武器屋『トライデント』
ごえ
第1話「武器屋『トライデント』」
「いらっしゃいませ!何をお探しですか?」
「<鉄の剣>、あるよね?」
「<鉄の剣>ですね、すぐ使いますか?」
「いや、私は兵士でも冒険家でもないからね。とりあえず家に置いとくだけだから包んでくれるかい。」
「わかりました、お買い上げありがとうございます!」
男は麻袋に包んだ<鉄の剣>を両手で抱えて帰っていく。爪の間に土が残ってたので農業をしている人だろうか。そんなことを思いながら背中を見送っていると横から大きな鎧が入ってきた。
「いらっしゃいませ!何をお探しですか?」
「やあ、アヤくん。<鋼の剣>はあるかい?うちの息子もだんだん遠出するようになってきてね。多少良いものを買ってやろうと思って」
「<鋼の剣>ありますよ!カイルくん12歳でしたっけ?未成年が買うには”届出”を書いてもらうんですけど、シャフさんが使うことにしとくのでお金だけもらいますね。」
「ありがとう、助かるよ」
年齢の割に若々しく、鍛え抜かれた大柄な男は剣を八の字に回しながら刃の具合を確かめる。鞘に収めるとそのまま大きな足音を鳴らして街道に消えていった。
そういえば届出書まだあったよね。カウンターの下を覗き込んでいると金属を打つ音が、奥の扉を突き抜けて響いてきた。おじいちゃん今日もやってんなー。
うちの武器は全部私の祖父が作っている。若い頃は兵士として国に仕えていたらしいが、モンスターに足をやられてから鍛治職人に転職したらしい。歩くことはできるけど戦うのはもう無理だと言っていた。
ちなみに客が開口一番あれはあるかい?これはあるかい?と聞いてくるのは、おじいちゃんが気分で作っていることが多いからだ。もちろん発注を受けて作るのもあるが、腕が確かな分、掘り出し物感覚で見にくる客も少なくない。
「こんにちは、今、いいかな?」
カウンター下の書類を整理してたら落ち着いたトーンの声が覆いかぶさってきた。
「あ!すみません、いらっしゃいませ!何かお探しですか?」
布が全身を包んで鋭い目つきだけが晒されている。多分忍者だろうな。店に入ってきた気配がなかったのも納得だ。
「忙しいところ申し訳ないね。<投げクナイ>を20本ほど欲しいんだ。」
「あるんですけど・・・20本もあるかな・・・5、10、15、20、ありますね!じゃあこちらお書きいただいて良いですか」
隙のない忍者もペンを持って机上に向かっている間は無防備に見えてしまう。でもペンひとつも使いようによっては武器だ。私をどうにかするくらい動作無いだろう。
忍者のお客様はその場で<投げクナイ>を懐や腕や太ももやお尻など、身体中に仕舞い込んでいく。そして今度はしっかりと店の外に出て行くのをじっと見送った。
「アヤ、水車の様子を見てきてくれるか。水の量が少し減ってるんだ」
「あ、おじいちゃん、こっちに来てたの。まだ、開店中なんだけど。」
半開きの扉から頭から髭まで白髪で縁取られた顔がのぞかせていた、かに見えたが鍛えられた大きな肩まで飛び出ている。
水車というのは工房設備の一つだ。おじいちゃん曰く、鍛治をするために大量に水が必要だということで、街道のなかでも川に近いこの場所に工房と店を建てた。
「こっちだって火を絶やすわけにいかんのだ。」
「もー、たまには休みなよ。ここのところずっと何か造ってるじゃん。王国からの発注だってまだ来てないよ。」
「良いのができそうなんだ。今は客もいないだろ?」
「んーしょうがないなぁ」
おじいちゃんと一緒に工房に入って行き、私はそのまま外まで抜けていく。人で喧騒する街道とも、火が轟々と燃え盛る工房とも違って、急に静かになる。息抜きにはちょうど良いかもしれない。
なんだ。枯れ葉が溜まってるだけじゃん。おじいちゃん、工房ばっかりでこっちまで手入れしなかったんだろうな。
川から引いている水路に溜まったものを私はそのまま両手で掬い上げた。4、5回繰り返して水路は元の勢いを取り戻す。工房に戻るとおじいちゃんは作業を再開していたので軽く手を上げて私の仕事を終えたことを伝えた。手を洗ってお店まで戻るとお客さんが3人も待っていた。
「あ!ごめんなさい、順番にご案内するのでお待ちくださいね。」
こんな感じで私はおじいちゃんと一緒に仕事をしている。役割は全く違うけど、唯一の家族だ。お店も良い武器のおかげであまり暇にならずに済んでいる。それどころか手伝いがもう一人欲しいくらいだ。お客さんを捌いているうちにあっという間に時間が経つことも少なくない。
最後のお客さんを見送ると外がもう夕暮れになっていた。
そろそろ閉店だ。でも私の仕事は終わらない。なぜなら売れた商品について王政に”届出”をしなければならないからだ。
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