節約王子

『艦長、副長。おかえりなさいませ』

「ああ」

「戻った、ニャ」


 ゴブリンのあれこれが終わり、クレーソンの街に戻った。そこで今回の報酬の受け取りを行い解散……とはならず、お説教大会に。ブランフィオ、冒険者ギルドに登録していなかったんだ。完全に忘れていた。

 そのあとでブランフィオの歓迎会もやった。

 結局こちらに戻ったのは、久しぶりの感覚だ。


「遅い」

「あ、あー、あー。お姉ちゃん、会いたかったよ」

「心が籠ってないぞ」


 出迎えてくれた姉上がご機嫌ななめだ。イミュリアに視線をちらりと向けるが、彼女は涼しげなものである。


「まったく。姉心も乙女心も分からん弟だ」

「申し訳ない」


 腕を組んでフンス、と不機嫌アピールする姉上。


「セレナーデ様、少々失礼しますわ」

「ん?」


 イミュリアが姉上の腕を取って大きく広げる。


「ささ、どうぞ、ニャ」

「お? こら、ブランフィオ」


 そのイミュリアに呼応するように、ブランフィオに背中を押され……むぎゅ、という感触が顔を襲う。


「はっはっはっはー、捕まえたぞぅ! 二人ともよくやった」

「ありがとうございます」

「ニャ」


 ぎゅーっと姉上に掴まったオレは、姉上の胸の中に顔がすっぽりである。


「おかえり、グレン」

「ただいま、お姉ちゃん」


 そう答えると、またしてもぎゅーっとされる。姉上は何時までも弟離れができない人なのだ。機嫌も直ったようだけど、このまま姉上の気が済むまで抱き着かれたままになるだろうな。




「なるほど、それは確かに問題だね」

「だろ? お姉ちゃん退屈で死にそうになっちゃうぞ!」


 僕の報告もしたいが、まずは姉上の話を聞く。僕はできる弟なのだ。

 艦長室でオレは姉上と並んでソファに座り、メイド服となったブランフィオの給仕を受けながらその話に耳を傾けた。


「近隣から魔物がいなくなり始めている、か」

「そうなのだ。絶滅しないように間引いていたつもりだったのだが、まさか逃げ出すものがこうも現れるとは……」


 ゴブリンの集落の件でガリオンに聞かされた言葉が頭をよぎる。単一の魔物が幅を利かせると、他の魔物が減少するという話だ。

 あれと同じことがこの近辺でも起きているのだろう。あれ? ゴブリンが出張ったのも姉上が関係してたりする?


「そうなると今まで通りエネルギーを回収し続ける事が難しくなってきちゃうかな?」

『はい艦長。副長が活動されはじめてから、初期の頃と比べると、エネルギーの回収効率は十二%の減少が認められます』


 エネルギーの回収状況をグラフにしてヘンリエッタが映し出してくれた。


「ここは妙に増えたね」


 逆に、一時的に大量に増える日もがあって、気になった。


『はい艦長。そこは地竜とスクワーチウォーカーがこのダンジョンにやってきた日です』

「うん? こいつらが入ったらエネルギーの回収が増えるのか?」

『はい艦長。今までの死んだ魔物の吸収とは別に、彼ら生きた魔物の体から溢れ出ているエネルギーも回収可能となっております』

「なるほど、じゃあここから継続的に増えているということは生きている魔物を多く入れた方がエネルギーが増えるということか」

『回収できるエネルギーも増えますが、彼らを維持するエネルギーの消費がございますので。彼らの住居エリアを作ったエネルギーの消費量も加味しますと、まだプラス域には入っておりません』

「ああ、そうか。ダンジョン内に彼らの住まいを作ったものな」


 スクワーチウォーカーと地竜のためのダンジョン、というか階層というか、とりあえず部屋だ。あれを作ったな。


『彼らから回収できるエネルギーは、彼らの住まいになる環境の維持に消費されているものがほとんどです』

「そううまくはいかないんだな」

『外を覆っている遮蔽物の撤去が行えれば、集光パネルを展開してエネルギーの回収が行えるのですが』

「集光パネル?」

『太陽光などの光を電力に変換する装置です。長期的に航行をするため、少ない光も逃さないよう、全方位にこちらの装置は取り付けられています』

「よくわからんな……」

「ヘンリエッタは日の光が食えます、ニャ。と考えていただければいいです、ニャ」

「なるほど」

「ブランフィオは説明がうまいな!」

『副官、当艦の場合取り込んで変換しているため、生き物のように摂取しているというわけでは』

「分かりやすさ重視、ニャ。艦長がご理解されることが一番大事、ニャ」


 良く出来た副官である。


『情報は正確にお伝えしなければ齟齬が発生いたします』

「齟齬が発生したら修正すればいい、ニャ。そのための副官、ニャ」

『齟齬の発生を抑制すべきであると……』

「分かった分かった、ヘンリエッタは光を浴びてエネルギーを作れるんだろ? だが今は光の当たらない地下にいるからエネルギーを生み出せない。そこは理解した」

『はい艦長。間違いございません』

「さすが艦長、ニャ」

「ふむ、とにかく外の山を何とかしたいというわけか」

『いいえ副長、外の状況はカメラによる撮影で理解できております。もちろん最終的には撤去が必要ではございませんが、早急にどうこうできる問題ではないかと』


 そういえばスクワーチウォーカーのときに外からカメラで山を撮ったな。


「なんだよ」

『エネルギーの回収方法の一例を挙げたに過ぎません。今は副長のおかげでエネルギーは潤沢に回収ができております。その副長の活躍は素晴らしいもの。当艦を支えているのは副長をおいて他にはおりません』

「お、おう。うん、あたしは素晴らしいんだな?」

『はい、称賛されるに値する素晴らしい働きです』

「副長、素晴らしいです、ニャ」

「さすがはセリアーネ様でございます」


 みんなで姉上をヨイショだ。


「しかし、だからこそ魔物の減少は問題なわけだな」

『はい艦長。周辺の魔物の回収が滞れば、回収するエネルギーよりも消費するエネルギーがいずれ上回ります。そうなると、今までのように生み出せていた物が生み出せなくなってしまいますし、一部施設を閉鎖しなければなりません』

「具体的には?」

『服飾の設備や嗜好品の生産の制限、回収物資解析室の閉鎖、地竜とスクワーチウォーカーのいる部屋の縮小などが挙げられます』

「ふ、服はダメだぞ服は!」

「嗜好品といいますと、あれですの! お酒ですの? お菓子ですの!?」

「ニャ、ニャァ、下着を作り過ぎた、ニャァ」


 女性三人が立ち上がった。


「い、いけません! すぐにでも魔物の回収に向かわねばなりません!」

「そうだそうだ! すぐに出発だ! こうなったら泊まり込みででも回収を行うぞ!」

「ニャフ、艦長。いますぐに回収してきた魔物の死体や魔石を吸収させるべきです、ニャ」

「あるのか!?」

「ジャールマグレン様っ!」

「いや、落ち着けみんな。ヘンリエッタはいずれはって話をしているだけなんだから」

「いずれってことは明日かもしれないだろう!?」

『それはありません』

「では明後日ですの!?」

『違います』

「でも節約しておけるところは、節約するべき、ニャ」

『副官の言う通りです。現段階では潤沢にあるエネルギーですが、いずれは足りなくなる可能性があります』

「節約、節約か……」


 生まれてこのかた節約なんてしたことがないからな。何から手を付ければいいのやら。

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