ゴブリン?
「おう、揃ってるな……どした?」
三人の話し合いの間、暇をしていたオレはソファに座りくつろいでいた。
ブランフィオがお茶の用意をしようとしてくれたが、そこまで時間がかからないだろうと止めたところでラファーガが顔を出してきた。
「彼女を紹介したら何やら話し合いが始まってな」
オレの横で姿勢正しく佇んでいるブランフィオに視線を向ける。
「斥候役として連れてきた……オレの住んでいた家の近くにある村の娘だ。名前はブランフィオ」
「ブランフィオ、ニャ」
「ほぉ、獣人? いや、獣魔族か。珍しいな」
「分かるのか」
これは驚いた。
「まあな。気配というか、なんというか。魔力のとんがり方って言えばいいか? なんとなく分かるんだ。見かけ通りの歳じゃないだろ?」
そうだな。生後1日だ。間違いではないので、頷いておく。
「良いじゃねえか、獣人や獣魔族は人よりも目や鼻がいいし気配察知も得意だ。罠の知識はあるのか?」
「ある、ニャ」
「じゃあ問題ねえよ。しばらく組んでみるといいさ。何、気に入らなきゃ抜けりゃいいだけの話だしな」
「ああ、オレと同じだな」
「ブランフィオはグレン様が抜けない限り抜けない、ニャ」
「そーかそーか、まあいい。よろしくな、お嬢ちゃん」
「ブランフィオ、ニャ」
ここの屋敷にいる者達のリーダーであるラファーガがこういうのなら問題ないな。
「おかえり、どう? いい依頼残ってたかしら?」
「稼げそうなん残ってたか?」
『腕試しになりそうなものであればなお良い』
話し合いをしていた三人がこちらに戻ってきた。
「微妙だったぞ。仕方ないからリンクラッテにでも顔を出そうかと思ってたんだが。そこの、ブランフィオの腕次第では受けて良さそうなのが残ってたな。多分他の連中は受けないだろうって奴が」
「どんなん?」
ラファーガが若干嫌そうな顔をしている。
そして少しばかり溜めてからこう言った。
「ゴブリン退治だ」
なるほど、ゴブリン退治か。ラファーガが嫌そうな顔をするのも良く分かる。
「ゴブリンかぁ、常駐依頼と違うってことは群れでも見つかったんかいな」
「そうだ。ラッサー村で家畜被害が続いたらしくてな。村の猟師が不審に思い調べたらだいたい五十体規模のゴブリンの集落が森の奥にできていたらしい。大体一週間くらいまえの話だそうだ」
「うへぇ、ほんならもっと増えててもおかしくないかもなぁ」
ゴブリンという種は繁殖力が高い上に、同種族同士でまとまることが多い。一か所大きな集落ができると、中で増えるだけでなく、外からも合流してとどんどん集まるのだ。
食料事情によって増える数はまちまちだが、一匹はともかく五匹以上の集団を見たら警戒度を一気に引き上げる必要がある。
「すでに領主に話が行っているらしい。村には兵士が既に送られて守りを固めているから、オレ達冒険者にはその集落の殲滅を頼みたいんだと」
「その規模だと一パーティじゃないわよね?」
『殲滅となると、それなりの人数が必要だろう』
「ああ。ラッサー出身の冒険者達でチームを組んで集まってるところだった。だがそんなに腕のいいのがいないから増援が欲しいって声を掛けられてな。だが近場の慣れた森ならともかく、行ったことのない森だからな。スィーダがいないから無理だって断ったんだが」
ラファーガの視線がブランフィオに向かう。
「彼女がいるなら受けれるな」
「森を案内するだけなら可能、ニャ。でも殲滅となると、問題がある、ニャ。特にそこの鎧が来るなら厳しい、ニャ」
確かに。こいつは森の中で活動できるような見た目をしていない。
『私が? 問題ないな』
「ゴブリンは鼻が利く、ニャ。それに耳がいい、ニャ。殲滅となると、逃げられない様に包囲する必要がある、ニャ。鎧の音で気づかれて警戒される程度ならいいけど、逃げられたら追いきれない、ニャ」
『音の問題は解決できる。この鎧は防音の魔法がかかっているからな』
なんでそんなもんかかってんだ。
「……それに森の奥となると、結構歩く、ニャ。子供を連れてはいけない、ニャ」
「あんな、ウチこう見えて成人してんねん」
あ、ちょっと顔を引きつらせてる。
「森の中を歩ける? その体で、ニャ?」
「あんたもウチと変わらんやろが。それに魔物学者はフィールドワークが多いんねん、下手な冒険者よか森に慣れとるわ」
「……ホント、ニャ?」
「ああ、ガリオンはその辺はクリアしている。何度も実際に森での活動を行ってるしな」
ガリオンのことをラファーガがフォローする。
「ホントに、子供じゃない、ニャ?」
「お前、いくらウチかて怒るかんな?」
「ブランフィオ、彼女が大丈夫と言っているんなら問題ないだろ」
「了解しました、ニャ」
オレがブランフィオに言うと『はぁ』とため息が何箇所からか漏れた。
「そんじゃ受けれる感じか?」
「せやなぁ、今更ゴブリンにゃ興味あらへんが」
「ゴブリンの集落ねぇ。あいつら集まると臭いのよね……」
『問題は人数だな。頭数がいないと殲滅は難しい、人数が多すぎては私の戦う機会が減る』
「ゴブリン相手に何息巻いてんねん」
「なに?」
ゴブリン相手に、だと?
「……一つ聞きたいが、ゴブリンというのはあのゴブリンだろう?」
「あ? ゴブリン見た事ないか?」
「いや、ある。人の子供くらいの大きさで醜悪な顔をした小鬼だろ?」
魔王城で働いている中で、特に人数の多いのがゴブリンだ。
「そうだ。そのゴブリンだ」
「何人くらいで殲滅するんだ?」
「オレらを含めると、大体20人ってとこだな」
「それでいけるのか?」
「まあ問題ねーだろ」
ゴブリンは狡猾でいて集団戦が得意だ。魔法や武具だけでなく罠も多用する、油断ならない危険な種族。基本的に統率するクイーンやリーダーの配下にいて、集落によっては軍の訓練相手にもなってもらっているというやり手の集団。魔大陸でも集団戦に関しては上位に位置する存在であると、そう兄上に教わったのだが。
オレが思っている以上に冒険者達の実力は高く、ゴブリンとの戦いに慣れているのかもしれない。
「ここの冒険者達は随分腕がいいようだな」
「あ? まあ殲滅ってなると確かに難しいわな」
「そうねぇ。どうしても夜の戦いになるし」
「寝床に全部戻さんと殲滅はできへんもんな。難儀な手合いやで」
『ホブゴブリンでもいてくれればいいのだが』
難しい、難儀、そういう単語が出ているが、彼らから緊張は感じない。ふうむ、ゴブリンに対しての心構えが魔王城とはこうも違うとは。
彼らがそれだけゴブリンという凶悪な集団と戦うことに慣れているということか。
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