姉上とカメラ
「ただいま」
『おかえりなさい、艦長』
ダンジョンの中でも特徴的な部屋であるメインオーダールーム。最奥だと思っていたその場所にオレは転移をする。
「転移でここまでこれてしまうのは正直危険だな」
『ご安心ください艦長。ダンジョン内で自由に転移を行えるのは、限られた権限を持つ者だけです』
「限られた権限?」
『ダンジョンマスターである艦長より許可の出ているものだけということです』
「なるほど、ダンジョンと言うのはそういうものなのか」
『はい艦長、その通りです』
ダンジョンというのは便利なものだな。
「姉上は?」
『副長は現在お部屋でおくつろぎ中です。到着をお知らせいたしましたので、こちらに向かわれるそうです』
「戻ったか! グレン!」
夜会に出るような煽情的なドレス姿の姉上が飛び込むように部屋に入ってきた。そしてそのままオレを抱きしめる。
「心配したぞ! 大丈夫だったか!?」
「大丈夫だよ。上手く人間の街にも入り込めた。冒険者にもなってきたよ」
「そうか! 連中の中には敵対する者もいるから油断をするなよ!」
ぎゅーっとされながら、姉上の質問に答える。
「お、お姉ちゃんのほうはどうだった? お姉ちゃんに怪我をさせられる程の魔物がそこらを歩いているわけはないと思うけど」
「大量だぞ! しかし数が多すぎてな、いま手下に運搬させているところだ!」
「手下?」
「ああ! 体のでかいのと小さいのを配下に置いた!」
どうやら近隣の魔物を支配したらしい。相変わらず剛毅な人だ。
『そのことでご相談があります。副長傘下の魔物を、ダンジョンの魔物として登録してはいかがでしょうか?』
「ヘンリエッタ! 仕事の話は後だ! 今はグレンの帰還を祝う宴をせねば!」
や、報告関連はしっかりしておきたいんだけど。
『畏まりました』
「お姉ちゃんの手下、オレにも紹介して欲しいな」
「ヘンリエッタ! イミュリアに宴の準備をさせていろ! お前も手伝うんだからな! わたしはグレンを案内してくる!」
『畏まりました。現在第五格納庫で運搬作業を行っております。そちらに足をお運びください』
「行くぞ!」
「わわ、姉上、引っ張らないで」
「お姉ちゃんだ!」
そして姉上に手を繋がれてヘンリエッタ内をゆっくり歩く。メインオーダールームとか指令室とか呼ばれる部屋を出ると、真っすぐな白い通路。左右には多数の扉がある。
ほとんどの扉は空っぽだけど、何箇所の扉には稼働していない多目的ドローン、ゴーレムみたいな連中が収納されている。
そしてその先に行くと、公園がある。
「なんでこんなものがあるんだろうな」
「ヘンリエッタ、分かるか?」
『はい、宙域空間を航行中のクルーのストレス軽減のため、それと微量ではありますが、植物達に光合成を促し酸素を生成させるためのものです』
ダンジョン内で疑問を口にすれば、どこからともなくヘンリエッタから返事がくる。
「道沿いに沿って作られた芝生と花壇に、大きな木。森と比較すると木々が少ないが、こういう空間もなかなか落ち着くものだな」
『宙域空間を航行中ですと外の景色は基本的に漆黒の世界です。星系の位置などの違いはありますが、クルー達から見ればどこも同じような景色です。移動中なのにも関わらず視覚的に変化が乏しいと人間はストレスを感じます。何より艦内という閉鎖空間にいる以上、どうしてもストレスを感じますから』
「これだけの広さを閉鎖空間と呼ぶのはなぁ」
『過ごされる年月が長いのが問題だとも言われております。長期的に住まわれる家と同じですから、庭などの手入れをするようなものです』
そう言われると納得だ。母上も個人の庭園を持っていたからな。
そんな説明を受けながらダンジョン内を更に進む。下の階層に二つ降りてダンジョンと洞窟に繋がる出入り口の近くまでくると、姉上の言っていた小さな連中がワサワサと動き回っていた。
「スクワーチウォーカーですか」
「うむ。中々勤勉なやつらだ」
ワサワサ動き回っていたのは、膝上程度の大きさの茶色い毛をもったリスだ。随分数が多く、身の丈よりも大きい尻尾が目立つ。
「彼らは?」
「わたしが倒した魔物を、地竜に括り付けさせてる。小さい魔物を自分で運んだりもさせてるぞ」
「「「 チチチ! 」」」
ワサワサ動き回っていたリス達の一部が立ち上がり、姉上に向かい手をあげている。
「うむ。ご苦労である」
「「「 チチチ! 」」」
「あれだけの数をよく支配下におけましたね」
「あいつらは近くの森で地面に巣を作ってたんだが、他の魔物に襲われてたんでな。どちらもまとめて片付けてやろうと思ったんだが……」
まあ、あんま害のない魔物だもんね。
「労働力としては問題なさそうだね」
姉上が倒した魔物だろう、多種多様な魔物の死骸がいくつも倉庫の奥に積み上げられていく。随分倒したもんだなぁ。
感心していると洞窟側から地響きが聞こえてくる。
「大物を運んで来たかな?」
「今度は何さ」
洞窟側から顔を出したのは、地竜だ。以前姉上が倒した個体よりもやや小ぶり。姉上にボコられたままのようで顔が痛々しいし、なんだかしょげている。
「地竜か」
「ああ、大物はあいつに背負わせて運ばせている。死骸を洞窟近くまで地竜に運ばせて、そこからあいつらに運ばせている」
背負わせているというが、背中だけでなく両脇にも魔物が括り付けられているな。あと背負われてる魔物の上にはスクワーチウォーカーが何十体も並んでいる。どこか誇らしげだ。や、乗ってないで普通に運べよお前ら。
「この辺から魔物がいなくなりそうだなー」
「そこは考えてやってるから問題なかろう。それにここは山脈だから多少遠出をすればまだまだ魔物はいる」
『副長のおかげで艦内を維持するエネルギーが十分に蓄えることができました。多目的ドローンも活動できる数が増えましたので、できる事も格段に増えています。艦外活動を行うアンテナが伸ばせないので、艦内での活動に限りますが』
「あのゴーレム達か。外でも動かせるんだったな?」
『はい艦長。アンテナ部分を地表に出せれば遠隔的にエネルギーの供給と指示を行うことが可能です』
つまりこの洞窟の上部分、山とか地表部分を全部更地にしない限りは、あのゴーレム達が外で活動することはできないか。
「地竜に山を崩させるか?」
「細かい作業はできないんじゃないかな? 最悪洞窟が崩れそう。姉上もやらないでくださいよ?」
姉上の案は却下だ。ここの出入り口が埋まったら、オレがいないと姉上達が出入りできなくなってしまう。
『多目的ドローン達なら時間をかければ可能なのですが、現状外での活動ができないので、アンテナ部分だけは他の力を借りる必要がございます』
難しいところだな。
『艦長。彼らをダンジョンモンスターとして登録する許可をください。今は副長の命令で動いておりますが、登録をしておいていただければ、艦長や私も命令することが可能になります』
「そうだな、どうすればいい?」
『彼らの居住区の作成の許可を。エネルギーは十分にございます。あの大きな生物の出入りが可能な大型物資保管庫の一つを使い、フロアを作成いたします。そこに住まわせれば、このダンジョンの魔物として登録することが可能です』
「ふむ、そうなのか。姉上やリリーの時とは違うのだな」
『お二人の生態スキャンは、艦内クルーとしての登録です。彼らはダンジョン内の魔物として登録を行いますので、ダンジョン内に居住区を作成いたします。彼らが住居と認めれば、自然とダンジョンの一部として彼らは組み込まれます』
「そういうことなら、任せてしまおう」
『はい艦長。つきましては、彼らの元々の住処をカメラで納めてきてください。彼らの居住区を作成する参考にします。それと彼らの食糧をいくつか採取してきていただければと思います』
「食料は分かるが、カメラ?」
『こちらでございます』
ヘンリエッタの指示を受けた筒頭の四本脚ゴーレムが、手のひらに収まるサイズの小さな箱を持ってきた。
『そちらの左上がシャッター、その横のツマミが電源になっております。まずツマミを横にスライドさせてください』
「……こうか」
言われるまま、ツマミの部分を横に動かすと箱の背中部分の黒いプレートに地面が映る。
「うお」
「どうした?」
「いえ、床が。あ、そちらに向けると姉上が入りますね」
『副長を画面の中に収めた状態で、左上のシャッターを……ボタンを押してください』
「ふむ、こうか?」
言われるがままボタンを押すと、姉上が小さな画面の中に納まった状態で静止している。
「これは!」
「ほほう、わたしの美しさがしっかりと残っているな」
『これがカメラです。データをお預かりすると、このように大きい画面で確認することも可能です』
ヘンリエッタが格納庫の壁の一部に大きな姉上を映し出した。
「おお、大きいな」
「こら、突然大きく出すんじゃない! 恥ずかしいじゃないか!」
『失礼いたしました』
ヘンリエッタが姉上の言葉に、壁に映すのをやめた。
『この道具を使って彼らの居住区を撮ってきていただければ、現在の彼らの住処に近い場所を、この近くの保管庫に作成することが可能です』
「ダンジョンの階層というやつか」
「ああなるほど」
ダンジョンの中に入ると、階層ごとに環境が違うものがあると聞く。洞窟型のダンジョンの中を進んでいると、突然森が現れたり砂漠が現れたりというものだ。
現物を見た事はオレはないが、そういった環境にどう対応するかでダンジョン攻略ができるかできないかが決まると言う。
「姉上、彼らの住処はどこだろうか?」
「洞窟を抜けて、徒歩で一日といったところだった。山に少し登ったら見えるはずね」
それなら転移で飛べそうだな。今日はまだ一度しか使ってないから魔力に余裕もある。
「じゃあそっちに行ってこれを使えばいいか」
『ツマミを真ん中に合わせれば動画で録画することも可能です。お試しください』
その後、何度かヘンリエッタにこのカメラという道具の使い方を教わり、動画とやらを試した。
「な、なあ。少し練習をしてみないか? そう、私なんかどうだ? 着替えてくるから待ってろ、髪も弄りたいな……風呂に入ってくるか」
姉上がポーズをとろうとするようになったこと以外、問題はなかった。
「うむ、これが一番あたしの美しさを引き出しているな。ヘンリエッタ、グレンの部屋にもこれを出せるのか」
『可能です』
「うむ、素晴らしいな!」
「なにがよ」
無駄に時間が取られたが、とりあえず彼らの住処を見に行こう。
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