改装
「クロム、待たせたか?」
「滅相もございません。こちらが早く手続きが終わっただけにございますので」
「そうか。スクワーチウォーカーも良く来た」
「「 チチ! 」」
「さっそく鍵を開けます、ニャ」
役所にブランフィオと鍵を受け取りにいき、借りた家に到着。
森に転移した後で分かれたクロムとスクワーチウォーカーが待っていた。
「申し訳ありません、入場の際の手続きで彼らに個体名が必要になり、勝手に名付けました」
「よほど変な名前にしなければ構わないさ。何としたのだ?」
「ワンダとツーラです」
「そうか、まあいいのではないか?」
「グレン様、1と2、ニャ。センスない、ニャ」
「分かればいいでしょう?」
ま、まあいいんじゃないか?
「ワンダ」
「チチ!」
「ツーラ」
「チチ」
呼ばれるとそれぞれが手を挙げる。どちらも自分の名前と認識しているようだ。まあこいつら言葉しゃべれるしな。
「して、これは?」
「はい、私が中を検めますので、その間はこちらで待っていていただければと思い用意しておきました」
そこに用意されていたのは、少々カラフルな日傘とテーブル、それにゆったりとしたイスである。
「……ああ、準備がいいな」
「では清掃状況などを確認してまいります。ブランフィオ、護衛をお願いします」
「言われるまでもない、ニャ」
「ああ、その前に。スクワーチウォーカーの登録が必要だろう?」
「ご安心ください、こちらで済ませてあります」
「済ませてある? ギルドに登録したのか?」
「商人ギルド側に登録いたしました。ギルドへの登録システムというのは便利ですな、具体的な商いの内容を告知せずとも登録が行えるのですから」
「それ、構わないのか?」
商人ギルドってことは、商売をする人間のギルドだろう?
「ええ、街での拠点防衛以外にも情報を仕入れなければなりませんからな。一応考えておりますので、ご準備ができましたら改めてご報告いたします」
「そうか、それならいい」
「ありがとうございます。では掃除に入らせていただきます」
そう言うとクロムは家の中に入っていった。静かではあったが、時折ピカピカと中で光っているのが見える。何をしているんだ……。
「少々ごたついておりますが、ご了承をお願いいたします」
「ああ、構わない」
グランが清掃を終わらせたとのことなので家の中に改めて入る。すると天井の板が何箇所か外されており、その中をスクワーチウォーカーのワンダとツーラがトテトテと走り周っている。
「あれは何をしているんだ?」
「配線です」
「配線?」
地面に転がっている赤と黒のロープが引っ張り上げられていく様を見上げる。
「はい。屋根の上に集光パネルを設置いたしましたので、そこから蓄電器につなげるための配線です」
「ほう」
ほう?
「そこから家の壁や天井に這わせます。蓄電池やブレイカーに接続させるのは最後にしますが、それまでは照明が使えずご不便をおかけいたします」
「ランタンをご用意しました、ニャ」
「……すまない、オレの理解の外の話だと思うのだが、説明を聞いてもいいだろうか?」
先ほどから飛び交っている単語のほとんどが理解できていないんだ。
「かしこまりました。長期的な宙域航行を行うことを前提に作られているヘンリエッタは、メインエンジンからのエネルギーの大半を艦体の移動や防衛、クルーの生命維持のために使われます。それ以外の部分をメインエンジン以外から賄えるようにいくつものエネルギー生産装置が搭載されていまして、今回ご用意した集光パネルもその一つです」
クロムが鏡のように磨かれた銀色の板を持ち上げる。
「これを屋根の上に取り付けることにより、ヘンリエッタでしか使えなかったいくつかの道具を使えるように作業を行っているところです。ヘンリエッタの無線が使用できないので、すべてをこちらの線でつなげなければエネルギーを供給することができませんし、エネルギーの生産量を考えると無線でつなげるよりも有線でつなげた方が効率がいいのでご容赦ください。ヘンリエッタも壁や床、天井にこれらのケーブルが何本も走っているのですよ?」
「こんなものが壁や天井に埋め込まれていたのか」
太めのケーブルと、細い二色のケーブル、それに他にも様々なケーブル。床に置かれた何種類ものケーブルに視線がいく。
「こちらの文化レベルですと、家屋の作りが一枚板の可能性がございましたが、さすがに雨漏りや防音、断熱が考えられているようで二重構造になってました。助かりましたな」
「その場合はどうするつもりだったんだ?」
「ケーブルを隠すモールを使用するつもりでした」
一応対策もあったらしい。
「配線が完了したらそれぞれの部屋に明かりを灯したり、調理場で食事を温めたり、風呂のために湯を沸かしたりできるようになります。まあ二日ほど充電を要しますが」
「……まあ、任せる」
とにかく、今ある家をヘンリエッタと同様に使えるように色々やっている、そう理解することにした。
「……ご主人様、少々席を外させていただきます」
「うん? 何かあったか」
「はい、どうやら近所にゴミが落ちているようでして」
「付きあう、ニャ?」
「副官、あなたはこのままご主人様の護衛を」
「了解、ニャ。相手の身元が分かるものがあったら回収する、ニャ」
「かしこまりました」
少しだけ剣呑な雰囲気を醸し出しているクロムが外に出ると、何やら喧騒が聞こえてきた。
「防音が悪い、ニャ」
「チチ、対策する、チチ」
「チチ、断熱材を交換する、チチ」
「そのほうがいい、ニャ。配線前にそっちを片付ける、ニャ」
「「 チチ! 」」
ふむ、朝の襲撃の続きのようだな。クロムが一人で片付けられる程度ならば問題ないか。
「なるほど、そういったお話でしたか」
「ええ、我が主人は今朝も襲撃を受けております。こちらに関しては冒険者ギルドに所属している法務官のバルボッサ殿が既に把握済みとのこと。そちらにお問い合わせいただければと思います」
「バルボッサ様ですか。分かりました、しかしこれだけの数の暴漢を……素晴らしい実力ですね」
「私が強いのではなく、彼らの実力が足りてないのでしょう。本当に実力がある者はこのようないじらしい行動を取らずとも稼げる街と聞いておりますからな」
「それは、その通りですね」
家の周りには呻いている男達が多数。
それを順次捕縛していく、街の兵士。
そしてその兵士達を相手取っているクロムがなんとも頼もしい。
二十人近い人数を、クロムが一人で抑え込んだ。見てはいないが倒れている連中は全員足や肩にダメージを受けているようで、倒れ込んでいる。
「しかし、いったいどのように対処を……」
「申し訳ございませんが、そちらは秘匿とさせていただきます。私としましても、」
例の『銃』という武器の一つを使ったらしい。ブランフィオと違い魔法を込めて放つのではなく、弾丸というものが必要らしいが。
「しかし物騒な街なのですね、ここは」
「はあ、まあ冒険者の街ですので……ですがここまで大規模な抗争はあまりありませんが」
「おや、抗争というのは聞き捨てなりませんな。我々は組織ではありませんから」
「ああ、これは失礼を。他意はありませんでしたので」
兵士のまとめ役と思しき老兵、それを相手にしっかりと受け答えをしているクロム。
「あ、こいつ、ニャ。朝もいた奴、ニャ」
「そうなのか」
「です、ニャ。いかがいたしますか、ニャ? 始末したいです、ニャ」
「そう、だな。クロム、こいつは今朝も襲撃してきた男だ」
「おや、そうでしたか……ではそうですね、彼の身柄だけはこちらでお預かりいたしますか。この程度の報復では我慢なりません」
「いやいやいや、それはいくらなんでも」
「そうですか? このような襲撃を何度もされてはこちらとしては迷惑ですからな。何人か見せしめをせねばなりません」
「ダメですって。今でしたら自己防衛で済ませられますが、それ以上をされるとこちらとしても暴力とみなさなければならなくなります」
「……面倒な話ですね。こう、見なかったことにしていただけたりとかは?」
「ここまで大規模なものでなければそれも含めたお話ができたのですが、さすがにこうも目撃者が多いとですね」
「……ふうむ、しかしこちらとしてもただで引き下がるというのも面白くはない」
クロムはその倒れた襲撃二度目の下手人を見下ろす。
そいつは他の連中と違い、すでに体に包帯を巻いていた。ブランフィオにつけられた傷を治療した後のようだ。
「起きなさい」
「げうっ!」
倒れた男のお腹をクロムは蹴って、起こす。
「ちょ」
「少しお話を聞くだけです」
咳き込みお腹を押さえる男の胸倉を掴み、起き上がらせる。
「ひい」
「あなた、お金目的の割りにはしつこいようですね」
「うあ、あ」
「次、顔を見せにくるときは覚悟をなさい。ああ、街中で見かけた時も同様です。もし、万が一にも我々の視界に映ろうものなら……」
そこまで言ったクロムが押さえていた胸倉から手を放す。
「とても愉快な目に合わせることを、お約束いたしますよ」
「ニャ」
こちらの様子を伺っていた周りの兵士が絶句するのをしり目に、ブランフィオはとても満足そうに頷いているのであった。
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