専門家

「うむ、良く気づいた」

「魔力の流れを見ましたので」


 魔石から魔力が流れて魔物の体内をめぐっている。これは魔物の基本で、魔人と呼ばれる存在やブランフィオのような獣魔族でも同様だ。魔石のある生物すべてに共通している。

 小型、中型の魔物だと魔力の流れる位置が見えにくいが、大型の魔物は流れが分かりやすい。

 巨体ウッドマンの場合、魔力の流れが外から来ていた。この巨木からだ。


「ですが、まだ倒せてないんだよな」

「こいつの魔石は、ここだ」


 姉上はそう言うと、巨木の上に飛び乗って思いっきり手を幹に突っ込んだ。そしてもう片方の手もそこにツッコミ、巨木を縦に割く。豪快だな。


「素晴らしい戦果です、ニャ」

「ジャールマグレン様、ここまでお強くなられていたんですね」

「まあオレも訓練をしているからな」


 なんだかんだ言って剣の型の稽古なんかは欠かさずにやっている。クライブ兄上の教えだ。


「んや、それだけじゃないぞ」

「え?」

「はい?」

「ニャ?」


 姉上が巨木から一抱えもあるような大きな魔石を取り出して、こちらに降りてきた。


「以前のグレンなら、こいつの魔法防御を突破できるほど強力な魔法は打てなかったはずだ」

「え? そう?」

「グレン専門家のあたしが言っているんだ。間違いないぞ」


 何その専門家。ほら、二人も苦笑いじゃない。


「剣筋は大きく変わってないが、筋力というか、なんていえばいいんだ? 肉体全体と魔力と、そういうものが大きく改善されているぞ。ウッドマンの群れと戦っている最中に動きも徐々に早くなっていっていた。自覚はなさそうだったがな」

「そう言われると、そんな気がします、ニャ」


 遠目でオレを観察していたブランフィオが頷いている。


「体の力の上限が分かってなかったみたいだな。気になったから一人で戦わせてみたが……いまのお前なら、そうだな、ガラグくらいの力なら出せそうだったぞ」

「ガラグラッタ兄上くらい? まさか」


 オレを除いてという話になるが、兄弟の中では腕力が劣ると言われるガラグラッタ兄上。だけど獣じみたその力は人が簡単に凌駕できるようなレベルではないんだけど。


「冒険者としての経験が生きた……というには急成長しすぎだろうな。何か変なものでも食べたんじゃないか?」

「そんな記憶はありませんが、まあヘンリエッタの食材は変な物が多いですけど」


 ネバネバの腐った豆とか、真っ白くて四角いプニプニでフォークで食べずらい物とか。どちらも同じ豆からできてると言われて驚いたものだ。


「それでしたら、同じものを食しているセリアーネ様の方が強化されるのでは? むしろセリアーネ様の方が食している回数は多いくらいですし……」

「では人間の街で食べたものか?」

「クレーソンで? それなら同じ冒険者仲間の連中も強化されているはずだし……されているのか?」


 冒険者という連中の強さの秘密がそれか!?


「ニャ、どちらも違います、ニャ」

「ブランフィオ、何か知っているのか?」

「あなた、ジャールマグレン様に何かなさいましたの? 返答次第によっては」

「ち、違います、ニャ、ブランフィオじゃないです、ニャ!」

「ではなんなのだ?」


 姉上の顔に若干の不信感を感じる。


「ヘ、ヘンリエッタです、ニャ」

「「「 ヘンリエッタが? 」」」


 オレ、あいつから何か影響を受けていたのか?






「艦長はダンジョンマスターです、ニャ。ダンジョンコアでもあるヘンリエッタは、エネルギーの一部を艦長とリンクさせて徐々に強化しております、ニャ」

「は?」

「え?」

「どういうことですの?」


 回答がブランフィオから帰ってきた。


「ダンジョンコアというものは本来であればコアが先に発生して、周辺の魔物を強化しダンジョンマスターに作り変えます、ニャ。その後もダンジョンで得たエネルギーを少しずつ艦長に流し込んで強化していきます、ニャ」

「そうなのですの?」

「そういえば……」

「そんなことを言っていたような」


 オレと姉上は聞いた気がする。


「です、ニャ。一度に大量に強化すると受け入れる側の体が持ちません、ニャ。それに艦長にはコアがありません、ニャ。強化される速度は、普通のダンジョンマスターよりも緩やかのものです、ニャ」

「だからグレン自身が無自覚だったのか」

「……確かに、ラファーガとの模擬戦でも最初の模擬戦の時と比べると打ち合えたな。あの段階ですでに強化が行われていたのか」


 あれはオレがラファーガとの戦いを経験したから慣れたのではなく、単純に強くなったのか。


「艦長は艦内のエネルギー消費量は確認できます、ニャ。その項目の中にはきちんと表記されておりました、ニャ」

「……見ていないな」

「お前なぁ、ダンジョンマスターとして自覚がまだ足りてないんじゃないか?」

「副長も確認できます、ニャ」

「うぐっ」

「お二人とも、はぁ……エネルギーの節約も考えないといけない時期ですのよ? 目を通せるものは目を通しておくべきですの……ブランフィオ、それはわたくしも見ることができますの?」

「イミュリア先輩にその権限はない、ニャ。でも艦長に許可を貰えれば見れるよになる、ニャ」

「そうか、ではあとで許可を出しておこう。忘れなければ」

「戻ったらブランフィオが改めてお伝えいたします、ニャ」

「頼む。しかし強化か……」


 同じくダンジョンマスターになったガラグラッタ兄上やモルボラ兄上、それにウェローナも強化されているってことか? しかし、なんというかなぁ。


「なんだ? 不満か? あたしはうれしいぞ? お前があたしと並び立てる日がくるかもしれないからな」

「いや、強くなれるのは嬉しいけど」


 むう、もやもやする。


「ふふ、男の子ですわね。自らの力で強くなりたいと思われているのでしょう?」

「ああ、そういうことか。確かにそうだな」

「ダンジョンもダンジョンコアも艦長のお力です、ニャ」

「だがあれは、サンゲラ兄上に授かったものだし」


 訓練や実戦で強くなるのとは違う感覚だ。少しばかり不満がある。


「グレン、それは馬鹿な考えだぞ」

「あね、お姉ちゃん?」


 姉上がオレの頭を撫でながら諭すように言葉を放った。


「強い武器を手に入れたりしたようなものだと考えればいい。強い武器を手に入れても、使いこなせなければ意味がない。実際にお前は自分の力に少し振り回されていたからな」

「あー」


 そう言われると、そうだな。


「強化の度合いはお前が気づかない程度の低い物ではあったかもしれないが、外から見ていたあたしから見れば劇的な変化だ。これを使いこなせもしないうちに否定することは逃げだ。お姉ちゃんはお前をそんな男に育てたつもりはないぞ?」

「むう」

「強くなれる手段があるのなら強くなれ。あたしはその方が嬉しい。いずれはあたしの横に並んで、共に戦えるようにな」

「そう言われると、困ったな」


 姉上に並び立つだなんて、並大抵の努力では不可能だ。


「いずれお前はあたしの夫になるんだからな!」

「いや、それは別の話だよ」


 オレの姉上は魔大陸のアイドルだからな。恐怖の象徴でもあるけど。


「なんだ、あたしに不満があるのか?」

「お姉ちゃんには相応しい相手がいずれくるよ」

「じゃあその相応しい男にお前がなるんだ。いいか? あたしはお前が大好きだからな!」

「美しい家族愛ですわ」

「お似合いです、ニャ」

「お妾にはわたくしが立候補しますわね」

「ニャ!? 淫魔先輩ズルい、ニャ!」

「その辺の話で盛り上がらないでくれ……さて、それなりに時間を食ってしまったな。一応こいつを片付けようか」


 もはやただの木材にしか見えないが、こいつはそれなりに強い魔物だ。収納に収まるかな?

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