腕試し

 ラファーガに連れられて冒険者ギルドの中を進み、建物の裏から外に出る。

 そこでは何人かの冒険者が武器を振り回していた。魔法使いもいるようだな。


「よお、悪いがちょっと借りるぞ。実力査定だ」


 ラファーガが軽い口調で何人かに声をかける。


「またあんたが?」

「好きだねぇ」

「あいよ」


 珍しくない光景なんだろう。冒険者達がラファーガの言葉に反応をして場所を開けた。


「がんばれよ」

「怪我すんなよ」

「手加減してもらえよ」


 オレにも声がかかる。


「ああ」


 とりあえず返事をする。

 するとさっきの受付の女性がこちらに歩いてきた、今度は一人ではない。

 恰幅のいい女性が一緒だ。


「査定員です。ジャールマグレンさんの実力を彼らに査定してもらいます」

「そこの角の倉庫に訓練用の武器が入ってるから、好きなのを選んできな」


 オレは言われるまま、倉庫の中から木でできた剣を選ぶ。ラファーガも剣を使うようで、オレと似たような剣で少し長いものを選んでいた。


「あんたが査定員か。珍しいな」

「暇してるところを捕まっちゃったのよ」


 そういうのはここまでくる街の中で何度もすれ違ったような、そこらのおばちゃんみたいな人だった。


「ギルマスってーのは暇だったのか?」

「部下が優秀でねぇ」

「ギルマス? ギルドマスターってのか。あんたが?」

「そうだよ坊や、うちの会員が迷惑を掛けたね。行商人を助けてくれてありがとさん」


 そう言いながらこちらに歩いてきて頭を乱暴に撫でてくる。


「おや? 嫌がらないのね」

「ほめたのではなかったのか? そもそも嫌がると思うならやらないほうがいいと思うが」


 母上や姉上、兄上達には良く頭を撫でられて褒められていたからな。


「あっはっはっはっ、そりゃそうさね! じゃあ武器も選んだことだし、とっとと殴り合いな!」


 なんとも豪快なおばちゃんである。


「……じゃあ、やるか」

「なんか毒気が抜かれたんだが」

「俺のせいじゃねえから知らん」


 ラファーガがそう言いながら構えたので、オレも剣を半身で構える。相手の力量が不明だが、雰囲気だけでいえば……クライブ兄上ほどではないが、ガラグラッタ兄上と同等のモノを感じる。


「どうした? お前から始めていいんだぜ?」

「そのようだな」


 この手の立ち合いの場合、格下から攻撃を始めるのが一般的だ。剣を構えただけで分かる。剣の腕もそうだが、闘いというものへの気構えがオレとは違う。

 確かにオレが格下だ。

 オレは大地を蹴り、中段に構えた剣を振り上げ肩口を狙う。


「初手に選ぶには雑な攻撃だな」


 軽い音と共にオレの剣が弾かれる、だが想定の範囲だ。相手に弾かれた剣をそのままの勢いで一瞬離し、逆手に持ち替えて横薙ぎの攻撃を放つ!


「うおっと!」


 ラファーガはバックステップでオレの攻撃を回避、そしてニヤリと笑う。


「緩急のついたいい攻撃だな。片手で持った剣で勢いがないかと思いきや……なかなか鍛えてるじゃねえか」

「どうも」


 お話に付き合ってもいいが、ここはオレの実力を測る場だ。口のうまさを見せる場所じゃない。剣を順手に戻し再度攻撃!


「いい突きだ」

「あんた、目もいいな」

「そりゃそうさ」


 オレの突きをスウェーで避けるラファーガ、ギリギリの一歩手前で引きつけるあたり、こいつが戦い慣れているのが良く分かる。引き手に合わせて踏み込んできたっ!?


「ぐっ!」

「残念、左手が死んだな」


 オレが剣を引く動作に合わせて剣を下から振り上げてきやがった。体を捻ってよけようとしたが、左手を捉えられてしまった。


「突きってのは顔を狙う時はトドメの一撃にするべき。だが体の中心もダメ。魔物相手なら顔が一番だが、対人戦の時は腕や肩なんかを掠めるように放つ方が効果的だ」

「くそ」

「踏み込みの思い切りもいいし、センスもある。足りないのは経験だな。お前、魔物としかまともに戦ったことないな?」

「山奥育ちなもんでね」


 そういう設定だが、実際には違う。オレに剣の指導をしてくれたのが兄達や悪魔達で、彼らは魔人、魔物と似たような存在だからだ。






「ってな感じだな。ギルマス、もう十分だと思うが?」

「そうさねぇ、剣の腕はシルバーランクの上位格くらいか、ゴールドの下位ってとこかね」

「……対して手を見せなかったと思ったが」

「こんなところで冒険者の実力を完全には測れんよ。あくまでも剣の腕って話さね、そのうえでそのくらいの実力はありそうだってとこ。ぼうや、冒険者の腕ってのは、どれだけ無事に帰ってこれるかなんよ?」

「無事に帰ってこれるか?」

「そう、依頼をこなせても再起不能の怪我をおっちゃ話にならんからね。どれ、せっかくだからあたしが冒険者のなんたるかを教えてやろうかね……暇だし」


 バンバン、とベンチを叩くギルドマスター。座れってことらしい。


「いいかいぼうや、冒険者ってのは生き汚くなきゃいけないんさ。死ぬのは勿論問題外、大怪我で冒険者を続けられなくなるのもダメ。いかにして無傷で、もしくは軽傷で依頼を片付けられるか、それを考え、覚えなきゃ大成しないんさね」

「いや、別に大成する必要はないが」

「かー! あんた若いんだから夢を見なさいな! 若くして名が売れた冒険者になれば貴族にだってなれるし、モテるし、いいことだらけよ?」

「いや、別に……」


 貴族というか王族だし、サキュバス共にモテた結果命の危機があったからモテたくない。


「じゃあなんであんたは冒険者やるんだい? 目的のない男ってのは大抵惨めな最期を迎えるさね」

「目的は……ある」


 母の治療だ。だが口にしていいことではない。


「へぇ、なんだいそれは?」

「気軽に他人に話すつもりはない」

「あたしゃあんたの上司になるんだけどね……まあいいさ。いい目をしたからね」

「目?」

「あくどい奴の目的ってのは顔にでるんさ。あんたは違う、だからいいってこと」

「ギルマスは伊達に歳くってねーからな。その辺はんがっ!?」


 オレの模擬剣を一瞬で奪ってラファーガに投げつけただと!? 見えなかったぞ!


「うっさいわ。女に歳のこと言うんじゃないもんさね」

「いってぇ……」

「まあ目的はいいさね、とにかく生き残る。最悪『依頼は二の次にしても』ね」

「依頼を捨ててもいいのか」

「時と場合によりけりさね。ギルドマスターをしている身で言うのもなんだけど、どうしても達成不可能っていう依頼もある。薬草採取一つ取ってもさ」

「?」


 簡単な依頼でもか?


「いまそんな簡単な事で、って思ったさね? でもそれもあかんよ。薬草を取りに行くって依頼でも、例えば森で自分じゃ倒せない魔物に会ったら逃げるしかないさね」

「……自分に倒せないレベルの魔物だと、そもそも逃げるのが困難だと思うが」

「んなことないさね。見つかる前に逃げりゃいい、見つからない様にするにはどうすればいいか考えるんさ、森ってのは人の領域じゃないからね。何が起きてもおかしくない。常にそれを頭のすみっこにこびりつかせておくんさ。あんたが助けた行商人を見捨てたシルバーランクも自分に勝てない相手から逃げたってのは悪い判断じゃない。悪いのは行商人を見捨てたことさ、行商人も一緒に逃げて、その上で行商人が食われたとかならあたしゃ大して怒りゃしないさ」

「だが依頼は達成できないだろ?」

「護衛することが仕事なんさ。勝てない魔物を相手にしなきゃいけないときのことを想定した準備を怠った。そこに尽きるさね、獣系の魔物がいるなら匂い玉や閃光玉の準備をしておけば依頼人を連れて逃げれた可能性は大きいさね」

「なるほど……」


 そういえば人間はそういった道具を用意するのが好きだったな。魔物だと自分の身一つで戦うのがほとんどで、使っても剣や斧なんかの武器くらいだ。


「連中の通る予定経路の近くに、スチールウルフの縄張りがあるって情報はあたしでも知ってるさね。縄張りの外に滅多にでない魔物でも縄張りから出ることはある。そうなった時の準備を怠ったからこういう事態になったさね。獣系の魔物は鼻と目で獲物を追うのがほとんどさ、大した荷物にならないモンだし、準備さえ万全だったら依頼人ごと逃げれたはずさね」

「なるほど」


 事前準備か。勉強になる。


「依頼を受けるときには、その依頼内容だけでなく周辺の環境にも目を配るべきということか?」

「そう! 勿論それだけじゃ足りないし、完璧な準備なんてないさ。死ぬときは死ぬ、英雄って呼ばれる連中だって壮絶な最期を向ける人間が多い。でも最低限の死なない準備ってのは大事さね」

「なるほど。為になるな」

「……ぼうや、いい子さねぇ。ラファーガ、しっかり教導してやんな」

「ああ。冒険者に関してはオレに任せてくれ」


 ぐいんぐいんとまた頭を撫でられた。

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