唐揚げ!

 オレの横に腰かけて、遠慮がちにしていたブランフィル。少しだけ休憩をしたあと、ポーチからランタンを二つ取り出して一つを部屋の中心に置き、もう一つを手に取って土間に降りた。


『灯りの魔道具か。かなり光量が強いな』

「ああ、便利なものだ」


 ヘンリエッタの中にあった、外部調査員っていうクルーの装備の一つだ。移住先の土地とその周辺を調査するために、艦外活動用として様々な道具が用意されている。

 先ほどのお湯を沸かすケトルというものもその一つだろうし、それ以外にも必要なものをブランフィオは持ち出していた。だからと言って、ベッドはいらなかっただろうに。


「少し暗くなってきたから、ニャ」

「ああ、そうだな」


 窓も大きくないし、ガラス窓でもない。木の板の落とし窓だ。


「お食事のご準備をいたします、ニャ」

「頼む」

「かしこまりました、ニャ」


 ブランフィオはポーチを片手に土間で道具を広げる。


「手伝うで」

「わたしはスープでも作ろうかしら」

「ここは任せて欲しいです、ニャ」

「そりゃ助かるけど、ええんか?」

「グレン様のお口に入るものです、ニャ。これは譲れないです、ニャ」

「そ、そう? じゃあ見てるだけ見てるわね」

「ニャ」


 こくん、とブランフィオは頷く。そして黒いプレートを二つ取り出して台に置き、深いお鍋と浅いお鍋、それと何かを取り出して組み立て……テーブルか。


「お、折り畳み式の、テーブル?」

「こないなもんに金属を使ってるんかいな」


 ブランフィオは二人の感想を無視して着々と準備を始める。

 浅いお鍋に水を入れ、プレートの上に置いて何か操作をしている。

 次に深いお鍋だ。


「んー、油やな。しかし香りがええな……こない量の油なんてどないするん?」


 水ではないらしい。ブランフィオはその声を気にせず、材料をテーブルに並べた。


「野菜、洗おうかしら?」

「ニャ、いい、ニャ」

「皮剥きくらいできるで」

「ニャ」


 ちらりとこちらに視線を向けたので、オレは頷く。

 その反応に気付いた女性二人は苦笑いだ。


「じゃ、じゃあお願いする、ニャ。包丁はこれ、ニャ。こっちはピーラー、ニャ」

「「 ピーラー? 」」

「知らないか、ニャ? こうする、ニャ」


 ブランフィオは流しの上に魔法で水を浮かべて、お芋を洗う。そしてピーラーと呼んだ道具を使って皮を剥き始める。


「「 はあああ!? 」」

「ニャ!?」


 二人の驚きの声に、思わずオレも目を向けてしまう。


「なにゃこれ!? なんで皮剥けてんねん!」

「しかも皮、薄いんですけど!? 簡単すぎじゃない!?」

「ニャ、ニャフ」

「こないなもんあるなんて」

「すごいわ、恐ろしい道具だわ……なんでわたしはこの存在をいままで知らなかったの?」


 何か画期的な発見があったらしい。オレは皮剥きなんてしたことなかったから分からないが。


「やるなら早くやる、ニャ」

「これ、これまだあるかしら!?」

「ニャ、一つしかない、ニャ」

「……ガリオンちゃん、ここはわたしに任せてもらおうかしら」

「いやいやローネ姐はん、ここはウチに任せて日ごろ鍛えた包丁さばきを」

「やるならやる、ニャ」

「「 はい 」」


 どうやら解決したらしい。しかし、人が食事の準備をする様を見るのは初めてだな。こうして見ると興味深い。

 素早い動きでいくつかの野菜を切り分けながらも、二人に注意をするブランフィオ。

 ローネ先輩が少しだけ悩んだ後、ピーラーと言う道具をガリオンに渡した。


「わたしのほうが薄く皮が剥けるからね」

「むぐ、ええわ。半分やったら交換やな」

「ええ」


 二人は決着がついたらしい。

 最初は「おおっ」とか「うおおお!」とか聞こえていたが、だんだんその声も小さくなる。


「結局ただの便利な皮剥き器だったわ」

「それもそうね」

「当たり前、ニャ」


 そんなやり取りのあと、包丁の音が聞こえだす。

 そのあと野菜を炒める音、水が注がれる音なんかが聞こえてきた。ブランフィオが何かをしようとするたびに、二人から質問が飛んでくる。

 そして。ジュー、という音とともに香る、食欲のそそる匂い。


「……うまそうだな」

『ああ、手伝わなくていいのか?』

「土間にこれ以上人がいくのは邪魔になるんじゃないか?」


 というのはオレ達男性陣。


「なんや! なんやこれ!」

「良い匂い! ダメよ! これは人をダメにする匂いだわ! こっちのお肉は色が違うわね」

「昨日のうちに漬け込んでたやつ、ニャ。グレン様用、ニャ。お前らのはこっち、ニャ」

「準備しといたちゅうことはそっちのが美味いんやろ!? ウチも食いたい!」

「遠慮しろ、ニャ」

「ね、ねえブランフィオちゃん、わたしもそっちがいいなーって」

「うるさい、ニャ。ただのから揚げに大げさ、ニャ。こ、こら! 近寄り過ぎ、ニャ! 唾が飛ぶ、ニャ!」


 という女性陣の声。


「たまらんっ、たまらん匂いがしているっ」


 と、ラファーガ。


『酒、持ってきてないんだよな』


 兜頭でガッカリするジン。


「お酒が必要よ! グレン君っ!」

「ち、近いですローネ先輩」


 あと肩から手を離してくれ。


「明日は移動やで? せやからちょっとで、な? な? ラファーガはん」

「む、むう。確かにな……でもな」

「この間みたいな深酒はしないわっ!」

「それは当たり前だが、なぁ……あんまり持ってきてないんだよな」


 ラファーガ、多少は持ってきてるのか。それとこちらに視線を向けるな。


「……はぁ、ブランフィオ。何がいい」

「よろしいのですか、ニャ?」

「ああ、ラファーガがいいって言うんだからいいだろ」

「です、ニャ。じゃあ……そう、ニャ。ビールでいいんじゃないかと思います、ニャ。あれはみんなで集まった時に飲む酒ですし」

「ビールか」

「あ、ご飯の時にお願いします、ニャ。ブランフィオもひえひえのが欲しい、ニャ……」

「分かった。さて、冷えてるかな」

「なんかあるんか!? 冷えてたのがうまいんならウチが冷やすで!」


 生まれてから一度も酒を飲んだ事のないはずのブランフィオだが、どうやらビールが好きなようだ。

 そんなこんなで大騒ぎの食事を楽しむことに。


「うまっ、うまっ、止まんね!」

「パンがふわふわやわ! 白パンはひっさしぶりやで!」

「このスープも美味しいわ、目を離した隙になにか入れたわね? かなり深い味わい、お魚なんて入ってなかったと思うんだけど」

「ニャ、乾燥スープ溶かしただけ、ニャ」

「う、うまい」

「ジン、お前、そんな顔だったのか」


 ジンが食事の味に我を忘れて、兜を閉め忘れてフォーク片手に固まっている。

 鼻立ちのいい、中々男前な顔立ちだな。

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