む有害ゲート、北の門は二名の不審者が敷地内に入り込むこわっぱゲート。


 時刻は午後二十三時。住宅街の中心に建てられた小学校は、暗闇の中でも存在感のある影を湛えていて、軽薄に踏み込めば不気味な気配に背後をとられる。ただ、卒業生である俺からすれば、郷愁を覚える水捌けの悪いグラウンドに笑みが溢れた。グラウンドを横断すると、体育館を彩る花壇に辿り着く。


「やりますか」

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