宿で一泊
一泊した村を出て、馬車に揺らされて移動。
さすがに昨日の夜起きていたので、仮眠をとったり話したり。休憩の時にヘンリエッタから持ってきた飲み物や軽食を食べたり振舞ったりしつつも夕刻。
目的のラッサー村に到着した。
「お疲れ様でした。ここが目的地です」
「ああ。案内ご苦労様、とはいえここからが本番だな」
「はい、先触れを出して村長に話を通してありますので、ご安心ください」
「ああ」
「そういえば前の村でも先触れを出していたな。高貴な者を相手にしているわけでもないのに、必要なのか?」
冒険者ギルドに依頼もかけているんだし。
「今回は大所帯やからな。盗賊なんかと勘違いされることもあるんや」
「盗賊、か。そういえば見た事ないな」
「そらなぁ、盗賊ちゅうんはあんまクレーソンの近くにはおらんもん」
「そうなのか」
『ああ、いたら冒険者達のいいカモだからな』
カモなのか。
「盗賊ってのは生活の苦しくなった農民やったり、街におられんくなった冒険者やったり、戦争に負けて逃げ出した兵隊やったりがなるんやけど、まあそういう連中いうても街に住んでた経験があるさかい、クレーソンみたいな冒険者の多い場所っちゅうんは知っとるんや。せやからそういうとこにはあんま近づかん」
『たまに稼ぎのいい冒険者を狙うっていう盗賊がいるが、だいたいは食糧なんかを運ぶ商人狙いだな』
「そうそう、それで商人達が持っている金貨銀貨なんかと一緒に、希少品がでてくるのよね。連中は満足に街で換金とかできないからため込んでるのよ。あれは美味しいのよねぇ」
「……元の持ち主に返したりはしないんだな」
「だいたい死んどるからな」
『逆に持ち主が生き残っていて、それが本当に貴重品ならば討伐依頼がかかるから持ち主のもとに行くな』
なるほど。それでは返しようがないな。
「その手の依頼も金額は高いわ。でも面倒になることが多いから受けないわね」
「魔物相手の仕事やないからおもろないわ」
『盗賊の中に腕利きがいる、そういう話であれば別ではあるな』
「そ、そうか」
「あんま村ん中で盗賊とかの話だすなよ? 少ないっていってもいないわけじゃないんだ。村人が怯える」
「あ、すまへん」
ラファーガから注意が飛んできた。村人からすれば魔物よりも盗賊の方が怖いのか。
「ラファーガさん、すいません」
「おう、どした?」
案内をしてくれてたこの村出身の冒険者、それとは別の冒険者が来た。
「村長と村の警護に来た兵士の代表者と話に同席して貰えませんか? 一番ランクが高いのラファーガさんですから」
「そりゃ構わねぇが、代表はお前らだぞ?」
「はい、それは分かっています」
「そうか。じゃあ、ま、顔を出すか。こいつらの面倒頼むな、お前らも面倒起こすなよ」
「なんでウチを見るんや」
「……ジン、頼んだぞ」
『村から出さないようにしよう』
「なんで答えんのや!」
うがー! と抗議をするガリオン。こいつは面倒を起こす女なのか?
「お前もな」
「面倒なんて起こさない、ニャ」
「……頼んだぞ」
「まったく同じ流れだな。了解した」
ブランフィオはオレを優先しすぎてチームに軋轢を起こしかねないからか? 確かに、それは面倒だな。
「ほんじゃ、行ってくるわ。今日はもう休みだ。こないと思うがもしゴブリンが出てきたら適当に動いてくれ。本格的な調査は明日からな」
ラファーガがそう言って呼びにきた男と一緒に移動していった。
そちらを見ると、顔見知り……家族か? 一緒に移動してきた冒険者連中と村の人たちが楽し気に話していた。
「では宿にご案内します。でもこんな村ですから食事は期待しないでください」
「やる気なくなること言わんといてな」
『床の丈夫な建物ならいいのだが』
「大体木造りだもの、無理じゃない?」
「食事、食事、グレン様の分はブランフィオにお任せ、ニャ」
「ああ、頼りにしているよ」
残ったオレ達は移動だ。そうか宿か……初めてだな。
「こ、こんなほった」
「はいストップー」
「むぐー!」
ブランフィオの口がガリオンに素早く防がれた。
「えーっと、大丈夫ですか?」
「なんでもあらへんよー」
「そ、そうですか。ここは僕の伯父の経営している宿なんです。お部屋は二人部屋しかないのでそれぞれ分かれて泊まってください。宿代はこちらで支払っておきますので」
「助かるわね。経費?」
「ええ、ふんだくりますんで」
『商魂たくましいな』
案内された宿、平屋の大き目の建物だ。
「お食事は近くの食堂を使ってますので、そちらで。既定の料理はでますが、お酒や追加の品が欲しかったら追加料金ですので気を付けてください」
「ええ、了解したわ」
「六人なので三つ鍵を渡しますね。部屋割りは適当に決めてください」
『ローネ殿、ガリオンを頼む』
「しっかり見張ってるわ」
「いかへんもん。クレーソンからそない離れとらん場所じゃ魔物も変わらへんもん」
「そうなのかしら?」
「せやで。村ん中で見かけた連中に話を聞くくらいや」
『そして聞いたことのない魔物の話を聞いて、どこかへ消えるんだな』
「ご、ゴブリンが仰山おるっちゅう森の近くでそないなことせえへんわっ!」
「だといいけど」
「どこかへ消えたことがあるのか?」
『ああ、何度かな』
「ええ、困った子なのよ」
「ウチをあかん子扱いせんといてくれんかなぁ!?」
はあ、とため息を吐く二人と文句を言うガリオン。
「……問題児、ニャ」
「よーし、その喧嘩こうたるわ」
「やめなさい。グレン君はブランフィオちゃんと同室ね」
「ああ、分かった」
「ニャ!?」
「なんや? なんぞ問題でもあるんか? ほんならウチがグレンと一緒でも」
「だだだ、ダメ、ニャ! ブランフィオはグレン様と離れる訳には行かない、ニャ」
「ブランフィオちゃん、宿でメイド服はダメよ?」
「ニャ?」
今のブランフィオの服装は太ももむき出しのパンツスタイルだ。
「普通の宿にメイドさんなんていないもの。それにそんな恰好をしてたらグレン君が目立っちゃうわ」
「ニャ!?」
「ただでさえ格好いいグレン君が更に目立っちゃったら……ふふ、村の女の子達はみーんなグレン君に」
「このままでいる、ニャ!」
「グレンは格好いい系やなくて可愛い系やけどな」
「まあ、格好いいのには憧れるが……」
生まれてこのかた、格好いいなんて評価は受けた事がないな。
「チビ白衣っ! グ、グレン様は格好いいです、ニャ!」
「誰がチビ白衣やねん!」
『今でも十分目立ってるぞ。さあ宿に……鎧を脱ぐか』
「ジンが一番目立ちそうだな」
「ムキムキの体に兜ですものね……さすがにもう慣れたけど」
「ええかげんにせえよチビ猫!」
「うっさいニャ! チビ白衣! ボサボサ頭!」
なんというか、変な集団になってしまうな。というか、チビっ子二人、うるさいぞ。
「た、旅の疲れと汚れを落とします、ニャ」
「ああ、そうだな……というか一度帰るか」
今日はこのまま予定はないらしい。夕食の際にラザフォードから依頼の細かい説明を聞くことになっているからそれまでに戻ってくればいい。
狭い部屋にベッドが二つ。小さな窓がある程度の牢獄のような作りの宿。だが単純に体を休めるというだけならば、これで十分なのかもしれない。
「い、いけません、ニャ。魔力の消費は極力、極力抑えねばならない、ニャ」
「ああ、それもそうか。ゴブリンが来るかもしれないしな」
そういうと何故か拳を握りしめて嬉しそうに尻尾をぐにゃらせるブランフィオ。どうした?
しかしゴブリンという狡猾な種族を相手にするのだ。警戒をしすぎるということはない。いつ奇襲を受けるか分からないのだ。いざという時のために魔力を残しておかないといけない。
「ゴ、ゴブリンごとき、警戒をする必要はない、ニャ」
「そうか? オレの聞いているゴブリンとは違うな」
ブランフィオがヘンリエッタから持ってきた、謎素材のタライを出したのでオレは上着を脱ぐ。衣服をブランフィオが丁寧に受け取ってそれを畳んでくれた。
下着姿になり、ブランフィオに背中を向ける。
「ブランフィオ?」
「ニャ!? ニャン、でも、にゃ、です、ニャ」
「?」
そうか?
「ブランフィオはゴブリンを知らないだろう?」
「ヘンリエッタにデータがありました、ニャ。人の子供と変わらない程度の大きさで、剣や斧、木の棒なんかで武装する小汚いやつです、ニャ。危険度は低、数が多くても問題なく対処できる、ニャ」
「魔石は回収してたんだな。そういえばヘンリエッタに情報はあったな」
首や背中、腕を丁寧に濡れたタオルで拭き上げてくれるブランフィオ。
それを受けながら、ゴブリンについて考えを深める。
「ブランフィオ、ゴブリンというのは集団戦が得意だ。数を武器に包囲してくる。ゴブリンが単独で行動していたら、まず罠を疑え」
「罠、です、ニャ?」
「ああ、釣りの可能性が高い。クライブ兄上にそう教わった」
魔大陸のゴブリンには兄上の軍も煮え湯を飲まされていると聞いた。もちろん敵対生物としてではなく、軍の演習相手としてだが、決して油断できる相手ではない。
「そう、です、ニャ。ヘンリエッタにはなかった情報です、ニャ。さすがは艦長」
「オレも兄上からの伝聞だから、実際どれほどのものか分からないがな」
魔大陸で兄上達に連れていかれたサバイバル訓練。魔大陸には野生というか、野良のゴブリンはまずいないので遭遇しなかったが、何気ない地形でもゴブリンがいるかいないかで難易度が大きく変わると教わった。
「艦長のお兄様ですか、ニャ。副長も、お姉さまもすごかったですから、さぞ優秀な方なのでしょう、ニャ」
「そうだな。全員が全員何かしら秀でたものをもっている。まあ一人は満足に動けない奴もいるが」
とはいえモルボラ兄上もオークロードだ。力だけならば兄弟随一の持ち主、当てる技術はないが。
「剣もお兄様にならったです、ニャ?」
「ああ、クライブ兄上だな。あの人はドラゴニュートだから、人と同じように剣を振るえる。そのクライブ兄上もロメロ兄上に教わったというが」
「艦長のご家族です、ニャ。どの方も素晴らしい方なのです、ニャ」
「そうだな、お前の言う通りだ」
そう言ってオレは、オレの体を拭いていたブランフィオの手を取る。
「ニャ!」
「ありがとう、サッパリした。前は自分で拭くからいい」
「そ、そういうわけには……ニャァ」
「別の服を出しておいてくれ。ラフなのでいい」
「かしこまりました、ニャ」
「そうしたら少し出てくる。お前も体を拭いておきなさい」
「お供します、ニャ」
「お前が休まらないだろう?」
「夜に寝ます、ニャ。起きてなくても気配は探れる、ニャ。お近くにいないとお守りできない、ニャ」
「そうか? では夜にはしっかりと休めよ」
「もちろんです、ニャ。さあ、前も拭きます、ニャ」
「自分でやるからいいと」
「ブ、ブランフィオはいらない子ですか、ニャ?」
「いや、必要な子だが」
「ではやらせてください、ニャ。お役目をいただけないのは、副官として悲しいことです、ニャ」
「そう……か、では、頼むか」
ブランフィオはオレに尽くすために生まれた存在だったな。であれば、その仕事を奪ってはいけない、か。
しかし、しかしな、その、距離が、近いんじゃないか?
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