祓い屋

「もしかして葛城君かな? 三咲ちゃんの幼馴染の」


 この情報の漏洩をどう見る。彼女が自分の置かれている環境を詳らかにし、話題の一つとして俺の事を口にしたならば、それは屈辱だ。


「はい。そうですけど」


 怒りを露わにしたい気持ちをなんとか抑えつつ、俺は話を合わせた。


「お誂え向きなタイミングだ」


 見え隠れする魂胆が八重歯から覗き、それに巻き込まれまいと、足を踏ん張る準備をした。その心構えは正しかった。見ず知らずの男が、なんとも如何わしい提案をしてきたのだから。


「だったらさ、君も手伝ってくれ。彼女の悩みの根源を探すのを」


 そう言って男は、背広の内ポケットに手を伸ばした。何が飛び出してきてもおかしくない。細心の注意を払ってまじまじと注視する。


「私は、こういう者です」


 社会的体裁を首尾よく伝える為に用いられる名刺の受手に回るとは一寸も思っておらず、臆した身体が一歩下がらせて、ゲテモノを見るかのような間合いを取った。


「あれ? 名刺を初めて見ましたか?」


 淡々とした口調で慮る男の気遣いに、思わず苦虫を潰した。


「トミノ祓い屋事務所……玩具ですか?」


 皮肉の一つや二つ、言わなければ立ち直る気がしなかった。


「ハハッ! 面白い事言うね、君」


 不躾な態度だとわかった上で吐き捨てた言葉は、反抗的な子どもの取るに足らない世迷言として処理されて、大人らしい度量を前に陳腐な毒気に落ち着いた。


「……」


 稚気な扱いをされて喜ぶ間抜けは今この場にはいない。勃然と込み上げた怒りを握りしめた拳へ流す程度には、苛ついている。


「ああ、ごめんごめん。じゃあ、改めて説明するね」


 この男の煙に巻くような調子は改めて癪に障るが、憮然と言葉や態度をあやなして再び臨めば、同じ轍を踏むことになる。ならば、寛大な心で耳を貸すのが望ましい。


「トミノ払い屋事務所の、トミノと申します」


 不備のない綺麗なお辞儀は、繰り返し頭を下げることによって無駄が削ぎ落とされたのだろう。しかし、依然として胡散臭さが鼻につき、気を緩めて踏み込まれるような脇の甘さを見せるつもりはない。


「何を手伝えと言いました? 俺に」


「三咲ちゃんの悩みを探りたいから、手伝って欲しいんだよ」


「あなたはどのような立場で、さっきから三咲ちゃんと呼んでるんですか?」


 親しげな愛称を好んで使う男の口から何を引き出すつもりなのか。その馴れ馴れしさを紐解いたとき、後悔するかもしれないと直後に気付く。だが、そこを曖昧にして話を進めていくのはどうも釈然としない。明朗にした上で建設的なやり取りに励む方が、磊落に振る舞え、徒労なる時間を削れるはずだ。


 男は、名刺を内ポケットに仕舞い直して、忌憚のない意見を交わす為の咳払いを一つした。


「電話をもらったのはちょうど一週間前かな。体調を崩した彼女は病院に行ったらしいんだが、どうやらそれはストレスによる精神的な事だと解った。安静にしつつ、規則正しい生活を送る事で体調の改善を試みるも、一向に良くなる兆しが見えない」


 男は身振り手振りで回顧しながら、俺が知り得ない数々の事情を詳らかにしていく。俺が窓に向かって祈りを捧げていた裏で、そのようなやり取りが行われていたとするならば、なんて滑稽な事だろう。


「彼女のストレスは加速し、悪化した体調によって、ベッドから出ることも億劫になってしまった。そんな折に、彼女が頼ったのがこの私」

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