アンデッドのでる平原

 カコンカコンと金属音をBGMにした食事を終え、オレ達は平原に足を踏み入れた。

 陽の光が届かない程の霧ではないが、遠目を見れるほど視界は通らない。それとどことなく死臭がただよっていて、鼻による察知は困難そうだ。

 これがリンクラッテ平原、かつての合戦場か。


『まだ表層部分だ、近くで戦闘音が聞こえるのは他の冒険者達だろう。下手に近づくと攻撃されるから注意したほうがいい』

「結構難儀な場所だな」

『ああ。中遠距離主体の人間は戦いにくい場所だ』

「どっからか矢や魔法が飛んできたり?」

『人に恨まれてなければ平気だ』

「なんだそれは」


 恨まれている奴はここで攻撃されたりするのか。


『ここで顔を見ない冒険者は何かしら厄介ごとを抱えている可能性があると考えられている。逆にここに来て顔を見せれる冒険者はほとんど真っ当な冒険者ということになるな』

「どんな判別方法だ、うん?」


 霧の奥から背の低い影が一瞬見えた。


『気づいたか、恐らくリビングウルフだな』

「アンデッドの狼か。こっちにこないな」

『すでに別の標的を見つけているのだろう。こいつらは知性がほとんどない。目的を見つけたらそこにまっしぐらだ。他に獲物を見つけても標的を変える事はほとんどないらしい』


 ジンの言う通り、足早に腐臭漂う腐った死体の狼が霧の奥へと消えていく。そしてそこから聞こえてくる人の声と戦闘音。


「結構人がいるんだな」

『ああ。それなりに腕があればこれる場所だ。新人の育成にも使われる場所だしな』

「今まさに新人の育成でオレが来てるしな」

『新人というには随分落ち着いているようだがな』


 まあそれはそうだが、さすがにスケルトンやゴースト程度では驚きはしない。


「ま、緊張しててもいいことはないだろ」


 兄上達との訓練でも緩急についてはよく言及されていた。戦場では緊張感が必要だが、緊張し続けてもいいことはない。

 適度な緊張感というやつが必要なのだ。


「さて、こちらに気付いた個体がいるな」

『気配の察知はできるようだな。最初は私が相手をしよう』

「了解だ」


 ジンは前に一歩出ると、腰に吊り下げた短槍を手に持った。その槍はみるみるうちに大きく、長くなっていく。


「魔法の武器か!」

『ああ、太さや長さを自在に変えられる聖槍だ。その名も【忠犬槍ハチコーダ】であるっ!』


 ジンの大きな身の丈よりも長い長さになったその槍を、彼は振り回して到達する前のスケルトンに振るった。

 スケルトンの体は骨だ。突いて致命傷を与えるにはそれなりに骨の集中した位置を攻撃しなければならない。ジンは槍の先端ではなく、中頃くらいをスケルトンの頭にブチ当ててその頭蓋骨を粉砕した。


『そら、次だ!』


 頭が砕かれたスケルトンはそのまま崩れおちる、そのスケルトンの背後にいたスケルトンに振るわれた剣を、体を反らせるようにして回避。槍を回すように動かして攻撃してきたスケルトンの足の骨を砕いて地面へと跪かせる。

 そして倒れ込んだスケルトンの頭を足で踏み抜いて沈黙させた。


「見事な動きだな。だけどその鎧で避ける必要があるのか?」

『ありがとう。確かに避ける必要はないな。だが避ける癖を付けておかないと、いざという時に体が動かないからな』

「なるほど」


 更に追加で来たスケルトンをジンは危なげなく倒す。一度に二体三体と来ても、囲まれたり挟撃されたりしないように、上手く位置取りを変えて相対していた。

 鎧を着ていないのかと思えるくらい軽快な動きができるようだ。


『頭か胸に魔石はある。それらを回収、それと連中の持っていた剣やナイフも回収だ。今回は竜牙兵がいないようだから骨は回収せず、死体を一か所に集めて清浄砂を振りかける』


 死体、というか散らばった骨を集めるのはオレも手伝う。一か所に集まったそれにジンが一握り程度の砂を振りかけると、ジュウジュウと音がして骨が溶けていった。


「なるほど。死体を回収しないで済むのか」

『そういうことだ。回収した武器は潰して溶かして再度鉄として利用する。これらが基本的な収入源、スケルトンやリビングウルフでは売れる素材が採れないからな。先ほどの建物で買い取りをしてくれているから街まで運ぶ必要もない』

「要領は理解した」

『来る前に言ったが、黄色い骨のスケルトンは竜牙兵。今回は混じっていなかったが、いたらこれらとは別で回収する。それなりの値段にはなるからな』

「……竜の骨ってのは高く売れるんだったよな」

『本物の竜の骨には劣るが、まあそうだな。贅沢しなければ一カ月は暮らしていけるくらいの金額にはなる』

「それはそれは」

『とはいえ硬い相手だ。不意に遭遇して武器がダメになってしまうなんてこともあるから気を付けるべきだ』

「了解だ」

『ではグレン、次はお前の番だ。竜牙兵が出た場合も任せるが、場合によっては手を出させてもらうぞ』

「ああ、それで構わない」


 ジンと戦っているスケルトンを見た感じ、全く脅威を感じなかったが、はてさて竜牙兵というのはどの程度なのやら。






 程なくして霧の中から姿を現したスケルトン。


「一体か」

『そのようだな』


 向こうはすでにこちらに目をつけている。目はないか。

 とはいえ先ほどジンの戦いを見たオレとしては、特に脅威とは思えない。

 腰から剣を抜いて、念のため相手の動きを見逃さない様に構える。


『慎重だな』

「ま、初めての相手だからな。よっと」


 カタカタと骨を鳴らしながら剣を振り上げてきた。オレは踏み込んで、心臓部分の見えていた魔石目掛けて剣を振り下ろす。

 肩の骨や肋骨を切り裂いて、魔石を切る。それだけの簡単な作業だ。


『お見事』

「ああ」


 スケルトンの振り下ろさんとしていた剣が地面へ落下し、スケルトンはただの骨になった。


「切ってしまったが問題ないか?」


 先に確認しておけばよかった。


『スケルトンの魔石はどうせ粉にするから問題ないそうだ』

「そうか」


 ヘンリエッタに持ち帰りたいから一応次は無傷で手に入れるか。


『スケルトンは胸に魔石がみえないときは頭にある。その場合だけは首か頭を狙う方がいい。今回のように胸に魔石がある個体は、首を分断しても動くし、目で見ているわけではないのか、頭が無くてもこちらに向かってくるからな』

「分かった」


 ジンが丁寧に教えてくれるので、オレはそれを実行すればいいわけか。

 ならあいつらも問題なさそうだ。

 顔を向けた先には、追加のスケルトンが三体来ている。


「さて、こいつらもいただこう」

『お手並み拝見といこうか』


 オレの言葉にジンは頷いた。かくしてスケルトン相手に、オレは何度も剣を振るうのであった。

 スケルトンだけでなく、リビングウルフにスケルトンホースとも戦った。

 スケルトンホースにはスケルトンが乗っているときもあったが、ジンが気にしなくていいというのも頷ける。


「まさか足が挟まっててまともに動けないとは」

『鞍が付いている訳じゃないからな」

「まさかスケルトンホースの骨の隙間にスケルトンの足の骨が挟まってて、乗ってるスケルトンは剣を振り下ろすか投げるくらいしかできないとは」


 そう、スケルトンホースにスケルトンが乗っていた。スケルトンホースが勢いよく突っ込んできたときには、上に乗っていたスケルトンは半分後ろに落ちかけていて、かろうじて足が引っかかってて落ちない状態だったのだ。


『気にしなくていいだろう?』

「だな、既にやつもいたし」

『勢いに負けて落としたのだろうな』

「間抜けな話だな」


 背に乗っていたスケルトンを思いやる気持ちがスケルトンホースにはないらしい。


「ま、楽で良かった」

『グレンの実力も大したものだ。中々良い動きに剣捌きだった』

「どうも」

『ラファーガ殿と切り結べるくらいの実力がありそうだな』

「軽く相手をしてもらったが、多分難しいだろうな」


 剣の腕も向こうが上だし、恐らく身体能力も向こうの方が高い。


『竜牙兵が来なかったのは残念だが、まあこういうのは運だから仕方あるまいて』

「そうだな。それとして、魔石を一つか二つ欲しいんだが、貰っていいか?」

『魔石を? 何かに使うのか?』

「ああ、空間庫の魔法を維持するのにな」

『そういえば空間魔法が使えるのだったな。スケルトンの魔石程度なら問題なかろう。今後も魔石は必要になるのだな?』

「そうだな。なるべく融通して欲しい」

『魔石自体の納品依頼でなければ別に構わない。ガリオンの奴も珍しい魔物の死体が手に入ったら持ち帰っているからな』

「ああ、やりそうだな……」

『空間庫に入れられるというのなら頼りたい。運ぶのは私なのだから』

「……お前、結構苦労してないか?」

『ふ、まあガリオンには助けられている。お互い様という奴だ。さあ死体の処理をしたら帰ろうか』

「随分早いな」

『街に戻る時間を考えるとな。それに夜はアンデッドの時間だ。満足に移動できなくなるほど沸くペースが速くなる』

「なるほど、そりゃ面倒だ」

『竜牙兵目的の連中は夜通しでここにいたりもするぞ。まあそれなりの人数と便利な魔道具を準備している。私も参加した事あるが、やってくか?』

「遠慮しとくよ、髪がベタついてて長いしたい場所じゃない」


 湿度の高い中で戦闘を行っているんだ。服は母上の糸製だから不快感は全く感じないが、髪の毛は別だ。


『であれば戻ろう。回収した武器類は縛って私が持とう』

「空間庫に入れられるが?」

『あまり知られない方がいいのであろう? この量なら問題ない。両手が塞がるから護衛を頼む』

「分かった。頼む」


 お互いの実力を確認した程度であったが、冒険者としての初めての活動は終了した。

 入手できた魔石はスケルトンにスケルトンホース、リビングウルフの三種だ。これらは後でヘンリエッタに回収させることにしよう。

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