法律という壁
「……とまあこんな感じで魔物を集めていたのだ」
「さすがはお姉ちゃん。とても強い」
「ふふん、当然だろう」
ここ数日の冒険譚を姉上に聞きながら、イミュリアの注れてくれた紅茶を飲む。
しかしこの山脈はなかなかに魔物が多い。姉上を脅かすような強力な魔物はさすがに確認できないが、オレでは勝てないレベルの魔物はいくらでもいるようだ。
「今の問題はスクワーチウォーカー達の安全が確保できないところだな。地竜からも離れたところで作業させている連中が他の魔物に襲われる事例がでてきている。連中には死体を置いて逃げていいと言ってるが、それでも動いている標的を好む魔物は一定数しるからな」
「それは問題だね、何より姉上の準備してくれた獲物を横取りされるのは気分が悪い」
「うむ。それとお姉ちゃんな」
おっと。
「そっちについては地竜達に注意させているがな。近くの群れも併合したから頭数も増えたし、何とかできるだろ」
「そうですね。ですがもっと遠方に移動して、ともなると護衛の魔物が必要になりそうだ」
「ああ。魔法の袋にも限界があるからな。お前の収納が欲しいよ」
「オレも時間が取れるようになったらお姉ちゃんと一緒に狩りがしたいよ」
「素晴らしいな! でももうちょっと実力がないとお姉ちゃんにはついて来れないぞ!」
「が、頑張るよ」
姉上の実力は魔界随一だ。母上を除けばだが。
そんな彼女の狩りについていくには、それ相応の実力が必要になる。オレは姉上の足手まといになるのはまっぴらごめんだからな。
「とりあえず護衛が必要か……それなら統率が取れる組織立った行動がとれる魔物が必要になる」
「うむ。それとそれ相応の実力も必要だ」
何がいいかな? 魔王城の護衛はリビングアーマー達だし、統率は上級悪魔や吸血鬼が取っていて、軍のトップであるオリアーナ姉上が頂点にいる。
「護衛もそうですが、お二人の周りを囲む側近も足りておりませんわ」
「ああ、いや。オレには特に必要はないが……」
「必要あるに決まっておりますわ。ご自身のお立場を思い出してくださいな」
「むぐ」
「それもそうだな。出来ればお前に随行員を付けたいし、イミュリアの負担も大きい」
『私もそのご意見には賛成です。いずれ当艦が飛び立つことも考えると、艦内クルーの充実化は急務です』
「……そうか、ヘンリエッタは戦艦だものな」
『当艦は自衛手段しか持ちえない調査艦です。戦艦ではございません』
「違いがわからんが」
『統一国家連合法における領土内保有戦力基本法に保有できる戦艦の数が人口比率によって……』
「違いを聞いてるわけじゃないから解説はいらない。それよりもクルーの充実化というのは?」
『失礼いたしました艦長。当艦を正式運用するにあたり、必要なクルーが現状は艦長と副長しかいらっしゃらないのが問題です』
「そうなのか?」
『具体的にお話いたしますと、当艦を航行させるにあたり必要なクルーが足りません。航行を司る操舵士が三名、艦外観測を行う観測士が六名、通信士が三名、外部調査員は四名以上が必要ですし、料理人は二名。それと人数に応じた医師と看護師の配置も求められております』
「それと料理人とお二人のためのメイドないし執事、わたくしの下にも何人いただきたいところですわ」
『生活補助クルーに関しては特別規定はございませんが、艦運用時には最低三名は付けることが通例となっております』
ヘンリエッタを船として使うとなると、それなりの人数が必要なのか。
「ま、今は山の中だからなんともだな。とりあえず人が必要であることは理解できた」
「正直そんなに人数が必要だとは思ってなかったな。船もヘンリエッタが動かすものだと思っていた」
『私はあくまでも航行補助しか行いません。艦長が航路を指定し、操舵士が当艦を動かします。操舵士がいなければ当艦は浮上することも叶いません』
「じゃああたしがやってやるか!」
姉上が手を挙げる。
『操舵士は戦略級宙艦操舵資格か第一種大型艦艇操舵資格のいずれかが必要です。ですがそれらの資格がなくとも、指定エリアでの座学を六百三十時間、シミュレータによる実習は八百四十時間履修していただければ操舵資格保持者と同等に扱っていいようになっております』
「なんだって?」
『艦内所属の操舵士にトラブルが発生したときに対応するため、予備クルーがこれらの専門技術の履修を行います。本来であれば資格保有者しか操舵席に座れませんが、座学及びシミュレータ履修者は艦長、艦長不在時は副長の許可を貰えば当艦を動かすことが可能です』
「な、なあ。それってつまり」
『現状を打破し当艦が自由に航行できるようになっても、当艦は浮上すらできないということです』
「い、いや別にそんなこと気にしないで……」
『これは上八百メートル級大型宙域間航行船法に基づくものです。今ご説明した規定をクリアしていない方が操舵桿を握られても当艦は航行いたしません』
「いや、そもそもこんな巨大なものが空を飛ぶこと自体が未だに半信半疑なんだが……」
「ダンジョンがわざわざ気にする事ではないのではなくて? ヘンリエッタ、ダンジョンマスターたるジャールマグレン様のご命令があれば問題ないでしょう?」
『法律は順守されるべきです』
「どこの法律だよ……いや、言わなくていい。うん」
また良く分からない説明をされても困る。
『はい艦長。以上のことから、専門的に知識と技術を持ったクルーが必要です。魔物の生成の際に必要な知識をこちらで与えることが可能ですので、どうか艦内環境の保全のためにも、クルーを生成してください』
「ああ。とはいえ何を生み出すべきか……」
獣型の魔物や竜では無理じゃないか? ヘンリエッタの言う通りならば人間、というか人型でないとダメっぽいし。
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