ペットボトル
「朝、ニャ」
「ああ。そうだな」
翌朝、とはいえ夜中に起こされての朝だ。ラファーガに野営の時に見張りをするから、夜中に起きている経験をしておけと言われて起こされて、朝を迎えた。
周りが寝ている中で、起こされてずっと起きている経験は始めてだな。
「グレン様には必要ないことです、ニャ。ブランフィオが起きていればいいだけの話です、ニャ」
「ラファーガが必要だというならそうなんだろう。しかし、周りの寝息が聞こえている中で起きていないといけないのは結構堪えるな」
日の登らない間に何度か顔を洗って眠気を飛ばさないと、しんどかった。
「コーヒーをどうぞ、ニャ」
「これか、少し苦いんだよな」
「でも眠気は多少飛びます、ニャ。それともガムでも噛みます、ニャ?」
「ガム?」
「ニャ。噛んでると口の中に味が残ります、ニャ。味がなくなったら吐き出してください、ニャ」
「それは、少々品がないな」
食べた後に吐き出すのはさすがに抵抗がある。作ってくれたものにも失礼だ。
「し、失礼しました、ニャ」
「いい、お前がオレのために用意してくれたんだろう? ありがとう」
そう言ってオレに付き合って起きてくれていたブランフィオの頭を撫でる。
「ニャ、ニャフ」
尻尾がぐねんぐねんと自己主張を始めた。
「くあ、はぁ、朝か」
「ああ、良く寝てたな」
「あー、まあな。どうだった? 初めての野番は」
「退屈だったな」
「室内じゃ特にそうだろーなぁ。でもま、護衛の任務やらのときには室内で夜通し起きてるなんてこともあるから必要な経験だ。外なら自然の音があるからそれなりに時間は潰れるんだが、ま、慣れだな」
「そうか、とりあえず頭を治した方がいいぞ」
「寝ぐせが気になって話が入ってこない、ニャ」
「あ?」
ラファーガは自分の頭に手を当てると、ねじれて伸びた髪に手が当たった。
「……嬢ちゃん、水の魔法頼めるか?」
「そういうのはお湯のが効果的、ニャ」
ブランフィオが頭がすっぽり入りそうな大きさの水球を宙に浮かばせる。
「お、こりゃあいい」
「ニャ、飛んでくる、ニャ! ちょっとは静かにする、ニャ!」
その水球に頭ごと突っ込んで、ついでに顔も洗うラファーガ。なかなか大胆な行動だ……風呂も入れなかったし、体も拭いてない。オレも出してもらおうかな。
「……」
そんな朝を迎えていると、ゴロ寝をしていたジンも起きたのか、上半身だけ起こしてぼーっとしてる。さすがにこいつも寝るときは兜を外すのか。
「……寝ぼけてるのか?」
「ああ、ジンは朝が弱いんだ」
「普通の顔、ニャ。なんで兜で隠している、ニャ?」
「っ!」
顔か兜か、その単語に反応したジンはゆっくりと顔に手を当て……顔を赤らめて素早く兜をかぶった。
『お、おはよう』
「顔洗えよ」
「顔、拭いた方がいいぞ」
「汚い、ニャ」
ブランフィオが水球を宙に浮かせ、ジンの近くに漂わせる。
『……助かる』
その水球に回り込んでこちらに背を向け、顔を洗ってタオルで拭いた。
「さて、少し体を動かしてくるかな」
『付き合おう』
「兜を脱ぐか鎧を着ろ。その恰好で外に出る気か?」
丈の短いズボンにタンクトップ一枚。そしてその頭には兜。昨日ブランフィオも言っていたが、変態にしか見えない。
『……食事のときにはまた土間から上がるんだよな?』
「室内なのに立ってご飯とか、ありえない、ニャ」
『体は後で動かす事にする』
「そか、じゃあグレン、付き合ってくれ」
「ああ、ご指導願おう」
「お供します、ニャ」
「いや、嬢ちゃんは女性陣を起こしてくれ」
「いやです、ニャ」
きっぱりと断るブランフィオ。訪れる沈黙。
お前、なんとかしろよという視線を感じるな。
「あー、ブランフィオ」
「はいです、ニャ!」
「男のオレ達が女性の寝室に入る訳にはいかないだろう? 起こしてきてくれないか? それと朝食の準備も頼む」
「かしこまりました、ニャ。あまりここから離れないようお願いします、ニャ!」
ほ、聞いてくれたか。
「……なあ」
「気にしないでくれ」
頼むラファーガ、気にしないでくれ。
「ちょっと会わなかっただけなのに、随分と鋭い切り込みと足さばきができるようになったな」
「ああ、一度手合わせしたからだろうな」
特に怪我もせず、それなりに実りのあったラファーガとの朝の鍛錬。
ラファーガの言う通り、随分と体の調子が良かった。それでも届かない辺り、この男の実力が伺える。
「まだまだ伸びしろがありそうだな。今回の依頼でも期待しているぞ」
「ああ、相手はゴブリンだからな。油断はしないさ」
『侮る訳ではないが、ゴブリン程度に息巻いても仕方なくないか?』
「せやなぁ。でも今回は殲滅やから、多少は気張らんと逃げられるで」
「そうなのよねぇ。それにしても、なんか悪いわね? 朝食の食材まで準備してもらっちゃって。白パンなのが嬉しいわ」
「ニャ、グレン様からの命令、ニャ」
「ははは」
思わず乾いた笑いが出るオレである。ブランフィオ、オレの指示通りしっかりと朝食の準備をしておいてくれた。
オレの分だけ。
オレは頭を抱えた後、ブランフィオに他のメンバーの食事の準備もするように指示。ブランフィオは最初難色を示したが、それでも手を抜かずに準備をしてくれた。
「ねえ、ところでその飲み物は?」
「ん? リンゴの果実水だが」
「ローネ、さすがに厚かましいぞ」
「だ、だって、ブランフィオちゃんが用意してくれるもの、全部が全部すごいんだもん」
「ローネはんの言いたいことも分かるで。ちゅうてもうちらに用意されとる水もおかしな味しとるけどな」
「水? ブランフィオ、お前な」
「こいつらには水で十分です、ニャ」
『まあ実際に十分ではあるが』
「また顔を晒して固まりたくなければ我慢する、ニャ」
『その果実水、それほどなのか……』
逆に興味を持たれているぞ。
「はあ、ブランフィオ。空いてるグラスを出してくれ。オレの手持ちがあるから」
「マジ!? 話分かるやん!」
「そんなっ、ニャ! グレン様のお手持ちの物を出させる訳には行きません、ニャ!」
「いいから。グラスを出しなさい」
オレからの指示にブランフィオはしぶしぶポーチからグラスを取り出す。
土間まで行ってグラスを洗い、こちらに持ってきた。
「冷やしてくれ」
「ぶ、ブランフィオが注ぎますから」
「いいから、オレが振舞うから」
オレは透明なグラスに、ヘンリエッタから持ってきたリンゴジュースをペットボトルから注ぐ。
ブランフィオは魔法でそれらを冷やして、全員に配った。
「このグラス、一体いくらなんだ」
「透明度が半端ないわ」
『木のコップで飲むようなものではない、ということか』
「当たり前のように出てくる品が高級品なのね……」
そう言われれば確かに。オレも別に目利きができるわけではないが、こんなに透明度の高いガラスで作られたグラスが安いわけないだろう。
ヘンリエッタに置いてある食器などの調度品はどれも一級品だ。物によっては母上に献上できるレベルだ。
実際姉上とイミュリアがいくつかの品をピックアップしていた。
「……うまいな」
「なんて素敵なのど越しなのかしら」
『飲み口もよく、爽やかだ』
「ホンマや、それにただただリンゴを絞ったもんと違って味が統一されとる。どんな職人の仕事なんや? それにそのボトルにラベルもや、まるでリンゴがそのまま貼り付けられとるような繊細な絵に、なんやこれ。えらい軽いやん」
ボトルを持ち上げてしげしげと見つめるガリオン。ガリオンは自分のグラスに残りを注ぐと、ペットボトルの軽さに驚いた。
「薄いし、素材もわからん。マジでなんなんやこれ。飲み物いれるんにこんなにも最適なモンあるんかいな。これでこぼれへんの?」
「キャップを入れれば問題ないな」
「キャップもなんやすごいな。すごいっちゅう意見しかだせへん……中でねじれとるんか。こっちのボトルに」
「上から押し込むんじゃなくて、こう回して止めるんだ。こうしておけば水を入れても」
土間に置いてある桶から水を入れて、ボトルのキャップをしめる。
「うお」
「逆さまにしてもこぼれおちないんだ」
「すごっ! すっご! 水袋よりすごいんちゃうか!? 欲しいわこれ!」
「欲しいならやるが」
「マジで!? や、あかん。こない品もらってもいくら払えばいいかわからん」
「や、飲み物を飲むたびに出てくるからいらないが……」
「そういえばアンデッド狩りのときにも使っていたな」
「ああ」
カシュン。
『おっと』
兜越しではない肉声が聞こえたので思わずそちらを見るが、間に合わなかったようだ。まあ二度も顔は拝んだし、いいか。
「空のもので良ければいくつかあるが」
「いけません、ニャ! グレン様のお口がついたもの、ニャ! かかか、かんで、うにゃあ! ダメなの、ニャァー!!」
「そ、そうね。それはダメね」
「せ、せやな、あかんわ」
「洗えば別に」
「男は黙ってて!」
「黙っとれ!」
ラファーガが撃沈してしまった。新しい飲み物を開けるたびに出てくるんだが、なぁ?
「再利用はしている、ニャ。だからダメ、ニャ。お手持ちのものはブランフィオが預かります、ニャ。出して下さい、ニャ」
「お、おう。分かった」
ブランフィオから妙な圧を感じたので、大人しく渡すことにする。そういえばヘンリエッタが回収しているって言ってたな。ブランフィオの言う通り、再利用をしているのだろう。
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