セリアーネとイミュリアの日常
「……なんか嫌な予感がした」
「どうかなされましたか?」
「いや、なんでもない。はぁ、グレン早く帰ってこないかな」
一日の仕事を終え、ヘンリエッタの副長であるセレナーデは側近であるイミュリアと湯あみをしていた。
彼女の仕事は血なまぐさいものだ。とはいえ嫌いではない、というよりも魔王城で生活していたよりも充実していた。魔大陸でも敵なしとまで言われていた彼女は、そもそも戦いと言うものから離れていた。
魔大陸の魔王である母に反旗を翻した者、魔王の守護下にある街や村を襲う魔物(主に本能で動くのみの母の子)そういった者達を排除する仕事について早数十年、もはや魔大陸で魔王の守護者たる彼女に逆らうものはいなくなっていたのだ。
もちろん突発的に発生した災害クラスの魔物を時たま相手をするが、そんなものは年に二、三度しか起きない。
彼女は敵を欲していた。
「最近、また退屈になってきた。グレンに会いたい、話したい、抱きしめて頭をなでなでしたい」
「それは困りましたわね。肘を上げてくださいな」
「ん」
それに対しこの辺りの魔物は、なかなかに好戦的だ。何よりこちらを見ても逃げ出さずに襲ってくるからいい。
当然全力で力を放出すれば逃げ出されるのは分かっている。だからセレナーデも力を抑えて戦っているのだ。
「強い魔物が減ってきたんだ。狩りすぎたかもしれん」
「それは、人間からみればいいことかもしれませんね。先日のオーガの里はどうだったんでしょうか?」
「あー、あいつらな。弱かった」
「弱かった? オーガがですの?」
「ああ。魔大陸の魔物と比較するとどいつも弱かったな。多少歯ごたえがあったのは、ここ根城にしてた地竜くらいか」
「さようでございましたか……その、オーガが、弱かったんですの?」
「ああ、驚くほどな。知性の欠片もなかったぞ。わめきながら下半身をそそり立たせて向かってきて本当に驚いたんだからな?」
「……信じられませんね。オーガといえば魔大陸でも指折りの種族ですのに」
ゴブリンほど厄介ではないが、オーガという種族は単体単体が強い。下級の悪魔では単独での勝負では勝てないほどの相手だ。
とはいえここは魔大陸と違い、地脈が大陸の深い位置に走っている。魔大陸で発生、生まれる魔物と比べると弱く、知性の低い魔物が圧倒的に多いのだ。
「数も多くなかったし、ただただ不愉快な連中なだけだったな。動きも遅く連携もなく、ただただ拳や棍棒で襲い掛かってくるのみの連中だ。本当にオーガか? 別の種族か何かだったのではないか? と疑ってしまったほどだ」
イミュリアは少し困ってしまった。自分の主たる彼女に退屈を味合わせるのは、彼女としては本意ではない。魔王城にいたころのような、ヘンリエッタの相手の相手をできる彼女の兄弟姉妹もいないのだ。
彼女の家族愛は本物だ。イミュリアは他の魔王の子の側近達と話し合い、セレナーデとの時間をうまく作っていたのだが、今はその手が使えない。
話題の転換を考え、主の腕をとり、その白く透き通った芸術品のような肌を撫でる。
「……しかし、お美しくなられましたね。セレナーデ様のお体は完成されたものだと思いましたが、更に上を目指せるとは思いませんでした」
「うん? そうだな。下着一つとってもかなり違うんだな。素材としては母の糸に勝てぬが、創意工夫すればこうも代わるのかと驚いたものだ。胸も楽だし、汗もあまりかかなくなった。肌もさらにきめ細やかに、髪も輝くようになった」
「ええ、わたくしもご相伴に預かれてうれしく思います。陛下への献上品の選定も同時に行っておりますが、正直種類が多くて困ってしまっておりますわ」
「それは贅沢な悩みだな。献上するものがないと騒いでいる連中に聞かせてやりたいわ……まあ我らが慈悲深い母だ、無理に献上品など求めはしないがな」
魔王とも呼ばれる魔大陸の女王、ウロリアンナだが、特別統治などを行っているわけではない。
彼女の近くには彼女の美しさ、気高さ、強さを慕い多くの者が慕っているが、彼女自身が王や支配者を名乗った訳ではない。
気が付けばそうなっていただけだ。そして彼女の性質は昔と変わってはいない。ただ、彼女の周りには彼女を恐れて悪辣な存在が近寄らないだけである。稀に近寄って来た者は、彼女の子供達に強制的に排除されてしまう。
魔大陸と呼ばれるほどの過酷な大陸にある数少ない安全地帯となった彼女の周りには、それを感じた様々な魔大陸の種が集まった。そして、国のような体型となったのだ。
ゆえに、魔王。
そこに集った魔物や魔人、悪魔達は知っているのだ。彼女の機嫌を損ねてはいけないことを。
「さて、湯を浴びる。お前もしっかり磨くといい」
「かしこまりました。ブレンダ、ミネア。お入りなさい」
イミュリアは二人の従者を呼んだ。
魔大陸の至宝の一つとも数えられるセレナーデの世話はイミュリアの仕事だ。だからこそ、自分も美しく居続けなければならない。
ラビットタイプの獣魔族二人を呼んで、自分を磨かせる。
自分には二人に対し、主には自分一人しか付かなことに不満があるが、まだ二人にセレナーデの世話は任せられない。
この二人の従者は、自分とは違いジャールマグレンの物だ。万が一セリアーネの機嫌を損ねて殺されでもしたら、ジャールマグレンに申し訳が立たないからである。
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