ラファーガへの用事

 霧の中から出てくるころには、オレの手にも剣が三本程増えていた。明らかになまくらだが、鉄としては加工のしやすいものらしいのでジンに言われるままに回収した結果だ。

 そのままギルドの出張所に持っていく。他の冒険者達も撤退を始めている時間なのか、それになりに賑わっている。

『その樽の中に全部入れてカウンターに持っていけば査定してくれる。これくらいなら銀貨で十枚といった程度か』

「それは高いのか? 安いのか?」

『二人で受ける依頼としては高めの方だな。銀貨十枚あれば、街でそれなりの剣や斧といった武器が買える値段だ』


 手慣れた様子でジンがカウンターに樽を運ぶと、職員がサッと銀貨と交換してくれた。やる方も慣れているが受ける方も慣れているな。


「ジン、ジン、こっちだ」

『む?』

「知り合いか?」

『ああ、少し離れた街のゴールドクラスの冒険者だ』


 呼ばれるがまま、ジンがそちらに向かうのでオレもついていく。


「久しぶりだな。お前さんに会えてラッキーだった」

『ウィキッド殿、お元気そうで』

「ああ。ここからギルド馬車でクレーソンまで行こうと思ってたんだ。まだラファーガと組んでるよな?」

『組んでいるというか、世話になっている感じだな』

「はは、それならいい。ラファーガと繋いで欲しくてな。クレーソンのギルドに向かうところだったんだ、ギルド馬車を一つ貸し切ったから一緒に行かないか?」

『この時間帯で占有できたのか? よほどのことがあったのだな』

「それは向かいながら話そう。そっちは仲間か?」

『ああ。ラファーガ殿が見出した新人だ』

「またか、オレはゴールドのウィキッド。よろしくな」

「ジャールマグレンだ。グレンでいい」

「おう。時間が惜しい、お前さんも一緒でいいからとっとと行こう」


 出張所でジンが知り合いに、というかラファーガの知り合いに捕まったオレ達。

 彼に言われるまま、外に用意された馬車に乗って街に帰ることに。馬車で待っていた御者の男と魔法使いの男、それと戦士風の男も彼の仲間だという。


『それでラファーガ殿に頼みとか。私たちが聞いても良い内容なのか?』

「ああ、その件の話だがな。イース城跡地に何やら新しい魔物が巣食ったんだ」

「イース城跡地?」


 当然だが知らない名前だ。


『イース城跡地は、いわゆる廃墟となった古城と城下町のことだ。かつて最古地龍によって蹂躙された城の跡地だ。その影響がまだ残っているらしく、希少な薬草などが採取できる場所となっている』

「なるほど」


 最古と呼ばれる龍、母上に並ぶとも劣らぬ危険だ。その力は大地に長い影響を与えると言われている。

 実際に母上と最古闇龍が戦った地が魔大陸にあるが、そこは一面が闇に覆われており暗視を持つオレでも見通す事のできない不可視にして不可侵の領域と化している。

 それとやはり母上と最古水龍が戦った地。地面から常に水が噴き出し、大河を生み出している。元々は砂漠地帯だったらしいその地は、今は水生生物の楽園となっている。


「希少な薬草が採取できるだけじゃなく、それ以外の植物も近隣では多く育つ場所でな。それを狙った動物に、さらにその動物を狙った魔物も多く集まる場所でな。人が生活できるような場所じゃないが、冒険者や錬金術師に人気のスポットだったんだ」


 魔物の種類が多いのであれば、オレも足を運んでみたいな。


『して、新しい魔物が巣食ったとな』

「ああ、大きな黒い犬か狼の魔物って話だ。特徴は上がっているがまだ名称は判明していない。討伐に行ったミスリルのコランダーさんとそのパーティが半壊したんだ」

『なんと!』

「ミスリルクラスの冒険者パーティが半壊か」

「ああ。ウチの街でも一番の対魔物戦のパーティがだ。コランダーさんは肩から右腕を丸々食われて死亡。他のメンバーもなんとか逃げてきたが、取り巻きの魔物から攻撃を受けてパーティは半壊状態だ」

『なるほど、それでラファーガ殿に助けを求めにきたのか』

「ああ。それとガリオンの嬢ちゃんの知恵も借りたい。魔物の生態に詳しい彼女なら、こちらで入手した魔物の特徴からその魔物を特定してくれるかもしれないし、対策を知っているかもしれない。一応ウチのギルドからはラファーガとそのパーティに指名依頼をするつもりだ」


 そういう話か。


「あそこで採れている希少な薬草も大事だが、ハイポーションの供給も悪くなっちまった。このままじゃこの辺りのハイポの値段が一気に上がる。そうなりゃウチら冒険者も無茶ができねぇ。そっちのギルドに話を通してる間にラファーガを呼んできて欲しい」

『了解した。屋敷に要ればすぐに連れだせるだろう』

「助かる。敵は狼か犬の魔物で、取り巻きの魔物も多くいるから頭数も必要なんだ。お前も手を貸してもらえるなら来てくれ。領主が騎士団を出すし、報酬も一人金貨三枚だすらしい」

『大規模な戦になりそうだな』


 犬や狼の魔物は群れを作る。単一種だけの群れであればそこまで大規模な討伐隊にはならない。恐らく同系統の魔物を傘下におけるほど実力のある魔物がいるのだろう。

 オレの兄弟にも一匹、犬型の魔物がいる。あいつも城下町やその周辺のの犬や狼の魔物を支配下においていた。とはいえそれらの魔物も母上の支配下にいる魔物なので、あくまでも統率者という立ち位置ではあるが。


「他所のギルドからも指名依頼がくるのか。ラファーガは人気者だな」

「ああ、まあ、そうだな。普通はないな。うちの街にはミスリルクラスの冒険者があまりいないから、こういう時には周辺を頼るんだ。オレ達の実力不足だ」

「あ、いや、すまない。そう言った意味で言ったのではないのだが」


 知らない人をへこませてしまった。失言だ。


『他の街のミスリルクラスや、それこそ最上位のプラチナクラスには声を掛けないのか?』

「ミスリルのチームには通達が行くそうだ。プラチナは……舞剣姫が街を離れているからすぐには連絡が付かないらしい。剣聖様にもお声を掛けるとは言っていたが」

『あの方はもう引退を宣言しているだろう? それ以降現場には全く顔をお出しにならないと聞き及んでいるが』

「ああ、それでも声をな。ここだけの話、コランダーさんだけじゃなく、ゴールドやシルバーランクの連中の被害もすごいんだ。ギルドで注意喚起をしても、ウチの街から行ける範囲で稼げるのはあそこかリンクラッテくらいだが……」

『イース城跡地で稼ぐ冒険者が集まる街であるからな』

「そうなのか」

「ああ。うちらの街【アルケミーライル】はその名の通り錬金術師の街だ。豊富な薬草を目的に錬金術師が集まっている街だからな。自然とその錬金術師達の依頼が多くなる。その依頼を専属にしているパーティが多い。オレ達もそうだけどな」

『ウィキッド殿達は討伐もやるだろう? それだけの実力をどなたもお持ちだ』

「だが稼ぎはそっちの依頼のが上だからな。錬金術師達から依頼される薬草の採取用の道具を装備より先に揃える冒険者達も多いくらいだ。強力な魔物も出る深いところに行くには相応の装備と実力が必要だが、そういう連中以外は、な」


 どうにも声に影がある。


「自分達の住む町の問題なのに、自分達で解決できないってウチのリーダーはしょげてるんだ。勘弁してやってくれ」


 御者台から声が聞こえてくる。


「しょげてて悪いな」

「拗ねるなよ。ギルマスの判断だし、その判断も妥当だ。他のギルドで問題が起きた時に俺達も駆り出されることがあるんだ。お互い様だろ」

「お前なぁ、そういうのは心で思ってても口には出さないもんだろ」

「事実だろ? 背伸びして死にたくもねえしな」

「ファルブの言う通りだ、リーダーが気にしすぎなんだよ」

「だな。俺たちゃ冒険者だ。命あっての仕事なんだしな」


 御者台の男からの声に彼の仲間達が同調するようにリーダーのウィキッドをフォローする。仲のいい連中だな。


『まだクレーソンまで時間があるな。ウィキッド殿、最近何かおかしな依頼でも受けられたか?』

「お?」

『グレンはまだ冒険者登録して日が浅くてな。まともに依頼も受けていないんだ。先達の面白い話なんかがあれば聞かせてほしい』

「ああ、それはいい。オレも興味があるな。変わった魔物に会った話とか、変な魔道具を見つけたとか。そういう話はあるか?」


 他所の冒険者の、ゴールドクラスでジンが認めている様子の相手だ。貴重な経験をしているかもしれない。


「変わった魔物なぁ」

「リーダー、ラパパットリリーの変異種の話なんてどうだ?」

「ああ、あいつは凄かったな、臭いが」

「あんなに美しい花弁を持っている魔物だったのになぁ」

「そうだな。イース城跡地の探索をしていた時に見かけたんだがな……」


 何やら面倒な戦いを控えている彼らだが、その不安を払拭するように面白おかしく話し出すウィキッド。

 ジンはそういう気遣いもできる男らしい。顔は見せないが。

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