第2話「事務屋の仕事」

 私の国はかつて血気盛んだった。魔法を使うものはおらず、腕力に美徳を持ち、むしろ魔法を蔑むほどだったようだ。腕力こそルールと言わんばかりに筋骨隆々な男たちが文字通り腕を振ってモンスターの巣窟や他国に介入する時代もあった。

 だが、国が敗北して様々な部族が入り混じるようになってから、私たちの部族も随分大人しくなった。

 そして新しい政府は武器を届出させるため、事務員を配置するよう命令した。その事務員が私である。政府は武器の過剰供給による値崩れを防ぐと、私たちにメリットがあるように謳うが、本当の狙いはクーデターが起きないように管理するのが目的だろう。

 なぜなら届出が必要な武器は攻撃力が一定以上だったり暗器系武器などが対象だからだ。誰が強い武器を持っていて、誰が暗殺できる武器を持っているのか、そういうことを把握するのがこの届出制度の目的なのではないだろうか。

 本当に経済の維持が目的なら<ひのきのぼう>だろうが<こんぼう>だろうが届け出るべきなんじゃないの?まぁ書類が増えても困るから良いんだけど。

「さて、やりますかー」

 私はペンをとる。週に1度、売れた武器たちを正しく、漏れなく、政府に報告しなければならない。間違えても提出が遅れても罰則があるので速さと正確さが必要だ。ペン先にインクをつけたところで玄関のドアが開いた。

「あ、今日はもう閉店・・・って先輩!どうしたんですか急に。」

「近くに来たから様子見にきた、仕事には慣れてきたか?」

先輩は私の前任者だ。今の政府になってから事務の立ち上げをしてきた人でもあり、今ではその現場での経験が買われて政府の中枢で働いている。言ってみれば事務部門の中心に先輩がいて、その末端にいるのが私ということになる。

「間違えると面倒だからついつい時間がかかっちゃうんですよね。もっとスピードを上げるのが課題ですね。」

「とにかく慣れるしかないな。なんとなくパターンが染み付いてくれば寝れる時間も増えるだろう。せっかくだからもう一回総ざらいするか?」

「ぜひよろしくお願いします!」

「オーケー。最初に言っておくが教えるのは現時点での法令だからな。改正されたらそれに従うように。」

 武器管理に関する法令の条文を作るのも先輩の仕事だ。先輩はカウンターの内側にある本棚から法令書を取り出して私の横に並ぶ。制服に染み付いた香りに、新人だった頃の記憶が蘇る。

 いやいや、せっかく先輩が来てくれているのだから今は仕事に集中しなきゃ。

「じゃあまず基本的なところから。一般的に使う届出書の様式は二つある。[様式1]は『誰が何を買ったのか』、[様式2]は『買われた武器の追加効果の報告』、つまり[様式2]は属性やバフ効果などがある場合に作成する。注意点としては、その武器が元来持っている追加効果について届出不要だ。」

 先輩はペンを指揮棒みたいに天井に向けて持ち上げる。

「例えば<炎の剣+2>があるとする。これは【炎属性】と【2回強化】の二つが追加効果に見える、しかし、<炎の剣>は元来【炎属性】を持つ武器なので追加効果はあくまで【2回強化】のみだ。つまり[様式2]には【2回強化】だけ記載するのが正しい。武器台帳をよく確認することだ。間違えると年末に追徴金が請求されるからな。」

 呆れた表情をしながら先輩は言い放った。その気持ちはよく分かる。この仕事をしてみてわかったのだが、おじいちゃんは腕が立つだけにしょっちゅう追加効果のある武器を作る。そのうえで王国の制度に合わせて2つの書類に書き分けなければならないから記載誤りの元になる。先輩も何度も追徴金を経験したと、私が新人の頃に教えてくれた。

「そもそも様式の提出が必要なのは攻撃力が90を超えたもの、もしくは王国が指定した種類の武器になる。ちなみに攻撃力90というのは一回の取引の合計が90を超えると対象になるから注意が必要だ。例えば<鉄の剣>は攻撃力25だから5本以上まとめて売り上げると届出が必要になる。」

 それってやっぱりクーデター対策なんですよね?と聞きかけてやめた。政府中枢で働く先輩はもうそちら側の人なのだろう。

「そして暗器に分類される武器は攻撃力に関係なく届け出をしないといけない。」

 それも要人とかの暗殺対策ですか?」

「なんだって?」

 っ!声に出てた!?

「あー、いえ、まぁ誰かが殺されたりしたら大変だなぁって思って。」

 慌てて言い訳したけど、言い訳になってないだろうな。怒られるかもしれない。政府への反抗みたいな法律持ち出して捕まる?

「・・・お前は元から居たガル部族の人間だったな。」

「・・・はい。」

「ここで起きたことはある程度知っているだろう。戦争によって多くの血が流れた。その後、たくさんの文化が入り混じり、たくさんのルールができている。この国はまだ四つ這いを始めたばかりの赤ん坊みたいなものだ。誰かが見守らなければまた怪我をする。」

「・・・」

「・・・」

「すまん、説教みたいになってしまったな。」

「いえ・・・こちらこそすみませんでした。」

「いや、正直俺も疑問を持ったことがないわけじゃない。アヤの感覚は間違ってないよ。でも、そもそも法律は国民が選挙で選んだ議員が立案してるからな。俺らはそれを執行しているに過ぎない。ルールに文句があるなら投票に行けってことだ。」

 それはなんだか暴論のような気がする、が言わんとすることはわかる。

 そういえば私がこの仕事を始めた頃は、仕事の処理の仕方ばかりでその意味はほとんど教わったことがなかった。

「随分話が外れてしまったな。それにそろそろ帰らないと。ごめんな、余計な話をして。俺の悪い癖だ。」

「いえ、忙しいのに来てくれただけでも嬉しかったです!またいろいろ教えてください。」

 先輩は少し気まずそうに店を後にした。私は一生懸命感謝する顔をしたけど大丈夫だっただろうか。

 でも、久しぶりに先輩と話ができて嬉しかった。何のスキルも持たない私に仕事を与えてくれて、今こうして自立できているのも先輩のおかげだと思っている。

 さて、コーヒーでも淹れてこよう。気を取り直して事務仕事だ。

「おい、アヤ。」

もー、今度はおじいちゃんか。仕事が進まないなぁ。

「どしたの、おじいちゃん。あ!そういえば先輩来てたんだよ!」

 先輩の話を出した途端に声が上ずっていて、自分で笑いそうになった。

「そうなのか、あいつも随分偉くなったんだよな。新しい政府になる前から俺は武器屋だったし、他のガル部族よりはあいつを受け入れていたつもりだが、口を開けばルール、ルールってうるさい奴だったなぁ。」

 おじいちゃんは鍛治仕事をとっくに終えたのか、後ろで手を組んで余裕な面持ちで近寄ってきた。

「違うんだよおじいちゃん。今、私たちの国は色んな文化が混ざり合ってて不安定なの。だからこそお互いがルールを守るべきなんだよ。そもそもルールは私たちが選挙で選んだ議員が作ってるんだから、事務屋に文句言ってもしょうがないのよ」

 人差し指を立てて得意げな私を、やれやれと言った表情でおじいちゃんは眺めていた。たぶん先輩からも再三聞かされた話なのだろう。それでも私は表情を崩さない。よくわからないが、なんだか仕事のやる気が湧いてきた。

「じゃあ私まだ仕事が残ってるから。おじいちゃんもちゃんと寝てよ。」

「今日お前、誕生日だろ。」

「・・・え!!?」

「何驚いてんだ。」

「いや、ちゃんと覚えてたんだなーって。おじいちゃんが誕生日プレゼントくれるのなんて5年に1回くらいなんだもん。」

「・・・誕生日くらい覚えてるさ。だが俺には年頃の孫がほしいものなんてわからん。それに俺には武器を作るくらいしかできない、でも今のお前に剣は必要ないだろ?」

「まあそれでも家族から何かもらえたら嬉しいものだよ。」

「でも今回は自信作だ。」

 おじいちゃんの口角が上がったと思ったら後ろで組んでいた手を解いて私に向けて差し出した。

「<万年筆>・・・。」

「ある意味お前の武器だろ?せっかくだから使えるものが良いと思ってな。何個も作ったんだぜ?なんせこんな小さい武器を作ったのは初めてだったからな。」

 そもそもまともに誕生日プレゼントを用意するような人じゃないのに。体の小さい私にとりあえずと言わんばかりに食べ物ばっかり用意してたのに。

「武器・・・そうだね。事務屋の私にとってはこれが武器、最高の武器だよ!おじいちゃん最高だよ!」

 お互い好きなものを話してる時は満遍の笑みを浮かべるのだろう。

「そういえばアイツからは何をもらったんだ?」

「それ聞いちゃう?何ももらえなかったよ。」

 私は両手を天井に向けて首を横に振った。でも<万年筆>のおかげで寂しさを感じることはなかった。

「俺はてっきりアイツもそのつもりで来てたのかと思ったけどな。まあアイツも忙しいんだろ。次会えるときには何か準備してるさ。」

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武器屋『トライデント』 ごえ @goegoe3

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