お手をどうぞ
「あ、ありがとう」
「うん?」
村から少し離れた位置、森の手前に陣がしかれている。
そこまで遠くはないが、食料やら泊りの道具なんかがあるので、馬車で移動だ。
すぐに到着。馬車から降りるためローネ先輩に手を貸そうと差し出したら、なぜか狼狽えている。
「にはは、ローネ先輩照れとるやん」
「だ、だって、こんなお嬢様みたいな扱いを受けられるなんて思ってもみなかったんだもの」
「お嬢様? 女性に手を貸すのは当たり前のことだと思ったが」
「せやな、グレンはずっとそのままでいてくれや」
「聞いたかしらラファーガ! 当然だって」
「……毎回やってたら面倒だろうが」
『後ろがつかえているんだが』
馬車から降りるだけでこの騒ぎである。
「あそこの丘の向こう側がそうだ。丘の上には兵達が交代で陣をしいている」
「それなりに人数が来てるのね」
「そらそうや、領民らに見捨てられたなんて思われたら領が立ちいかんくなるさかい。今回も冒険者に殲滅依頼いうてるけど、実際に中心で動くんは兵士やで」
『そういうものか』
「そうやで。領民が増えんと領主は贅沢できひんのや。簡単に増えない以上減らさん努力は絶対にせなあかん。ウチらは皆さんのために兵士を動かしとるでーって見せなあかんのや」
ガリオンの貴族的な考えに、オレは納得をする。しかし減らさない努力? 母上も何かしていたのだろうか? いや、してないだろうな。
「お、来たな。ミスリル」
「ラファーガだ。位で呼ぶんじゃない」
「はっはっはっはっ、悪い悪い」
出迎えられた兵士達がこちらに視線を送る。
「子供ばかりじゃないか」
「あ?」
兵士の一人の呟きに、ラファーガが低い声を出す。
「見た目で判断しないほうがいいぞ。三人とも少なくともお前さん達の隊長並みに強いからな」
「ま、マジっすかぁ……」
「そういうことだ。今日は彼らのバックアップだぞ」
「隊長、ですが」
「子供の冒険者だって珍しくないだろ、なんといってもクレーソンなんだからな。ラファーガもできると踏んでいるから連れてきているんだろう。そのくらい見極められる男だ」
「そういうことだ。ま、若干一名は未知数だがな」
そういってラファーガはブランフィオに視線を送る。
「おいおい」
「一人くらいお荷物になってもこのメンツなら問題ねーよ。ま、うちらはな。心配なのはこの村出身の連中だ」
「そうなのか?」
「ああ、村を守りたいってのは立派なもんだが、な」
そういえば案内を受けたりした程度で、彼らの実力をオレは知らない。
「どちらかといえば連中を気にかけてやんな。ゴブリン一匹程度に負けるほど柔じゃないだろうが、数に押されれば負けるかもしれねー」
「マジか!」
「斥候職がいるところもいるから全部じゃねえけどな。何人かは薬草取りや街道巡回の以来しか受けてたことねえ奴が混じってるぞ」
『……それ、まずくないか?』
「連中は自分たちの故郷を自分たちで守るんだって息巻いてるからな。そういうことを口に出せる雰囲気じゃないだろ」
「阿呆な話やな。集まった段階でその辺は話とらんのかいな」
「数がいるから大丈夫って思ってるのかしら……森にはゴブリン以外にも魔物がいるのに」
「まあなあ、ってわけで、よろしくな」
ラファーガはそう言って、相手のリーダー格の兵士の、隊長の肩を叩いた。
「了解だ。何人かの若いパーティには森歩きが慣れている者や戦闘に慣れている者をつけよう。兵士にもここ出身の人間が何人かいるからうまくやるさ」
「おう、頼んだ」
「一応聞くが、お前らは」
「いらんいらん」
「だよな」
ラファーガがそういうと、隊長はほっとした顔をする。
「……グループの再編をしておこう。お前たちは」
「ああ、こっちはすぐに森に入るよ。敵の規模を確認しておきたい」
「全員でか?」
「ま、肩慣らしも含めてな」
「了解した。簡単だが地図を作製している。目を通してから行ってくれ」
ラファーガと、ブランフィオが頷いて地図の広がっている机に向かう。
さて、ゴブリンの相手か。油断ならない相手だな。
「ゴブリンの気配どころか、魔物の姿が見えない、ニャ。グリーンブルやら木渡山猫がいるって聞いてたんだけど、ニャ」
森の中を先導して歩いているブランフィオが小声でこちらに伝えてくる。
「一種類の魔物が幅を利かせるとそこの土地から魔物は減るんや。それが原因やろ」
「獲物の魔物が減ったから森を出て家畜を狙うようになったんだろうな」
ガリオンとラファーガが補足するように教えてくれる。
「道はあっとるんかいな」
「道っていうのかしら」
「ゴブリンの足跡をたどってる、ニャ。最近のものじゃないから遭遇することはないと思う、ニャ」
オレ達が進んでいるのはいわゆる獣道だ。木々は生い茂っているが、足元はしっかりしている。多少藪があるが、そこは我慢して通過するしかない。
『鳥はそれなりにいるし虫もいるが』
「食いでのないモンしか残っとらんって印象やなぁ」
「鳥は捕まえるのが大変だから残ってるんだな」
「せやな。ちゅーことは鳥を捕まえられるほど賢い奴はおらんし、射止められるほど腕のいいアーチャーやウィザードもおらんっちゅうことや」
「そこまでの規模の群れじゃないってことだな」
「数はわからへんけどな」
数はわからないか。
「この木、ニャ」
「これか、確かに大きいな」
ブランフィオが先導しつつも、目的の場所に到着した。
村の猟師達が使っているという、森全体をある程度見渡せる大きな木である。
「登る、ニャ」
「はあ、これは億劫やわ」
「結構丈夫そうだな。グレン、お前も登っておけ」
「オレも?」
「ああ。群れの規模の確認だ。三人で見ればそれぞれ違う意見が出るだろうからな」
なるほど。そういうことか。
『私は無理であるな』
「わたしは登らないわよ」
「俺とジンとローネで下の確保だ」
ブランフィオは一番にささっと木の枝をつかんで体を持ち上げる。そして手を伸ばすので、その手を握り、太めの枝まで体を持ち上げた。ガリオンがジンを足場に、ジン、お前それでいいのか。
「手を貸してーな」
「ああ」
ブランフィオがまさしく猫のように木をするする登る。時たま手を貸してくれるので、それを真似るようにオレもガリオンに手を貸して上に登る。
「ここがめいっぱい、ニャ。チビ白衣はもう一つ上に行く、ニャ」
「はいはいっと、うん。ここからなら見えるわな」
ガリオンはそう言って懐から筒状のものを出す。
「それは?」
「望遠鏡っちゅう遠くを見ることができる道具や」
「ほう」
「グレン様、こちらをお使いください、ニャ」
ブランフィオもポーチから薄い板のようなものを取り出す。
「ここをスライドさせて、両目で見てください、ニャ。太陽は決して覗いたらだめです、ニャ」
「ああ、注意しよう」
「なんや、そっちもあるんかいな。両目用とは随分高価な、待ちい、なんやその小さいの。後でウチにも貸してーな」
「うるさい、ニャ」
「こんなところで喧嘩はやめてくれ」
ブランフィオに言われるように覗きこむ。少しぼやけたかと思ったら、クリアに。おお、まるで近づいたかのように視界にゴブリンの群れが映るな。
……あれは本当にゴブリンなのか? いや、顔はゴブリンだが、どいつもこいつもみすぼらしい恰好、こしみので下半身を隠している程度で、服らしい服を着ていない。
歯も黄ばんでいるし、とてもゴブリンに見えない。
「数は、七十二体、ニャ」
「四十しかおらんで」
「建物の中にいる、ニャ」
「透視の魔法付きかいな!?」
「サーモグラフィ、にゃ」
「サーモ? なんやそれ……まあええは。ゴブリン以外に、例えば人が捕らえられてるとかあるか?」
「チビ白衣くらい小さいと見分けがつかない、ニャ」
「お前も変わらんやろが」
オレも言われるままにサーモグラフィモードに切り替える。
「なるほど。確かに。大人が捕まってるというのはなさそうだが」
赤と白の動く物体、人の形をしているのがゴブリンだろう。
「ゴブリンしかいないな」
「な、なあ。グレン、うちにも貸して貸して」
「ああ。落とすなよ」
「ありがとう! うお、すごいなこれ!」
ガリオンも覗き込んで、ゴブリンの群れ、集落を覗き込む。
「形だけとはいえゴブリンの村ができかかっとるな。みすぼらしいけど、あの一際でかい建物は、たぶんメスが集まっとる場所やな。リーダー的なんもおるな」
「リーダーか」
「メスを一か所に集める指示を出したゴブリンがおるはずやで。そういうんがおらんと、メスも集落ん中で働いとる。メスを大事にせなあかんっちゅう知恵の周るやつがおるっちゅう証拠や」
「さすがだな」
「ふふん、せやろ。それとゴミ塚もできかかっとるな。それなりに長い期間おる証拠やな。お、でかいのがおるな。ホブゴブリンがリーダーか」
ホブゴブリン、ゴブリン種の上位個体だな。魔大陸ではあまり聞かない種だ。
ガリオンはゴブリンの集落を観察し、一つ一つ解説をしながら、紙を取り出していろいろと書き込んでいる。
「集落自体は開けたところにあるけど、こりゃ四方を囲んでの襲撃は難しいな」
「出入口が多い、ニャ」
「せやね。数も多いし。メスんとこをギリギリまで残して最後につぶすっちゅうんが定石やが」
「どうしても、ある程度は逃げ出される、ニャ」
「せやなぁ。これなら殲滅やのうて追い立てて森の奥に逃がすほうがええやろ。ま、数は減らさんといけんけど」
「チビ白衣、字が汚い、にゃ。地図も雑、ニャ」
「うっさいわ」
「ブランフィオ、いい加減に名前で呼んであげなさい」
「グレン様の仰せのままに。ガリオン、もっと綺麗に描く、ニャ」
「はぁ、疲れるわ。字が汚いんは勘弁してや、木の上なんやから」
ちらりと覗いてみたが、なるほど。確かにあまりきれいとは言えない。
「ほかの冒険者や兵士にも見せるときには清書するで」
そういうことらしい。
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